第7話 週末間近の生徒会

 そして、北海道の病院出くわしたサイバー攻撃の後も蒼穹高校生徒会の日常は変わらずに続く。まあ、日常というのは常になにかトラブルをかかえ、事態インシデント管理、サイバー攻撃撃退を続ける毎日のことだが……

 それは、慣れてはいるものの、やはり緊張と集中の毎日なわけで、


「ああ、やっと終わったあ!」


 金曜日、最後の攻撃アタックを防ぎきり、ホッと一息、歓喜の言葉を叫ぶナミであった。 

 凶悪な顔つきをした血まみれのイタチのアバターたちが無数にあたりに転がる、スプラッターな絵面えずらの中で満面の笑顔。もちろん全て仮想世界VRの中での話ではある。断末魔の顔の死体や、撒き散らされた血、折れた剣や矢がそこら中に転がるこの殺伐とした光景は仮想世界の作り物。

 とはいえ、乙女なら、仮想とはいえやはり生々しい現実にしか見えない、この戦場の惨状に気を使って欲しいものであるが。

「ああ、腹減った! 今日は肉食べにに行こう! 肉!」

 今はアドレナリン満タンで戦闘民族に変身中のナミはまるで気にもしていないようであった。

「ええ、確かに肉食べたいわね。今日は、生徒会の仕事も終わってるからログアウトしたらすぐ行けるわよ」

「肉ー。食うー」

 もちろん他の二人も似たようなもの。

 この高校の生徒会は、こんなことでビビっていたらとてもじゃないが務まらない。こんな毎日で肉が食えなくなったなら、育ち盛りの体の発育が不全になってしまう。

 特に、仮想世界では満帆に膨れているが現実世界ではいまいちであるある部分のことを結構気にしているナミである。肉に限らずタンパク質のある食べ物を望むのだが、

「でも、やはり豆腐とかの方がよいかな? イソフラボンとらないと」

「いえ、リンゴとかでホウ素をとるのも良いかもよ」

 発育には基本はバランスの良い食事が一番と思いつつも、即効性のありそうな食べ物の情報に踊らされるのであった。

 しかし、

「そんなのより肉ー。肉ー」

 そんなことはどうでもよいと(焼)肉欲にはしるヒジリであったが、


「「あんたは黙ってなさい!」」


 小柄な体格のわりに出るところ出ているロリ巨級体型のヒジリには胸の話をしている時には横入りさせない発育途上のナミとカノンであった。


 だが、まあ、

「でも……、どっちにしてももう落ちようか」

 流石に荒涼たる戦さ場のなかで、胸の話をしているのもなんだと思って現実リアルに戻る三人であった。


   *


 ナミたちが戻った生徒会室は静かでゆったりとした空気が流れていた。

 金曜日の夕方。ついさっき、この日の課外活動時間も終わり、電脳蒼穹高校の守護者たるナミたちの時間は終わった。この後は生徒会顧問の蔵王先生の勤務している間は一応電脳高校サイバー・ハイスクールは開いていのだが、彼女が帰れば、週末は生徒会が守る仮想現実の蒼穹高校は完全に閉じられる。

 学校の紹介ホームページや、授業のシラバス、学習のためのコンテンツなどはこの後の週末の休み中も公開されているが、それは学校のシステムとは別のクラウド業者のサーバに置かれていて、そこでの管理となる。もちろん、そちらへの攻撃アタックの危険はないわけでないが、対処するのはその管理している会社となるし……


 第一、蒼穹高校の生徒会が守らない電脳サイバー蒼穹高校など攻撃する価値もない。


 完全に腕試し、娯楽の類になっている蒼穹高校へのサイバー攻撃であった。

 代々の生徒会が守り、攻撃によって一度も止まった事のない蒼穹高校のシステム。それを破って名を上げようとしている連中の集いの場となっていた。なので、基本は、生徒会がいる時間帯を狙っての攻撃がほとんどであった。

 海外勢で、日本の時間が良くわかっていない連中が、システムの閉じている時間にやってきてすごすごと帰って行ったり、授業中や夕方以降で蔵王先生をはじめとしたOG、OBに撃退されたりもするが……攻撃は生徒会を破らないと意味がない。なので、彼女たちの時間がおわれば——電脳蒼穹高校は静かなものである。


