第33話 宇宙に行っちゃいます
Circus Tokyoのメインフロアにこれ以上詰め込めないほどの人が入っているなか、Qrionのライブが続く。ラッシュ時の満員電車のような、踊るどころか、軽く体を揺らすのもはばかられるような、本来ならば逃げ出してしまいたいような、ひどいフロアの環境である。
——でも、なぜか気にならない。
Qrionの流すメロディー。哀愁が漂う、どこか懐かしさを感じさせるような旋律。体に染み込んでくる深いドラムのビートにのって。心はどこか違う世界に飛ぶ。
音を必死で追いかけているうちに、雲を抜け、空を越え、天に至る。
星々の中で踊る。
踊りながら飛ぶ。
深く、深く、宇宙の奥底まで旅して、 流れ着く、宇宙の対岸の——楽園。
進む。音楽は、時間と空間を超える。
星々を後ろに従えて、光の中、全てと自らが一つなる。
「さすが……」
Qrionの音の宇宙に引き込まれて、夢中でいる内にあっという間のライブアクトの終了。
その瞬間、
「とても良かったです」
後ろからの声に振り返ると、
「語彙に欠けてると自覚してますが……そういう言い方しか思いつかなくて……」
ミーネであった。
「いえ、あたしなんか言葉を失って何も語れなくなっていたし……」
混雑したフロアでもいつの間にか、そばにいた二人。ミーネとアナであった。
押され、戻され、フロアの隅にいたかと思えば中央に戻り、人の波に流されて漂って、しかし音に向かい進むうちに同じような場所に至る二人。
春先から一緒にクラブ通いを始めた二人の波長がいつの間にかシンクロし始めているのか、好き勝手に動いていたつもりでも、行き着くのは同じ。ちょうどQrionの最後の曲。その瞬間に、一緒の場所で、一緒のグルーヴを感じる。
不思議なものである。行く場所はいくらでもあるのに、申し合わせたわけでもないのに一緒になる。単なる偶然であるのかもしれないが、そのようなたまたまの中から作り出される
いや、もしかしたら、本質的には、世界からは、それから、偶然と見える出会い
人は、ただ連続して起きたことに理由を感じる。
雲がもくもくと空を覆ったあとに雨が降れば、人はそれを原因と思う。
飛んできた石を避けなければ、それはあなたを傷つける——と思えば、その石が原因となる未来からあなたは逃げることができる。
そういうことが重なり、経験的に知りえた、その連続を予測し、人はより良い人生を歩もうとする。その選択が、自らの生を方向づけるようになる。
もちろん、それは偽の関連を、迷信を生み出すかもしれない。黒猫が目の前を横切っても不吉なわけではないし、ラッキーカラーの服を着ていてもその日が幸運であることが保証されるわけでも無いだろう。しかし、全知全能たる神なわけではない我々は、
そして、そのうちにその経験の枠でしか物事を考えられなくなってしまうのだった。
間違った経験もごちゃまぜで、しかし、自分の今の生活をする上で明らかに障害にならなければなおす機会もなく経験の枠内で安全に過ごそうとしてしまう。
しかし、偶然が、新たな出会いを——経験を作る。
新たな
離れていた二人が、フロアで行きあい、笑い合う。その幸福な瞬間が、その次の幸福を導く
これは……
——音楽も、そうだ。
経験や理論が必要なのはもちろんのことであるが、偶然の音の出会いが——連続が新たな感動を作り出していく。
DJなんていうものは、そのうちでも、最もたるものなのかもしれない。
曲という、それ一つで完成された小宇宙を、他の小宇宙とぶつけることよって新たな宇宙を生み出すのだ。経験を、偶然によりぶち壊すのだ。
新たな経験を——世界を音により創り出すのだった。
創造するのだった。
流れるようにつながる、曲と曲。
Qrionのは次はBUDDHAHOUSEのDJ。
アブストラクトで、しかしメロディアスなテクノが流麗につながっていく。
その電子音の連なりに心を預けるうちに、次第に体も音になっていくかのような感覚にとらわれる。太いベースととみにうねる心? 体? どっち?
——どっちも。
少し空いたフロアで、みな思うがままに踊る。
音は少しずつファンキーになり——いつの間にかハウスミュージック。
熱狂のフロアで、気づけばキッカも二人の後ろにいて、満面の笑みで
両手にお酒を抱え、最高潮のタイミングで、
「アナさん、ところで……」
「?」
「あの人なんでスーツの恰好なの?」
というのだった。
「それは……」
確かに、いつもスーツ姿のBUDDHAHOUSE氏であるが、
「なんでだろ?」
アナも知らないようなのであった。
というか、キッカ、あんたいままでどこいたの?
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