第11話 参拝開始!

「今日はよろしくお願いします」


 到着が遅れていた留学生の面々もバスに乗ってやって来たら、挨拶もそこそこに明治神宮の中に向かうナミたちであった。

 なんでも、イベント会社のほうで掛け合って祈祷の予約をずらそうとしたが、後ろにも予約があるため、十分くらいなら待てるがそれ以上は難しいとなたった。そのため、当初の予定では挨拶や自己紹介をすませてから、ゆっくりと神宮の森を眺めながらの移動となるはずが、挨拶もそこそこ、早足での境内を歩いている一行であった。

 とはいえ、入り口から社殿まで、それなりの距離のある移動途中、いくら挨拶もまだとはいえ、まるで喋らずに歩くというわけにもならない。


「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」


 歩きながら、今日の担当の留学生の横について挨拶をするインターン生たちであった。

「私の名前は、ナミ——愛宕ナミです。本日はジュニパーさんの担当をさせていただきます」

「ジュニパー? 私の名前はジェニファーですよ?」

「ああ、しまった、つい……」

「つい?」

「いえいえ、こっちの話で、あそこ、あんまりコンシューマ製品出してないから、一般の人はしらないですよね」

「……?」

「ああ、ごめんなさい! 名前間違った上にわけのわからないこといいだして」

「……ふふ。いいえ、いいですよ。という気をつかわせてしまってごめんなさい」

 屈託無く笑うジェニファー。ナミと同い年のアメリカの女子高校生。

 話して見て一瞬でわかる、明るく、性格のよい女の子であった。

 誰とでもすぐに打ち解けて、仲良くできるナミであったが、それにしても相手も友好的であればその方が楽しいに決まっている。

 このイベント会社のインターンをしていると、たまにムスッとしていたり、そもそもあまりやる気がないのに参加したとか、年配の人でナミが高校生のインターンだとわかるとちょっと下に見てくるとか……

 まあ、それくらいでへこたれるようなナミではないのだが、相手が同世代の同性で良い人そうであればそれに越したことはない。今日は楽しくなりそうだなと期待する彼女であった。

「神社——綺麗な森ですね」

「はい、この森は、明治天皇崩御の際、神宮を作るということになった時、日本全国から献木があつまったものを植樹され……」

 興味深そうに森を眺めるジェニファーに、周りの森のなりたちを説明するナミ。同じような説明は、ジェニファーも身につけているAR装置によりいくらでも周囲にスーパーインポーズして表示することができる。それは、話された『神社』という言葉、その時の語調や感情のAI分析により、求められるものが違わず出てくることdらろう。今日ここにくるとなって、にわか仕込みで仕入れたナミの説明などよりもずっと的確な説明となる。

 であれば、そもそも、ちょっと未来のこの時代、ナミたちが今やっているような人によるガイドなど必要ないことなのではないか? そんな風に思えなくてもない。

 しかし、

「ありがとうございます。実は今日行く場所は事前に調べてたりもしたのですが……やっぱり人に説明してもらうと実感が湧きます」

「いえ、説明不足のところあったら言ってくださいね。今日の行くところ、なんでも……知ってるわけでないですが……すぐに頑張って調べます」

 実は、知識、情報が人以外から的確に提供されるようになればなるほど、それでは伝わらないものを求めて人と人との対応が望まれるようになってきていたのであった。

 いつか遠い未来、AIが人間よりも人間らしく、もしかしたら勝手に進化するような時代もくるかもしれないが、この時代はまだそこまでは至っていない。であれば、自動化が高度になされるにしたがい、人の体験というのはより貴重なものになっていっていたのだった。そんな体験を得てもらい、自分も得る。そんな職業に憧れるナミであった。

 そして、彼女の、生来の人懐っこさ、よく頭がまわり、気遣いできる性格など、考えれば、こういう職業も結構あっているのかもしれないが、


「ちょっと、ナミさん! そっち道違う!」


 道に迷うというか、森の中の道なき道に入っていこうとして、カナに慌てて声をかけられるナミ。システム管理以外では極端におっちょこちょい、迂闊になる彼女の性格では前途多難となるのかもしれない。


