第27話 夢
スミアは炎に体を焼かれていました。
熱くて苦しくて、必死に逃げ惑いますが、出口はありませんでした。
仲間たちが折り重なるようにして倒れていく姿を、スミアは苦しい息の下、見ていました。
肺が焼け、息もできなくなりました。最後の一息で、スミアはつぶやきました。
焼かれて当然の汚い生き物だよ……。あたし。
光戦の民たちが放つ復讐の炎に、土鬼とともにスミアは焼かれていきました。
気がつくと、スミアは暗がりの中にいました。
目を凝らすと、もう一人の自分……いえ、ゴアが目の前に立っていました。
スミアに向かって、おいでおいでと手を振っています。スミアは数歩、ゴアのほうに向かって歩き出しました。
その向こう、真っ暗な穴が広がっています。
家族が住む場所です。中から赤子の声がかすかに漏れてきました。そこは土鬼の巣穴でした。
スミアは歩みを止めました。
「だめだよ。ゴア……。そっちへは行けない」
ゴアは悲しそうな目で、スミアを見つめていましたが、やがてあきらめるようにして背中を向け、暗がりの闇に消えていきました。
「ま、待って! ゴア! あたしを置いていかないで!」
再び気がつくと、今度は真っ白な世界でした。
眩しすぎて、やはり何も見えません。涙ばかりがあふれてきました。
たった一人ぼっち。
置き去りにされた猫のように、スミアは声を上げて泣きました。
「人間は、悲しみを乗り越えられるのだよ」
どこからか、声が聞こえてきました。
声の主を求めて、スミアはあたりを見渡しました。
しかし、スミアの足は一歩も前に出ることもなく、光の海の中、何も見えるものはありませんでした。
「無理だよ……、シルヴァ。あたし、もう歩けないよ」
いや……人間は、光戦の民とは違うから……。
声は聞こえなくなりました。
薄暗い部屋の中、藁を叩く音が響きました。
「お帰り、スミア。所詮、人生そんなもんさ。変わることなどないんだよ」
老婆の声が、ひひひと笑い声に変わりました。
スミアは泣きながら家を飛び出していました。
「おまえを仕込んでやるからな。両親みたいに、今に稼がせてやるぜ」
ジッタの声が聞こえてきました。
「いやだ! あたし、聞きたくないよ!」
スミアは耳を抑えました。それでも声は響きました。
「現実をはっきり見なければいかんよ。お前は貧乏に縛られ、鞭打たれて、その汚れた道を引きずられていくのだよ。誰が変われるもんかね」
村人たちの声が、いつまでもスミアをあざ笑っていました。
スミアは重たい足で、川辺まできていました。
「元凶は土鬼なんだ」
水面を渡る風に向かって、スミアはつぶやきました。涙が一筋流れました。
あいつらなんか、大嫌いだ。
アザミ川に船を出し、光戦の民を見つけよう。そして土鬼を退治しよう。
そうしたらきっと、何か違う明日があるはず。
その時、背高の枯れ草の間から、突然土鬼が現れました。
スミアは、怒りのままに剣を抜きました。
相手も怒りの瞳で、スミアを見つめていました。ハシバミ色の瞳に、憎しみの炎が宿りました。
「ゴア?」
一瞬躊躇したスミアの目の前で、汚い刃が踊りました。
今度は荒れ果てたアザミ野に、スミアは倒れていました。
凍りつくように体が冷たく感じられました。汚い毛布に包まって、スミアは震えました。
どれほど汚くて冷たくても、毛布を手放すことはできず、獣の臭いを漂わしても、顔をうずめているしかありません。
やがて、遠くから馬の蹄音が響いてきました。
毛布の端からのぞくと、背高の枯れた草から、ちらちらと美しい白馬が見え隠れしました。馬は光の中、真直ぐにスミアのほうへ駈けてきました。
乗っている人は逆光を浴びていて、顔がまったくわかりません。ただ、額のサークレットだけがきらりと輝きました。
「おいで、スミア」
スミアは立ち上がろうとしましたが、体が動きませんでした。
「だめ……。あたしは、ゴアに切り殺されたんだよ。きっと……。もう二度と、立つことなんてできない」
泥にまみれてスミアは泣きました。
馬上の人影は、ひらりと馬から下りると、スミアの前に歩みよりました。
まぶしい光に銀髪が透け、風に揺れていました。
「スミア、人間は悲しみに暮れて死ぬことはないのだよ。君のけがは癒された。だから、戻っておいで」
夕闇の瞳がやさしく見つめていました。
それでも、スミアは頭を横に振りました。
「だめ! だめだよ! アルヴェ。あたし、怖いんだ。自分が自分じゃないものになりそうで……。いったいどうなってしまうのかが、とっても怖いんだ。もう、一歩も歩けない……」
目の前に広がった世界は、荒れていて実りもなく、ただスミアを蝕んでいくように思われました。そして自分は、土鬼のように汚れた存在に成り果てていくのです。
差し出された光戦の民の美しい手には、スミアの手が届くはずもありません。未来は、暗く恐ろしいものとして、スミアの行き先に横たわっていました。
しかし、光戦の民の手は、スミアを泥の中から引き上げていました。
スミアの体は、一瞬軽くなりました。やさしい腕に抱かれて、冷たい体がぬくもりを感じて震えました。
声がゆっくりと響きました。
「それでもスミアは立ち上がり、歩き出すよ。……だから、我々を待っていたのだろう?」
大粒の涙がスミアの頬を伝わりました。
アルヴェは、スミアのハシバミの瞳を見つめ、そして髪を撫でました。
スミアは、光戦の民の深い瞳を見つめました。光の中、三日月のように張りつめた闇でした。
そこに、悲しみを忘れ去ることもできず、乗り越えることもできない光戦の民の悲哀がありました。この悲しみは、月日を重ねて深まっていき、やがて絶望という刃で、光戦の民を殺すでしょう。
それこそ光戦の民と人間の壁でした。
「人間はね……どのような存在になるか、自分で選び、決めることができる。強くてたくましい生命力にあふれた種族だ」
人間は、悲しみをいつか乗り越えていけるのでしょうか?
未来を切り開いていけるのでしょうか?
スミアはうつむくと、鼻をすすり上げました。
「あたしには……できるの?」
アルヴェは微笑みました。
「スミアにはできるよ。光戦の民の予言は確かだから」
スミアは、目覚めました。
明るい日差しの中へ帰ってきました。
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