 ナミたちが見る壁面には、今までいた仮想現実VRの風景がプロジェクターで映し出された、。死屍累々たる戦場となっていた電脳校庭には、清らかな光のカーテンが降りてきて、あっという間に花咲く学びへと戻る。

 

「帰ろうか」


 ナミが言うと、深く首肯する残りの二人。

 生徒会庶務も終えていた彼女らは、机の上に広がった端末やモニターの類をさっと片付け、職員室にいるはずの顧問の蔵王先生に今日の終わりの挨拶をしに行くと、


「なんだお前ら今日はもう帰るのか、それじゃ一緒にどこかいかないか?」


 と食事の誘いを受ける。

 と言うか、いかにも飲みたそうな様子の先生であった。

 中間試験が終わったばかりの高校で採点やら、試験結果の分析をしてその後の授業方針変更や赤点生徒への補習の準備。それを週末に残さないために今週は相当に根詰めた模様である。今週、電脳空間サイバースペースにいた時の暴れっぷりを考えれば、イライラが相当溜まっているのは予想に難くない。

「え……」

「どうしましょうか」

「家に帰ってー、休みたいかなー」

 どう考えてもストレスのはけ口と言うか、からみ酒されるのが確定なこの状況で誘いを受けるのは得策ではない。そう思って、曖昧な言葉で場をにごそうとする三人であるが、

「なんだ? なんでも奢るぞ」


「「「肉!」」」


「え……」


 食べ盛りの女子高生の肉欲の攻撃の激しさに思わず後ずさってしまう蔵王先生であった。


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今回の用語解説


「クラウド」

 解説の必要もないかもしれませんが、ネットワークを介したサービスやシステムが必要な場合に、それを自社が構築しないでサービスのみインターネットから調達する、あるいは自社でシステム構築するがサーバを自社のサーバールームなどに置かないで専用の事業者がインターネット上などに置いたものを使用する場合『クラウドサービスを使用する』とか言ったりします。

 このクラウド——雲という言葉はインターネットを図にして表す時雲の絵の形にする、なにかとらえどころなく中が見えない世界網を表して、という慣習から、インターネットで必要なサービスを調達するサービスのことをクラウドサービスと言うことになったのだと思われます。

 ただ、単にインターネット上にあるサーバに自分のコンテンツやシステムを入れるだけであれば昔からレンタルサーバというサービスがありましたし、単にネット上でサービスを使うと言うのであれば業務用ソフトからネット掲示板、広く言えばSNSサービスまでそのようなものはいくらでもありました。

 しかしネットワークの広帯域化やネットサービスの一般化を受け、今までは自社内で構築していたようなものまでがネットワーク上に置かれるようになって来て、なんでもインターネット——クラウド上から調達する。クラウドという概念が誕生しました。インターネット上で行われるサービスを統括してクラウドと呼ばれるようになった。いままで自社で構築していたものをネットワークに置くことをクラウド化と呼ぶようになったのです。

 もちろん言葉の定義とは広がりがあるもので、インターネットでサービスを供給することをクラウドといったのですが、インターネットとつながっていない閉じた専用ネットワーク上で業者がサーバを提供することをプライベートクラウドと呼ぶようになったり、SDx(Software Defined anything)と呼ばれるネットワークやサーバをサービスや状況によって閉域や流れる経路やリソースなど融通無碍に使用できるようにする技術も合わさって来て、オープンなインターネット上にあるサービス=クラウドとは言えないような状況になってきてはいます。

 少し未来のこの物語、もしかしてそん頃には電脳世界の自分の学校にアクセスしようとする高校生はオープンなインターネットでのアクセスではなく、ネットワークは必要なアクセスだけに専用に開かれるような世界も実現しているかもしれませんが……それならばこの蒼穹高校の物語は存在しませんね。オープンな網での攻撃アタックも存在しなくなるのですから。

 でも……

 まあ、それは別のちょっと先の未来として、まずはこの世界線でのナミたち生徒会の活躍をお楽しみください。


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