第31話 混んでますね
というわけで、夜の渋谷を恵比寿方面に向かって歩くミーネ達三人であった。
前回は、渋谷の桜ヶ丘の先のアナの家からCircusTokyoへ、あえて代官山側からぐるりと回って行った三人であったが、今日は最短距離の線路沿いであった。話し込んでいたら、いつの間にか十二時も過ぎて、このままだと今日のゲストのライブに間に合わなくなってしまうと思い急ごうと……
なので、女三人で歩くにはと、この間は遠慮した道を選んだのであるが、
「思ったより怖くないですね」
「人通りも多いし」
なんか予想と違ったようであった。
「工事中のとこ多くて、道がわかりにくかったですけど」
「線路の中も明るいし」
「ああ、ちょうどここ、線路の保守の人たちの入り口みたいなのよね」
CircusTokyoのあるビルの周辺には作業着を来た人たちが一杯集まって、きびきびと動いていたり、休憩中なのか線路脇で弁当を食べてる人とかいて……この真夜中にしてともかくにぎやかな様子。
確かにこれなら怖くない。
前回三人が来たときも同じように線路の中は煌々と明るかったはずであるが、今はちょうど人の行き来の多い時間らしくより印象に残ったのだろう。
ともかく、線路沿いの細い道を行くと思ってちょっと怖いかなと思いきや、意外にもそんなことはないままに今日の目的地に到着。CircusTokyoのドアを開けたのであるが、
「え……」
「あれ……」
「どうしたの?」
最後に入ったアナが、先の二人の様子のおかしさに気づく。
「なんか、違いますね」
ミーネの戸惑ったような声。
「確かに違うね……」
キッカも同意。
どうも、今日のCircusTokyoは、この間来たときと違うようだ。
それは何かと言えば、
「人の数が多くないですか……」
ミーネがびっくりしたよう声で言う。
五月にミーネたちが来た時に比べて、今日のCircusTokyoはずいぶんと混雑している。それは、入り口のドアを開けて、中に入った瞬間にわかるくらいの違いだった。
「時々、ラウンジは混んでてもフロアに行ったら空いてるなんてパーティもないけど……」
アナが、違うだろうなと思っているのがありありの、自信のなさそうな口調で言う。
「今日は違う感じですか?」
頷くアナ。
「これは……今日はあまり踊れないかもしれないかも」
「まあ、それでもお酒が飲めるなら……」
良いのかなといった様子のキッカ。
「お酒も並んじゃうかな……今日はCircus Tokyoのキャパオーバー気味かも」
「なんで今日はこんなに混んでるんですか」
「それは……今日のパーティのテーマは覚えている?」
「トラックメイカー?」
「北海道出身だったかな?」
「そう」
「今日は、北海道出身ってくくりで、注目のクリエイターがあつまっているのだけれど、中でも、メインアクトのQrion目当ての人がいるんだと思う」
「Qrion?」
「外国人ですか?」
「なんで?」
名前が日本語でないからくらいのキッカの単純な反応だが、
「キッカ、北海道出身って言ってたでしょ」
「北海道で生まれた外国人かもしれないよ」
「……そういうのもあるかもしれないけど、それなら今日のDJのWild Partyだって英語じゃない?」
「でも、あの人は外人並に体が大きいよ」
「いや、そういう意味じゃなく……」
ちょっとため息をつくミーネ。キッカと話すと、どうにもいつも話が、混乱する方向に進んでしまうのだが、
「あ、Qrionさんって日本人よ。北海道で生まれ育った。ただ、今はアメリカで活動中なので、外タレ枠と言えばそうかもしれないけど」
「アメリカ!」
「すげえ。英語しゃべれるの?」
驚くのはそこじゃないだろキッカと思うが、
「……日本人がアメリカで音楽をするなんて大変なんじゃないでしょうか」
「英語しゃべらないといけないしね」
いや、英語はおいといて、
「……そうね。一般的には日本人に限らず、外国人がアメリカで音楽で成功するのは大変なんだと思う」
「英語が?」
だから……
「なぜでしょうか、英語はおいといて」
「おいとくの?」
もちろん、
「……歌手だったら英語が大事だけど」
「そうだよね」
それはそうなのだけれど、
「……歌手以外でも大変だと思う」
ということなのであった。
とはいえ、
「英語で歌わないのに、だめなの?」
キッカの疑問も、もっともだ。音楽は国境を越えて伝わるとか、世界の共通言語だなんて良くいわれるじゃないか。
しかし、そうではないとアナは言いたいようだった。
「これは、私見程度に思ってもらって結構だけど……音楽って言うのは、どうしてもその地域に根ざした文化と言う側面があると思うの……特にクラブミュージックもその中に入る、ポピュラー音楽の分野ではその傾向が強いかも」
「でも、音楽が文化って言うのはすごく納得できますが……」
なんかまだ納得いかない感じのミーネ。
「良い音楽なら、文化を超えて広まるよね……たとえば……たとえばね……」
キッカも、不満げだ。
