第26話 熱
襲撃は成功といってもいい結果でしたが、最終的にはゴアをはじめ、多数の土鬼を逃してしまい、全滅させるには至りませんでした。
しかし、アルヴェとシルヴァにとって、追撃よりも大事なことがありました。
スミアの傷は、ゴアが赤子を抱いていて片手だったこともあり、さほど大きな傷ではありませんでした。
でも、土鬼の汚れた武器によるものだったせいか、スミアは、その夜から熱が冷めず、意識が朦朧としていたのです。
光戦の民の携帯していた薬をすべて試しましたが、何の役にもたちませんでした。
特に熱には、何の対処もできません。なぜなら、光戦の民は熱を出して寝込むことがなかったからです。
顔を真っ赤にし、火のように熱くなって汗を噴出したかと思えば、今度は寒気で震えが止まらず、何かうわごとをつぶやく状態が続きました。
何かひどい夢でも見ているのでしょうか? それともやはり苦しいのでしょうか? スミアは時々うなされました。
アルヴェは、ただ汗を拭いたり、震える手を握ってあげることしかできませんでした。
兄がスミアの横に付き添っている様子を、弟は立って腕組みをしたまま、じっと見つめていました。
「おそらく……人間はこのままだと死ぬことになる」
シルヴァがつぶやきました。それは冷たい言葉のようですが、まったく正しい見解でした。
「私は、この子に幸せを約束したのだよ。いずれ死ぬ身としても、このまま悲しみの底で命を終わらせるわけにはいかない」
アルヴェは、スミアの震える手を取ると、唇を押し当てました。
土鬼を狩ることに、何の迷いも躊躇もありません。あろうはずもありません。
しかし、今回、狩りの瞬間、アルヴェは初めて迷いました。
あの時、スミアの手を払いのけて、ゴアを斬っていれば、スミアはゴアに斬られることはなかったはずです。
アルヴェの一瞬の迷いが、彼女を死出の旅立ちに向かわせようとしていました。
アルヴェの目から見れば、ゴアは間違いなく殺すべき土鬼でしかありませんでした。
しかし。あの瞬間。
ゴアを生かすことは、スミアの命を奪うこと……。
ゴアを殺すことは、スミアの心を殺すこと……。
アルヴェは眉をしかめて目をつぶりました。何かを振り払うように、彼は息を漏らしました。
「……土鬼はすべて殺すと誓った」
シルヴァの耳に、兄の押し殺したかすかな声が聞こえました。
シルヴァは腕組みを解くと、天を仰いで目をつぶりました。
そして、いつもよりも小さく見える兄の背中に、そっと手を置きました。
「残された楽園へいこう。元々あちらで仲間と合流する予定だったし、ここよりは手当てもできるだろう。動かすのは、少し冒険だけど」
シルヴァはそう言うと、身を翻し、さっそく準備をはじめました。
弟の言葉に、アルヴェも立ち上がりましたが、すぐに行動できませんでした。
苦しそうなスミアの顔を見つめ、ぽつりと言葉をもらしました。
「シルヴァ」
突然、兄に呼ばれてシルヴァは、一瞬手を休めました。
「君はあの時、ゴアを射殺すことができたはずだ。どうしてやめた?」
弟も何か迷いがあったはずです。
シルヴァは、その瞬間を思い出すように、再び天を仰ぎましたが、すぐに準備を再開しました。
「さあ……なぜだろう? でも、たぶん次回は殺せると思う」
その夜のうちに、光の兄弟は出発しました。馬は荒地を抜け、日夜を問わず大疾走しました。
スミアは、その間中、意識が朦朧としていて、あまり記憶がありませんでした。
揺れる馬の上で、自分を支えてくれる腕や、風になびく銀髪、時折心配そうに見つめる瞳が、ただ切れ切れに頭の中に残っていました。
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