第12話 体験学習終了
休日の原宿の、表参道と明治通りの交差点。華やかで人のなみの絶えないその場所。今も、ちょっと未来のこの時代も。
しかし、この時代と今で少し様子が違うところがある。
交差点には信号がない。
といっても、車が走っていない訳ではない。昔あったという原宿の歩行者天国がこんな場所に復活したわけではない。東京を環状に縦断する、その大動脈の一つとなる明治通りの交通を遮断して歩行者を優先するわけではないのである。
また、歩道橋などが設置されているわけでもない。車を優先して歩行者が階段をのぼったり、見通しの良い景観の邪魔になる構造物を作ったりした訳でもない。
でも、信も横断歩道もないのにどうやって歩行者はそんな幹線道路を横断するのだろう。それでは、絶え間なく行き交う車の流れを横切って道を渡ることなど一生できそうもないのではないか。偶然、車が途絶えることを期待する人々が交差点のまわりに山のように溜まってしまうのではないか?
——いや、そうではない。
この時代、人々はただ単に横断するのであった。
車が来ていようが、来ていまいが構わない。思うがままにただ車道に足を踏み出す。すると車は自動で避けてくれるのであった。
交差点手前でグッとスピードを落とした車は、互いに数メートルの間隔をあけて、まるで連結されているかのようにシンクロして動く。
その間を歩行者は進む。ゆっくりと進む車の間を歩くのであった。
車が、突然スピードを上げて轢かれてしまうのではないか……といった心配はしない。安心し——というか不安になるということさえないまま、地球が回るのと同じように、踏みしめる大地がそこにあるのと同じように、当然のこととして、動く車の間を人々は進む。
なぜ? そんなことが可能なのか。信頼できるのか。運転手の気まぐれが車の隊列を乱すことなど考えもしないのか。
それはこの時代の車に標準的に装備された自動操縦機能ゆえであった。
自動操縦技術の進んでだこの時代、都内の特定エリアは自動操縦の車でないと入れないようになっていて、この原宿のど真ん中もそんな場所になっているのだった。
ほとんどのの車が自動操縦機能を持つに至ったこの時代、大半はもう緊急時のストップ機能の他はマニュアル操縦の機能さえ持たないこの時代であれば、信号がない交通制御のほうが圧倒的に効率がよく快適で、そして十分に安全となるのだった。
もし、うっかり足を滑らしたり、あるいは故意に立ち止まったりした者がいても全く問題はない。徐行している車は直ちにストップして、その者が歩き出すまで止まるだろう。
ゆっくりとしか歩けない老人、車いすの人などが渡るときにはそれに合わせて車の流れもゆっくりとなる。
車の自動操縦が前提となった世界ではその街の作り方も大きく変わる。この世界であれば、信号の他に、先ほどナミがいたような歩道橋も必要なくなるが件のものは観光地的な要素の強い原宿駅前において、見晴台的な役割もあり残っていたものである。
となれば全国に配置しなければならなかった信号や標識、歩道橋など、数が多いので整備にかかるコストも国や自治体の予算としても馬鹿にならないようなものの削減が可能となる。その分の税金が別のことに使えるようになるのである。もちろん、その削減がそのまま日本の経済規模の減にしかつながらないのだと単なるデフレ要因としかならないが、仮想空間という新しいフロンティアや、AIのサポートもうけて科学に様々なイノベーションが続くこの時代であれば、新たな投資先などいくらでもあるのであった。
自動操縦技術というものは、別に信号や歩道橋を無くすために開発されたわけではないのだが、結果としてそんな風に世の中を変えた。楽に運転したい、安全に車を制御したい。そんな要望に後押しされて開発された車の自動操縦技術が、世の中のあり方そのものを変えてしまう。歴史上革新的な技術というのはいつもそういうものである。新しい生活を創りだしてしまうのである。
しかしまあ、この時代、世の中の車が安全性の高い自動操縦ばかりになったとすると、暴走するトラックもいなくなって、すると惹かれて異世界転生する日本人の数も少なくなっているのだろうか? その頃の異世界でのチート日本人不足が心配である。
まあ、そんなことはともかく……
*
「そろそろ次に向かわないといけないですね」
原宿、表参道の交差点を一瞬ぼうっと眺めながら楽しい時間の終わりを残念そうにしているジェニファー。今日の、留学生たち向けの日本文化見学プログラム。その中でも一番人気の現代日本文化見学——まあ実質原宿で自由時間をもらって散策するということであるが——その時間が残り少ないことを悲しそうに呟く彼女であった。
その時間。昼休みを入れて二時間弱の、あっと今に過ぎていった貴重な時間。
気の合う者同士で、一緒に、特に目的もなく原宿の街を散策する。そんな、なんでもない行動が、とてつもなく貴重な時間になる——思春期。多感な時期の少女が二人。
