第13話 生徒会室へご案内

 東京近郊にあるナミの住む街。その街に近い彼女の通う高校まで、品川から一時間ほどの行程であった。電車で近くの駅に降りそこからタクシーを使ったので、いつもの、バスにのったり、気合いをいれて徒歩移動——と言うのに比べれば随分と早く到着はしたのであるが、それでも、もう夕方の6時は越えて、土曜日でもある校舎は静かで閑散とした様子であった。

 いくらジェニファーの希望とはいえ、こんな寂しい場所に連れてきてしまって、と少し後悔するナミであったが、

「これがナミの学校ね!」

 当のジェニファーの方は随分とウキウキした様子だった。

「私が留学しているのはインターナショナルスクールで……普通の日本の高校はどんなところなのか見てみたかったの」

「うわ。私は逆にそっち見てみたいわ。平々凡々な私からすると、そんな学校は雲の上の存在だよ」

「そんなことはないよ。みんな普通の人たちよ」

 まあ凄腕SEの母親に子供の頃からシステム管理を仕込まれたがそれが普通の生活だとナミが思っているように、国際色ゆたかな学校の中にいるならばそれが普通と思えるのだろう。人は、やはり自分というものは特別だ。自分は、一人しかいないし、自分は自分自身にしかわからない。自分自身が過ごした環境は、自分を作り上げたそのものであるから自分にとっては「普通」と思える。高校生くらいで人生経験もまだまだ少ないとなれば、ますますである。

 まあ、中には普通に耐えられなくて、自分が特別だと思いたがる中二病を経過したりまだその渦中にある高校生も多いし、「普通」とはとても言えない特異な環境にある人も多い。というか、ナミもかなり特殊な例と思うが本人が天然なので……

 ともかく、相互の「普通」が特別に見え、その普通同士が交わることであらたな普通が生まれるなら、

「素敵!」

 校舎を歩く途中のジェニファーが連発する。

「そうかな? すごい普通……印象に残らないって言われる学校なんだけど……」

 地元の人にも忘れられてしまうような個性のない学校が蒼穹高校(ネットでの攻撃対象としてを除く)である。その校舎も敷地の設備もいわずもがなであった。しかし、その一見個性がない「普通」こそが、今日様々な日本文化を体験した後のジェニファーにとってとてもしっくりと、その目の前にあるのだった。

 静かにしかし強く感動するジェニファー。

 そして、そんな感動のナミに押されながら、彼女が次にみたいと思った「普通」。ナミの日常とは、

「ナミは普段学校でどんな活動をしているの?」


   *


「ここが生徒会室だよ」


 ジェニファーに請われて、普段課外で過ごす部屋につれてきたナミであった。

 もちろん今日は、カノンもヒジリもここにいない。それどころか、使用許可を依頼していない今日は、本来は生徒会室は閉じられていてナミもここに入ることはできなかったのかもしれないが、休日に出勤していたカノンのクラスの担任の数学の教師に、留学生の日本文化見学の一環で——と説明したところ、では先生が帰るまでの小一時間ほどならと快諾してもらったのであった。


「うわ! 生徒会室だ! ナミは生徒会役員共なんですね!」

「か、会長です……」

「すごーい!」


 入るなり、興奮気味のジェニファーであった。生徒会室なので、普通の教室や部室と比べると、少し趣は違う。VRも実現されたこの時代、学校のデジタル化も進み紙を使ったドキュメントはほとんど実用では使われなくなって来ていたが、元は書類をパンパンに詰め込んていた事務用書棚とか、古びた大きな長机とか、

「アニメで見たとおりですね……」

 ジェニファーが見たいと思っていた通りのものがそこにあるのだった。何か特別なものがあるわけでなく、他の学校の部屋となにか大きく違うわけではないが、部屋は、彼女の琴線に触れる他との違いがあったのだろう。

「ここでナミは学園最大の権力者としてふるまっているのですね」

「そ、それ、アニメとかの中だけのことだから!」

 とはいえ、少し片寄った知識より感動が生じていた可能性が、

「ふふ、知ってますよ。ちょっとからかってみたのです」

「もう……」

 杞憂であった。


 ジェニファーのからかいに、ちょっとひねくれたような顔をしてみせるが、もちろん全く怒ってなどいないナミ。

 会ってあっという間に気の合った、同世代の少女と軽妙な会話を楽しんでいる。柔らかな多幸感に包まれながら、静かな休みの学校で、夕焼けを眺めながら。

 至福の時間であった。

 ああ、こんな瞬間がいつまでも続けばよいのに……そんなふうに思いながら、ちょっと気持ち悪いくらいニタニタとした顔で微笑んているナミ。それを見て、嬉しそうに優しく微笑むジェニファー。

 土曜の夕方二人の貴重な時間は、何をするというわけでもないのだがいつの間にか過ぎ去っていて、

「ああ、残念だけど……」

 休日出勤で職員室にいた隣のクラスの担任から、もうすぐ帰るというメッセージがナミの目の前にAR表示で浮かび上がる。ならば、彼女たちも帰らなければいけない。

 どうやら、この得がたい時間はそろそろ終わりとなるようだ。

「帰りましょう」

 名残り惜しさを振り切るように、勢い良く席をたち、振り返ることもなく部屋を出るナミ。

 ああ、もしこの瞬間、ナミが振り返っていたのならば、ジェニファーの変貌を、その獲物を狩る鷹のような目を見ることができたかもしれなかったのに!


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今回の用語解説


「学校のデジタル化」

 現在、学校のデジタル化に日本が遅れをとっているというようなことがよく言われます。また子供どころか大学生でもPCの保有率が低く、下手すれば卒論までスマホで執筆をすましてしまう……

 ニュースなどでは大げさに伝えられていることもあるだろう、そもそも他の国も言うほどデジタル理想郷なのかとか。また、デジタル化の日本の遅れは事実として、高校、大学受験みたいに即結果が出ることであれば効果もはっきりするのですが、その遅れにより子供が成長して社会に出た時にどのくらいの影響があるのだろうか。社会に出てから学べば良いことなのではないか?

 正直、正解はのちの歴史で検証するしかないですが、デジタル化というのが一部のものの特権であった(1990年代初めまではインターネットさえそうでした)時代が終わり、日常としてITが身の回りにあるという時代のは今までと変わらなければならないのは事実。そして、それはテキストの電子化とかではなく、デジタル時代の変わった世界構造を学ぶものではないかと思います。かつてグーテンベルクの活字の革命により民衆に一般化した本により学習が変わったように。

 作中ではあまりこの点については触れる余裕はありませんが、じっと考えて見たいテーマですね。

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