第8話 焼肉食べ放題!(先生の金で)

「……カルビ三人前追加」


 弱々しい声で、注文をする蔵王アン先生。


「あれ、アン先生食欲ないんですか?」

「……いや」

「ロースはもう良い焼け具合ですよ」

「……ああ」

「ハラミも美味しいー」

「……そうだな」


 一仕事戦い終えた女子高生たちの食欲に圧倒されっぱなしの先生であった。

 なんでも食わせると言った手前、焼肉と言われても大人として引くわけには行かない彼女ではあったが、まだ若手の彼女は夏のボーナス前で先立つ物に不安がある。なので行きつけの安い焼肉屋に連れて来たのであるが、それでも今日の支払いは大丈夫かと不安になるほどの食欲魔神の三人である。

 しかし、


「——ああもういい! 今日はパアッといくぞ!」

「あら、アンさん良い飲みっぷりー」

「おし! もう一杯。生追加! ついでに、はみ出しカルビ四人前!」


 目の前の生ビールジョッキをかっと一気したあとは、一気に自制も決壊した蔵王先生であった。多忙でいらいらした一週間が終わったせっかくの金曜日だ。余計なことを心配していては、そもそも気晴らしのためにやってきたこの場が無駄になる。明日のことは明日に考える。明日の金の心配は明日にすれば良い。そう思い切る先生であった。

 で、そんな風に割り切れば、そもそも今日生徒会の三人を誘った元々の目的、

「で、おまえらなあ……」

 彼女のいつもの絡み酒の始まりであった。

 それも、

「は、はい!」

 先生の目の色が少し変わったのに気づき、ちょっとびびりながら返事をするナミ。

「なんでしょうか」

「何ですかー」

 これは不味いパターンだ。そう思って警戒する生徒会三人であった。

 もっと先生が酔っ払った後なら、出る話題は三十間近で結婚どころか恋人の宛もない、職場もプライベートも不遇を囲う彼女の身の上話になる。

 蔵王先生の高校卒業後の人生。高校時代のネット管理者で経験を得たからと、なんの気無しに工学系の大学に進んだものの、このままシステムエンジニアになったりしたらプライベートもなくなって婚期に問題が出るに違いないと、——またなんの気無しに選んだ先生稼業。その出会いのなさとエンジニアなみであることをなってしまってから気づく、意外に計画性ナッシングの妙齢の淑女のグダリ。

 聞かされる方はかなりうざったいものの、肉を奢られれて聞く対価としては安いものだ。

 しかし、

「なんか隠してることあるだろ?」

 少しよってむしろ頭が冴えて、迫力も出てきた時の彼女に、背筋にすっと寒いものが走る三人であった。


 隠していること?

 もちろん——思いっきりあった。

 北海道の電脳空間の病院に三人してでかけ、そこであったサイバー攻撃に巻き込まれた。その撃退に手を貸したことだった。

 学校を出てからの事件でもあるし、この話を一切報告していなかった。

 なんとなく怒られそうな気がしたのだった。

 学外で攻撃を受けた時にそれに首をつっこんで撃退しようとした。そう言うのは先生より厳禁とされている三人であった。

「北海道らしいな。これからの季節はいいな。行ってジンギスカン食べてでビールのみたいな。いやラーメンやもいいな。カニは冬かな。いや——現実リアルならな」


「「「……」」」


 完全にバレている。一気に全身が汗だくのナミたち生徒会役員たち。

「町内会長のおじいさんから感謝の電話をもらったよ。お前たちに孫に会いに連れて行ってもらったばかりか、守ってもらったてな」

「それは……」

「やったな」

「はい。やりました」

 ナミの言葉とともに首を垂れる三人。

「……まあ、しょうがないが……わかってるのか?」

 何を? とは聞けない。いや聞く必要もない。

「何度も言っているようにな……」

 今まで繰り返し、何度も説教を受けていたことであった。

「お前らは、アマチュアなんだ。まあ、いっぱしのネットワークのプロよりもある面ではスキルがあるのは認めてやろう。しかし結局は素人であり、いつの学校では、その素人とわかって攻撃してくるような連中との死合ハックであるからなんとかなっているんだ。それがわかっているか?」

 下がった首をさらに下げる三人であった。

 そんな彼女らに、アン先生の言葉はさらに続く。

「もし、お前らが下手に突出して動いたせいで、病院の警備システムの連携が乱れたらどうする。もし、お前らが突破されたせいで病院にシステムに侵入されたらどうする。どうやって責任をとる? その後の対策を練る?」

 もし攻撃に負けても、侵入クラックに成功されても——何かあっても最後まで対応し、事後対策も含めて責任をとり、次の改善につなげていく。それがやれてこそのプロ。そのプロが集まる組織である。腕に覚えのあるからといって個人がうかつに対応するのは、無責任な邪魔者でしかない。

 もちろん、そんなことは、ナミたちにもわかっていた。しかしわかっていたけど激情を抑えきれなかったのだ。

「お前ら、やっぱり若いな」

 ため息ながらの先生の言葉。

 それに反論もせずにずっと下を向いている三人。

 そのまま、無言の張り詰めた時間が少し続き……


「まあ、やっちゃったものは仕方ない。説教ばかりではせっかくの金曜の夜が台無しだ。焼いてる肉も焦げちゃうぞ」

「あっ……」

「焦げ臭い」

「肉、ピンチー」


 自分の言葉がしっかりと三人に届いたのを確認すると、やさしく菩薩のような笑みを浮かべる蔵王先生であった。ネット上では絶滅菩薩という異名をとり、今学校では強面の女講師としてひと睨みで生徒たちを震え上がらせる彼女の、それが本当の姿であった。

 慈愛に満ちて優しい。

 また、優しいだけでなく、

「今回はお前ら、関わった相手が悪かったな。生徒会OB、OGを総動員して現実では彼女らに危害のないように対応に当たるが、最悪は蒼穹高校の初めての敗北クラックも覚悟しておかないといけないかもしれないな」

 守るもののため信念をもって行動する意志と強さも併せ持つ。彼女は、大事な生徒、後輩たちを守るため——守らなければいけなくなる危機のくることを予想しているのだった。しかし、その決意を込めた最後のつぶやきは、

「あれ、何か言いました?」

 すでに肉に夢中となっている生徒会の面々には聞こえることはなかった。

「いや……なんにも。それよりお前の肉をヒジリが狙ってるぞ」

「あっ! ヒジリそれあたしの……ってカノン!」

「ふふ、油断大敵ですよ」

「こら!」

 そして、それ以上の繰り言はなしとしよう。ひとまずは、この楽しげな金曜の夜に無粋はこれくらいにしようと思う先生——蔵王アンであった。

 ああ、何しろ、これからは緊張に満ちた大忙しの日々が待っているのかもしれないのだから。


------------------------------------------------------------------------


 ここからは用語解説です……としたいところですが、今回はあまり技術用語とかなかったですよね? もし何かあれば感想欄とかに描いてもらえれば対応します。

 よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る