第32話 ライブ始まりました

 さて、恒例の、クラブ入店前のアナの長話の途中であったが、


「あ、もうライブ始まりそう」


 地階へ向かう人の動きに、メインフロアの動きを敏感に察知してCircusTokyoのラウンジから移動する3人。ミーネ、キッカ、アナであった。


 音楽が世界に広がるには文化ごと広がる必要がある? 少々謎めいた言葉を言った後の説明が不足のままで、大分もやもや感がないでもないミーネとキッカであるが、アナのいつもの展開もさすがになれてきたのと、


「あ、なんか良い感じ」


 フロアに降り、音の洪水の中に入れば、細かいことはどうでも良くなる。


 今、ライブをしているのはParkgolf、様々なアーティストとのコラボレーションなども行い、ポップミュージックシーンに数々の名曲を送り出している、彼の今日のライブはテクノセット。滑らか電子音にのって、強烈なビートがフロアを揺らす。


 三人はたちまち、心地良さそうな顔になって、ゆっくりと体を揺らし始める。思うがままに踊るには少し混雑しすぎているのだけれど、そういう時には、そういう時の良さがある。


 人々の押し込まれたフロア。人と人のパーソナルスペースのとれる距離をこえて近づいた他者と自らは、別の物として考えることができない。フロアは、まるで、一つの生き物として動かねばならない。音に対して、フロアは一つの意思を持っているかのように反応する。大きな一つの波となる。


 人と人が——育ちも環境も異なるだろう、ただこの日に同じフロアにいただけである個々が——混じり合い一つの大きなうねりを作り出す。強制されているわけではない。フロアにいる各々は、それぞれの思いのままに踊っているだけなのに……


 だが、ここにいる人々は皆、等しき熱狂の中にいる。同じ瞬間に声が出る前の人の動きと自分の踊りがつながっていく。同じ躍動を感じる。


 ——人々は、個にして全てであった。


 かつての哲学者ライプニッツの語ったモナドのごとく、「私」は他と違う何者かでありながら、他をすべて見て内に取り込み変わる。そして、変わった「私」は「全て」の一部であれば……全ても変わる。


 パーティが、ライブが進むにつれて、皆の心は強く結びつき、フロアには大きなエネルギーがたまっていく。


 爆発する感情。大きな力に押し出され、グルーヴはさらに強く、フロアの人々を高く高く押し上げる。


 この地階が今は天上かのような陶酔感。

 思わず漏れる叫び声。

 熱狂が渦を巻いてフロアを駆けめぐる。


 踊る。

 音。

 ビート。

 駆けめぐる——感動。


 止まらない歓声。

 夜が深まれば、深まるだけ人々の心の奥深くまでグルーヴは揺らす。

 君を——世界を。

 繰り返す。

 音。

 ビート。

 何度も、何度も。

 繰り返し押し寄せる、波に乗り、時は進む。

 音の世界の創造主クリエイターに導かれ、その始まりアルファと終わりオメガ。

 気づけばあっという間に1時間くらいが過ぎ去って、


「ん?」


 Parkgolfの前、DJブースの横に白い服を着た女性が立つ。


「あれがQrionさんでしょうか」


「ええ」


 そろそろ演者アクトが変わるらしかった。

 次は本日のメインであるQrion。

 アメリカに渡り活動する若きトラックメイカーであった。


「さっきフロアに、なんかオーラが出ている可愛らしい女性がいると思ったら……あの人だったとは……」


 アメリカに渡って活躍している女傑のイメージから、もっとアメリカアメリカしたマッチョウーマンでも出てくるかと思っていたミーネは意外な表情。


「あんな若いのにアメリカで活躍……英語しゃべれる……」


 まだ英語にこだわるキッカだが、それはおいておいて、


「そうね、昔の日本の大物アーティストが夢のように語り果たせなかった海外進出——それが、彼女も含めた、若い才能達によって、最近は軽々と果たされてしまっていることに驚くべきね……でもそれは……」


 アナは、ブースに立ち機材の準備中のQrionを見つめながら言う。 


「……もしかしたら、このフロアの熱狂のすぐ先にあるのかもしれないね」


「「……?」」


「彼女——Qrionがつかんだ成功が。それが起き得る沃野が、それが成り立つ私たちの文化せかいが」


 またもや謎めいたアナの発言と同時に始まるQrionのライブ。それを見て、


「……ふふ、分かる? 私たちは今世界の変革に立ち会って……? え?」


 アナは振り替えり、キメ顔でミーネとキッッカに今日の謎かけの答えをかっこつけて言おうとしたのだけれど、


「キャー!」


「ヒエー!」


 メインのライブアクトが始まって、殺人的に込み合ってきたフロアの人の波に押されて、ミーネとキッカはあっという間にアナから引き離されてしまうのだった。

 

「……ちょっと、さすがに混み過ぎかな」


 必死に人の波に逆らおうとして悪戦苦闘しているミーネとキッカの必死な顔を見ながら、アナは少しため息混じりにつぶやくのであった。


 それはまだ夜も半ば、本日のパーティはまだ半分以上残った頃のことなのであった。果たして、この後どうなるのかと不安になるアナであったが、


「音が……最高ならなんとでも……」


 なるかなと思いつつQrionの作り出す音の世界の中に引きこまれていくアナなのであった。

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