第28話 お祭り終了です
筆者にとって、日本最大のハウスミュージックイベントBody&Soulで、毎回、参加するとまずは感じるのは、圧倒的な祝祭間である。これは祭りである。ハウスミュージックファンが年に一度、その音楽への衝動——心の底から湧き出る根源的欲求を爆発させる場所。
それこそが祭り。
そう思うのである。
ここは、各自がそれぞれに、それぞれの人生として得た、一年の音楽の、生の恵みを、皆で持ち寄って豊穣を祝う。
そんな場所であると思うのであった。
だから様々に過ごされた一期一会の重なった人々の生が持ち寄られるのならば、すでに繰り返し行われる伝統となったこのパーティでありながら、毎年毎年その表情は変わる。
音楽の神の恵みの果実は、その時々で違う味わいの甘露に満ちるのだった。人々の熱狂は、幾多の異なった気持ちをはらみながら、一つにまとまって、毎年毎年違った空に、崇高へと至るのだった。
そして、そんなパーティをたたえる歓喜の叫び声が聞こえる。天から奇跡が降りる。初夏の長い日も暮れて、いつの間にか夕闇が会場を包む。
きらびやかな灯りに照らされながら人々は踊る。昼から踊り続け、疲れきって、普通ならもう動けないはずの体が止まらない。
様々な人が様々な思いを胸に、それぞれのフィナーレに向かって進み始める。しかし、その人々の様々は、そのあり方は様々であり続けながらも、目指すのはひとつのゴール。踊りながら、休みながら、飲みながら、食べながら、はたまた居眠りして夢の中でさえ……パーティは皆を包み込み、導く。そして、会場に満ちる笑顔に向けて、DJがかける曲は次第に、甘くゆっくりしたものになり……
ついに、音が止まる。
鳴り響く拍手の中DJと主催者の挨拶のあと今日のパーティは、1年に一度の祭りは——終わる。
「……終わった?」
それが信じられないといった顔のミーネ。
「終わったわね、今年も」
冷静に、しかし、心のうちにしっかりと大きな感動をため込みながらアナか言う。
「……終わりか」
最後にもうちょっと飲んておけばよかったと思いながらキッカが言う。まあ、まわりからはパーティの終わりを名残惜しんでいる姿と区別がつかなかったのであるが。
ともかく、祭りのあとの、物寂しくも充実感に満ちた、感傷的て感動的なこの瞬間。三人のまわりでも、同じように終わりを惜しみ立ち止まり動けなくなっている人々が多数発生していた。
終わったのが信じられない。もう体を動かさなくても良いことが信じられない。もっと踊りたい。もっと叫びたい。
でも……
何事にも終わりがあり、終わりがあるからこそ始まりがある。
次第に収まっていく会場の興奮。
一度止めた足に感じる疲労感。これをもう一度動かすには、また始まりの大きなエネルギーが必要なのだが……それは次の機会までとっておくしか無いようだ。
会場には、チラホラと帰る人々の姿も見え始め、すると堰を切ったように出口に向かって皆動き始める。
終わったんだ。
本当に——やっとそんな実感を感じながら、
「帰りましょうか」
アナの言葉に頷く残りの二人。
今日起きた様々なことを思い出しながら、三人は歩き出す。
ミーネが一生懸命踊ってたら見知らぬお姉さんに褒められて酒もらったこと。キッカが酒を買いに行きすぎて、売り場のお兄さんから心配されたこと。
ミーネは、踊っているうちに頭が飛ぶような感覚があって、その後踊るのをやめられなくなったこと。キッカが出店全部の料理を食べたくなって、腹一杯になりすぎてしばらく動けなくなったこと。
ミーネは、自分で好きなように踊っていただけのはずなのに、まわりの人ーー会場全体との踊りと気持ち良い一体感を感じたこと。陽光のなか、ほろよいで気持ちよくなって、陽光の下でアホ面で居眠りをしたキッカの顔が日に焼けてヒリヒリになってたこと。