この時間を通して、さらに仲良くなったジェニファーとナミであった。
服屋に入っては試着して、雑貨屋でアクセサリーをつけてみたり、古い街内が残るの裏道の趣を楽しんだり……
なんて事のないひと時が奇跡になる。そんなこの時、この常用でしか得がたい、大切な時間も終わり。そろそろ次の場所に移動しなければならない。
だが、
「うん。でもあれ買ってく時間くらいはあるよ」
その前に、とナミが指差したのは、
「クレープ屋ですね」
「そう、ここ美味しい……とクラスの人からきいたんだけど」
言葉に、自信なさげなのは、目の前のAR表示には最高から最低まで評価コメントが出てくるのであるが、
「いえ、百聞は一見……いえ一食にしかずです。食べてみましょう」
味は——もちろん美味しくないわけがない。
こんな日。こんな場所。こんな人と一緒なら。
物は、ただ物としてあるわけでなく、状況とタイミングが合わさって意味となる。
今日、今の瞬間であれば、そのクレープはだただのクレープでなく、
「「美味しい!」」
大満足で次の目的日に向かって進む二人。
ちょっと歩いて原宿駅から電車に乗り、品川までいって近くの施設のホールで今日の残りの文化体験プログラム。茶道とか華道とかの体験を駆け足でこなし、最後に近くのタワービルの最上階に行き、東京の街並み、その目立った建物や都市の作りなどの説明をする。
海側にはレインボウブリッジの向こう、お台場の先の海上に建設中のメガフロートで作られた港。その新たな人口の大地に向かってかけられる橋。ますます大型化、高層化する客船が通れるように橋桁の下の高さは百メートルを越え、まるで天空を走る神の道のごとく、メガフロートの先に聳える千メートルを超えるタワーに向かい伸びる。
うまく歯車が噛み合って、人類は史上何度目かの大発展の時代についに突入したといってよかった。ながらく不況に苦しんだ日本も、この十数年は確実に経済の復活をとげ、東京の景観はまた大きく変貌を遂げた——いや、遂げ続けているのだった。
ナミとジャニファーをはじめとした、留学生とアテンドの者たちは、そんな東京のダイナミズムを感じながら、飽きる事なく周りの風景を眺め続けているのであった。
しかし……
午後5時となり今日のプログラムは品川駅にみんなが戻ったっところで終了となった。この後は、基本的には解散であるが、留学生とアテンドについたものの希望があればプログラムの延長として自由行動が許されていた。とはいえ、あちこち移動した上、いろいろな講習や体験が詰め込まれた一日であったので、そのまま帰って休息を取ろうとする者たちが多かったのだが、
「あの、ナミ。私、行きたいところがあるのだけれど」
「え、どこ?」
この二人はまだまだ元気満タン。むしろその興味と興奮の勢いは増すばかり。まだまだ帰るには早すぎる様子であった。
なので、
「……あのね」
「ん、どこでもいいよ」
ジェニファーは目をキラキラさせながら言うお願い、
「ナミの学校を見てみたい!」
「もちろん——!」
ナミがそれを断るわけはなかった。
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今回の用語解説
「自動操縦」
ほんの数年前までは、車の自動操縦なんてずっと将来の話かと思っていたら、いつの間にか技術的にはかなり実現性が見えてきている状況に変わってきています。もしかしたらちょっと未来の時代まで待たなくても、自動操縦は近々に実現しそうな気さえする技術発展のスピードはまるでインターネットの発展初期を思わせる勢いですが、この技術普及でもっともハードルが高いのは法的制度などではないかと言われてますね。自動操縦の車が人を轢いてしまったら、その車に乗っている人は罪に問われれるのか? とわれないとすると、轢かれたひとは誰に罪をとえば良いのか? 早々に、人間が運転するよりもっと安全な運転ができるようになると言われている車の自動操縦ですが、しかし、確率的には自動操縦に任せた方がよりよい交通安全が実現されるからといっても、轢かれた人が誰にも罪をとわない。確率的により良い世界が実現できたのだから——などと達観できるか? それがこの技術の完全な普及のためのハードルなのでと言われています。
当面はすでに最新の車では導入されている、自動操縦をするが、最終責任は運転手が責任を持つ——自動操縦で危ない状態になった時はマニュアル操縦で回避する。みたいな状態がしばらく続くのではないかなと思います。これは、これでだいぶ運転が楽になるのだと思いますが……
ただ、完全自動操縦などが実現すれば、道路に信号なしの世界とかが実現したりして、さらにドラスティックな世の中の変化がこの技術から引き起こされるのではないかと思います。
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