第19話 服

 その日の出発は、お昼をとうに過ぎてからになりました。

 今までにないほど、食事に時間を取りすぎていましたし、スミアの目の脹れも、なかなかひかないからでした。

 しかし、行き先は決まっていました。

 シルヴァが、土鬼の巣穴を見つけたからです。

 そこは、ここからさほど遠いところではなく、歩いても行ける距離でしたが、真直ぐ向かうのは危険でした。

 シルヴァは、昨夜土鬼に見つかり、執拗な攻撃をうけ、やっとの思いで逃げ帰ってきたのです。土鬼どもは警戒していることでしょう。

 光戦の民がいかに優れた戦士とはいえ、五十匹以上の土鬼を一気に相手にはできません。それに、スミアの戦闘能力は未知数でした。

 アルヴェは、土鬼たちの巣の裏側に回り、彼らの行動を探って、奇襲をかけるつもりでした。

 十二年前と同じ火攻めが可能であるならば、わずか三人でも、土鬼たちを全滅させることが可能でしょう。


「スミア、これをごらん」

 シルヴァに呼ばれて、スミアは目の上の布を外しました。

 かすんだ目に、なにやらシルヴァが持っているのが見えました。

「なぁに? それ……」

 目をしばしばさせて、スミアは立ち上がりました。

「君の服だ。私には、君の毛皮のベストが土鬼臭くて耐え切れないのだ。君たちが村へ行っている間に、予備の毛布と服を加工してみた」

 スミアは、開かない目を見開きました。

 シルヴァの縫った服は、すばらしい出来とはいえませんが、短時間で縫い上げたとは思えないほどのものでした。

 光戦の民の下衣を大幅に詰めたブラウスには、きれいな石のボタンが並んでいます。柔らかな毛布を切って縫い合わせたチョッキは、やや粗い作りではありますが、滑らかな肌触りでした。

 さらに、光戦の民のマントを切って作った小さなマントには、二人が使っている物と同じ細工のブローチがついていました。

 スミアは、あまりの感激に、声も出せませんでした。

「天幕をたたむ前に、着替えてみてごらん」

 

 スミアが喜びいさんで天幕の中に消えた時、アルヴェが天の言葉で言いました。

『君は、スミアを土鬼だと思っているのだろう? 我々の服を土鬼に与えるのか?』

 やや沈んだ兄の声に、シルヴァは、やはり天の言葉で答えました。

『もう縫ってしまったからね。私の力作を無駄にはできないだろう? それに……』

 シルヴァは、アルヴェの肩に手をかけました。そしてそのまま、耳元に唇を寄せると押し殺すような声でささやきました。

『我々の服を着た土鬼なら、兄者は射殺せまい』

 二人の間に緊迫した空気が流れました。

 土鬼であるかもしれない少女の存在に、アルヴェとシルヴァの心は揺れていました。

 復讐のために、二人は長い間、土鬼を狩り続けてきました。土鬼を狩ることこそ、アルヴェとシルヴァが、この地に留まる意味でした。

 誓いを新たに確認するように、シルヴァは氷のような声でささやきました。

『我々は、復讐を忘れない。私は、土鬼であればスミアでも殺すよ。そして……兄者もそうだろう?』


 緊迫した空気は、天幕から出てきたスミアの姿で打ち切られました。

 小柄でか細い少女は、少年のように見えました。

 目はまだ脹れが残っているものの、きれいな服を着た興奮が、頬をピンクにそめて愛らしく見えました。昨夜、塗った薬が効いたのか、唇にも色が戻り艶やかに光っていました。

 アルヴェとシルヴァは、同じ顔をして、同じ表情をして、スミアを感嘆の目で見ていました。

「さすが……私の腕は確かだよ」

 シルヴァがつぶやきました。

 アルヴェは、何も言いませんでした。

 スミアの瞳が、感想を求めてアルヴェを追いかけてきましたが、彼は微笑むだけしか答える方法がありませんでした。

 高揚していたスミアの心が、またさみしくしぼんでいくのを感じて、アルヴェは心苦しく思うだけでした。

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