いや、こう書くとキッカは何をしていたのだとなるが、彼女もボケてただけでなく、思いっきり踊って楽しんでたのでそこは誤解がないように。その証拠に、ミーネもキッカも、とことん疲れ切ったが、やり遂げたと言う顔つきで今会場に立つ。
そして、そんな二人を優しく見守ったアナは、今年はこんな素敵な仲間たちとここにこれたことを感謝しなながら微笑む。
今年も、Body&Soulでは、いろいろな人がいていろいろなことが起きた。
「みんな満足そうな様子ですね」
ミーネたち三人だけでなく、やりきった……的な充実感を持って帰り始めた人が多数のように思えた。
これなら、思い残すことは……
「あっ!」
「? キッカさんどうしたの?」
「アナさん忘れてるよ……じゃなくてミーネが忘れてるよ」
「なにが?」
心当たりがないなといった表情のミーネ。
「店長さん! 店長さん!」
「ああ、それね……」
ミーネは、そういえば伝えるのを忘れていたなと思いつつ、バイト先の雑貨店の店長とはとっくに連絡取れていたことをキッカとアナにつたえた。店の仕事がなかなか区切りがつかずに、夕方近くにやっとやってきた店長は、ミーネをすぐに見つけSNSで連絡をいれてきたのだが、彼女が踊りに夢中でメッセージに気づかないでいるうちに『見つけた』と再度、先に新しいメッセージをいれて来たのだった。
再度見つけたと言ったのは——もう見つけているミーネのことではあるわけもなく……。
——店長さんアナのお母さんに会えたんだ。
アナのお母さんの仙台時代のクラブ仲間、新寺こずえは、二十年を超えて、久々に級友への再会を果たしていたのだった。ならば、自分が会いに行ってよけいな雑音を与えることなどすまい。そう思ったミーネなのであった。
「……なるほど、店長さん会えたのか。よかったね」
ミーネの話を聞いてほっとしたような感じのキッカ。
「うん、よかった」
こっちは、良かったという言葉に、自分の両親の姿を友達二人に見られなかったので良かったという意味も込めてのアナ。
実は、結構両親が自分たちから見える場所で踊っている瞬間を度々目撃し、その度にミーネとキッカを『あっちが盛り上がっている』とか『こっちの音が良い』とか、うまいこと言って移動させていたアナであった。
そのかいあって、
「お姉ちゃん……」
「あ、レイ」
呼びかける声に振り返れば、そこには、アナの妹のレイ。
「お母さんから伝言。今日は古い友達と会ったので、つもる話もあって、帰るのはちょっと遅くなるって。お姉ちゃんと一緒に帰ってだって……」
「わかった」
後で、何か食べさせてと言ってから、レイが縛踊りの群衆の中に入っていったのが午後になったばかりの頃。しかし、そのまま踊りに夢中になった彼女は、腹がへるのも忘れて今までずっと踊り宇づけていた模様。
アナは、妹が両親連れて自分たちのところにやってくるとか空気の読めないことしないかなと少し恐れていたのだが……これ幸い!
「じゃあ……みんな帰るわよ!」
「「「……はい?」」」
なんだか、いきなり焦り始めたアナのテンションに戸惑いながらも、すでに早足で歩き出した彼女に慌ててついて行く残りの三人。
でも、
「……ミーネどしたの?」
歩き始めた足を一瞬止め、最後に名残惜しくなのか、会場を振り返って眺めるミーネ。
「いえ、なんでも」
「……?」
顔を元に戻すと、満面の笑みになっていたミーネ。
そのわけは——
会場の後方、でかいスピーカーの横で心底楽しそうな顔で話をしている年輩の三人組の姿を見たから。
そして、それは、もちろん……
二十年以上ぶりの級友にあえて喜ぶミーネのバイト先の店長こずえと、アナの両親の姿であったからだった。
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