第26話 妹さんですか?

 Body&SOUL—— FRANCOIS K.、DANNY KRIVIT、JOE CLAUSSELLの三人のDJが次々に交代で作りだす(注:バック・トゥ・バック)、唯一無比のグルーヴが野外の開放的な空間に漂う中で踊る。


 これら三人のDJが、ニューヨークでやっていた同パーティを日本でも行い始めてから20年近く、毎年、毎年積み上げられてきたその実績と、新たな音への挑戦が今年もまた甘美な果実として実っている。


 パーティはまだ始まったばかり。良く晴れた日曜は午後になったばかり。梅雨前の東京お台場の日差しは強いが、踊るとうっすらとかく汗が、海際の爽やかな風に吹かれて涼し。


 人々は皆、楽しげに踊る。それぞれが、ひたすらに思い思いのステップを踏み、それぞれが、それぞれの望むパーティに向けて進む。


 その中で、ある者は、ただひたすらに続けてた踊りを止め……


 ——見つけた旧友と懐かしい昔話。


 話かけないまでも……あれ、あの人去年もいたよね。いや、その前の年も? 心底パーティに没入する姿を心地よく思いながら、自らの体も自然に動く。


 踊るばかりではない。座り、ただ会場を眺めているだけでも良いじゃないか。


 年に一度、ハウスミュージックファンの集まる祭典であれば、様々な人々が、様々な思いを抱き集まる、その全てが正解になる。


 早々に疲れて寝てしまうものもいれば、ただ日光浴をしてるのではとさえみえる半裸の男もいる。


 ダンスバトルを繰り返すものもいるし、ひたすらに自分の内面を向きながら踊っている者もいる。


 ただ……どんな人も一人じゃない。


 ここでは、全てを音楽が結ぶ。


 三人の卓越したDJ、人々を、夢幻に誘うFRANÇOIS K.、崇高に導くJOAQUIN"JOE"CLAUSSELL、幸福に満たすDANNY KRIVIT——がそんな世界を作り出してくれる。


 今日、この時だけは……とあつまった人々は三人のプレイに熱狂する。


 もちろん、ミーネたちもそんなパーティのただ中に今にも貼ろうとしていたのだが、


「ええ、アナさんの妹さんですか!」


 突然現れたアナの妹にその足を止めたのだった。


 ああ、そういえば、CircusTokyoでのAudio2に行く前にアナの家に寄ったとき、妹がいると当人が言ってたと思い出すミーネであった。


「ほえ……なんですかこのかわいい生物……」


 アナ同様……いやそれ以上に一瞬で妹を気に入った様子のキッカであった。


 クールな感じのアナとは方向性が違う、天真爛漫系、アイドルっぽい美少女の登場に、目を渦巻きにさせながら、お腹が一杯でもケーキはまだ食べれるよ的な(?)興奮した反応を示すキッカであったが、


「……やっぱりアナさんに似てますよね……レイさん」


 ミーネの方はおちついて観察している。


 一見、全然タイプの違う姉妹なのかなと思ってしまうのだが、よく見れば、顔の輪郭、目尻のきりっとしているところ、ちょっと生意気そうな鼻、以外と艶めかしい唇……


「そういえば……ゲプッ!」


 二人が同じだと思えば好物に好物で満腹に満腹を重ねてゲップのでるキッカ。


「……でも食べれるときに食べねば、なくなってしまうかも……」


「……」


「へへへ……お嬢ちゃん怖くないよ……お姉さんは優しいお姉さんだよ……へへへ……ちょっとだけ……減るもんじゃないし……ちょっとだけだよ」

「……え」


 ぐるぐる目をさらにぐるぐるさせながら、肩口に構えた手を軟体動物のように動かすキッカ。アナの妹レイは無言で、ちょっとこの人ヤバい? といったようなおびえた表情となるが、


「……ああ、この人病気なのでかまわないでね」


 なれた様子でさっと間に入るミーネであった。


 かわいい子が大好き病のキッカを犯罪者にしないように身につけた早業だった。


「ふふふ」


「「?」」


「お姉ちゃんの友達おもしろいね」


 だが、レイは一連のこの動きをコントかか何かととったみたいで、結構壷に入ってしまったよう。


 結果オーライ。なんか一気に距離が縮まって、


「……あらためて紹介するね。大学の後輩でこの頃のクラブ仲間の、ミーネさんとキッカさんよ」


「「初めまして!」」


「よろしくお願いします、青山零せいざんれいです」


 互いに握手しあう三人であった。


「……でも」


 握手しながら顔に疑問の表情を浮かべるミーネ。


「なに?」


 アナがその表情が自分に向けられているのに気づいて言う。


「妹さんは高校生なんですよね」


「そう、高校二年ね」


「なら……?」


「ああわかった……レイちゃん未成年なのになんでこの中入れてるのかってことだよね」


 キッカもミーネの疑問がわかった模様。

 

「……このパーティは未成年も入れるのよ」


「はい……それはわかっているのですが……」


 今も横をかけ回っているちびっ子の姿を眺めながらミーネが言う。


「……未成年だけでは入れないはずだよね」


 意外に入場ルールとかしっかり読んでいたキッカであった。いつもの行動からはそうは思われにくいが、実は結構几帳面なとこもある彼女であった。そうじゃないところも多いけどね。


 で、


「……っ」


 この後の展開が予想がついたのか、少し緊張して、体がぴくっとなるアナ。


「妹さん……だれかと一緒に来たんだよね」


「……う」


「レイさん……年上の友達と一緒にきたとかありますか? 大学生の先輩とか?」


「……? いえ……?」


 レイのきょとんとした表情を見て、ああ、これは確実だなって言う顔になるミーネ。


「レイさん……ご両親一緒に来たんですか?」


「……? はい? そうですが……」


「………………」


「ああ、やっぱり」


「へへ、これは……」


「………………」


「「アナさん——ご両親を紹介してくださ〜いー」」


「いや—!」


 友達に親とかを見せるのが気恥ずかしい年頃のアナなのであった。


 いや、実は、親にベタベタな自分を見せたくないだけらしいけどね……



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注:バック・トゥ・バック

 今回の章の舞台となっているBody&Soulのように、DJが1曲から長くても数曲交代で音楽をつなぎ続けるようなプレイスタイルのことをバック・トゥ・バックと言います。バック・トゥ・バック——背中合わせ——引き続きと言う意味からわかるように、DJが他人のかけた曲に自分のかけたい曲を繋いで行くと言うこのやりかたは、そもそもDJと言うのが複数の曲を繋いでいくことにより自分の世界観を作っていく技術アートであることを考えれば、はなはだ危険な試みと言えます。

 あるDJが作ろうと思っている世界が別のDJによって壊され、チグハグなプレイとなってしまいかねないのです。実際、このバック・トゥ・バック、複数人がブースに並び華やかで盛り上がることからパーティのクライマックスに行われることが多々ありますが、そのDJプレイそのものの質としては褒めれれたものにはならないことも結構見かけます。

 しかし、逆に、複数人でのDJプレイが、その複数人でしか創れないものを人々に見せることができるなら——それは一人のDJでは到達できない新たな世界を切り開いていくことができるのです。

 そして、このBody&Soulは、そんな新たな世界を毎年切り開く、素晴らしいパーティであると筆者は思います。

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