「……たとえば……あれとか……なんだ……たとえば……」
ただ、キッカは良い例がぱっと思いつかないようであるが、
「わかりやすい例だとビートルズとかはどう?」
アナが助け船を出す。
「ああ、そうだ! それ、それ!」
「はい、確かに。ビートルズって、イギリスのグループなのに日本でも良く聴かれますよね。でも……それだと、良い音楽だと世界中で聴かれるってことですよね。つまり、音楽は国を越えて世界に伝わる……?」
どうにも、アナの言うことが矛盾して聞こえるミーネであった。音楽は地域に根ざすということ、ビートルズが地域を越えて世界的普遍性を得たことの整合性が良くわからなくなったのだった。
アナは、そんなミーネの混乱はもっともであるとわかった上で言う。
「……良い曲だから世界中に広まったのか? それとも広まったからみんなが良い曲と思うようになったのか? みたいに考えてみたらどうかな」
「ビートルズがですか?」
「そう」
「……良い曲だから広まっただけじゃだめなのかな?」
キッカは良い曲なら普遍性がでると、極々素朴に思ってるようだ。
「もちろん、良い曲であることは必要だと思うけど、それは誰にとっての良い曲なのかしらね?」
「誰にとってと言われれば……良い曲だと思ってくれる人にとって……ってなんか話が循環してしまってますね」
「良い曲だと思ってくれる人にとって、良い曲が良いと思えるのは当たり前……というか、それじゃ何も語ってないに等しいよね。なんでその人が、ある国や地域の、ある文化の中にいるその人が、別の文化からやってきたビートルズを良いと思えるのか」
「それは……やっぱり、良い曲なら文化を越えて伝わる力があるということなんじゃない?」
「うん。確かに、文化を越えて人間が根本的に求める音楽っていうのは絶対にあると思う。人間って、国や人種を越えて共通の大事なものがあって、音楽もそのうちの絶対一つなんだと思う。でもね、文化がその大事なものをブロックしてしまうこともあるかもしれない……」
「ブロック……? ですか?」
「ええ、ビートルズの例にもどるとね、その当時、ビートルズが日本に伝わった当時には、ロックなんてそんなうるさい音楽は聞けないってひとがたくさんいたそうよ」
「え、うるさいかな? ビートルズ?」
「うん。確かに、今の基準で普通の音量でビートルズを聴いててうるさいって言うひとまずいないと思う。落ち着いたカフェのBGMでも普通に流れるだろうし。だから、あくまでも昔の基準ではということだけど……そもそも、当時、うるさいと思っってくれた人は、それでも聴いたのでまだましな方で、聴きさえしないで、正体不明の新しいものなので拒否したロックを文化人なんかもいっぱいいたって話ね」
「え、そうなの!」
「ひどい話だと思います。自分の育った文化の基準でしか音楽を評価できなくて、聴いたことのない音楽をただ新規なものだから拒否して……ってあれ?」
ミーネはアナの言わんとしたことがピンときた模様だ。
「そうね。聴きもしないで、もしくはちょっとだけ聴いただけで、自分の慣れ親しんだ文化の外の音楽を拒否してしまう。本来は人間どうしで共有できる大事な感情が、感動がそこに運ばれているにちがいないのに……でも、こういうことって、音楽に限らず、文化全般でよく起きてしまうことだと思う」
「ん?」
「……確かに、私もそういうの思い当たります。食べ物とか、外国のものとか食わず嫌いで食べないことあります。食べればおいしいのかもしれないのですが、どうしても和風のものが食べたくなって……」
「僕も、お酒でどうしても日本のものが……あれ? ないかな? でもさすがにウォッカのストレート飲むみたいなのはできないかな……」
「そういうことね……今の食事とお酒の話みたいに、分野によって程度の違いはあるものの、違う国や地域などのものを、食わず嫌いになってしまうことがある。人間って、特に必要なければあえて新規なものを試さない、保守的なところってあるでしょ……音楽だってその傾向からは逃れられないと思う」
「でも……ビートルズみたいに……」
「そう。その文化による障壁を越えて伝わる場合もある」
「確かに。何でかな?」
「それ、逆に、不思議です。音楽も文化を越えてつたわるのに障壁があることが多いのであれば、それを越えるのはなぜなのかと……」
「そうね、こう考えてみたらどうかな? 文化を越えるのではなく、文化ごと音楽がやってきたらどうかなって」
「「文化ごと……?」」
なんだか、意味がよくわからないと言った顔のミーネとキッカであるが、
「文化って、普通は地域に根ざしてできるものを言うのだけど……でも、そうでない場合もあると、あたしは思う」
「「……?」」
とまあ、その後の、さらになぞめいたアナの言葉に、さらに目にクエスチョンマークを浮かべる二人なのであった。
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