   *


 そして明治神宮での祈祷のあとは、代々木公園と周りの施設の見学のあとは近くにある公共の施設を借りて指揮者による日本伝統文化の講義。そのあとは和食の弁当のでケータリングを天気が良いので公園に椅子を出して食べて、昼休みを挟んで原宿の散策。まあ、日本の現代文化見学という名前の自由行動の時間となる。


「これ楽しみにしてたんです!」


 うきうきとした顔のジェニファー。

 ここまで半日。すっかり彼女と親しくなっていたナミは、

「私もです」

 満面の笑みを浮かべながら一緒に原宿の街中にでる。

 とはいえ、

「実は、あんまり詳しくないのだけど」

 そんなに原宿に足繁く通っているとかいうファッション感度高め女子というわけではないナミは、自分が期待外れであったら申し訳ないと、少し不安げな表情で先に謝っておくのだが、

「いえ、そんなこと……一緒に歩く友達がいるだけでいいんです」


 例えば、ジェニファーが一人で原宿に来ても、この時代の進んだIT技術のサポートを受ければ、何も問題なく歩けるだろう。彼女は日本は全くできないが、リアルタイムに人工知能AIが英語翻訳(実は今までのナミとジェニファーの意思疎通も機械翻訳により行われている)してくれるし、拡張現実AR技術により目の前に矢印を浮かべて行きたい場所への誘導をしてもらうことだってできる。面白そうなところ、今話題の場所、SNSで言及の多い場所なんかを、自分の属性にあわせて分析するクラウドサービスの助けを借りれば、外れなく効率よく街を散策することもできるだろう。

 しかし、ジェニファーが望んでいるのはそういうものではないようだ。

「目的なく、こんな街をうろつく……そんなことをしてみたかったのです。それも気の合う友達と……」

 結果的に、あまりパッとしたところに行けなかったとしても構わない。

 そんな時間の方が帰って貴重だと彼女は言うのだった。


「なるほど」


 いままで、なんどもインターンとしてイベント会社のアテンドを手伝っていたナミであるが、こんな風に言った人は初めてであった。

 そして教えられた。

 自分もそんなことを望んでいるのではないか。

 そして、そんな風に、自分がいるという、偶然から価値をつくること。それが自分が将来目指すべき自らの到達点なのではないか。

 実は、この瞬間は彼女にとって、人生の目標が決まった重要な瞬間なのであるが……まだまだ自分の考えをうまくまとめるには若すぎる彼女。しかし、夢多き、無限の未来の色がる乙女は、なにかワクワクする気分に自分が包まれ、ずっとこういう感じが続けば良いなと思う。それこそが未来——


------------------------------------------------------------

今回の用語解説


「IT技術のサポート」

 オックスフォード大学のオズボーンという人がAIが発展すれば消える職業というのを研究、発表して話題になりました。機械の発展で消えた職業などいままでいくらでもある——産業革命の時のラッダイト運動とかはその反動の反乱ですよね——のでAIでももちろんそうであろうと思います。具体例でいえば、トーキーの出現で消えた映画の弁士なんかが有名ですよね。近年でもコンピュータの発展で昔必死に電卓叩いてた、その前はそろばんはじいてた業務がどんどん無くなって行ったし、AIが人間の「知性」を代替するのならば、必要とされなくなる、代替される知的職業というのもあるのでしょう。

 それは当たり前の話と思われます。ところがこのオズボーン氏の研究が衝撃的であったのはなくなる「知的」職業に弁護士や医療などにかかわる、現在が人でないとと思われている、「知的」な職業が多数含まれていたことでないでしょうか。かつての肉体労働がどんどんと機械に変わられたように、人間でないとと思われている知的分野も、どんどんとAIやロボット技術などにより代替されて行くのは止まらないのかもしれません。

 しかし、その時にこそ人間でしかできないことはまた必ず残ると思うのです。なので将来人間がすることがなくなるなどとは私は思いません。そして、その時に人間が行うのは、「クリエィティブ」で「芸術的」な分野みたいなことを、件のオズボーン氏は言ってますし、その通りだと思いますが。それは、別に芸術家しか世の中に必要なくなるなどということではないと思います。


 なぜな——


 全ての人の日常はクリエイティブで創造的——そん人がその人として生きるのなら——と私は思うのです。そしてAIやIT技術によるデジタル革命とはそのための手段であらねばならないと思うのです。目的ではなくて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る