第25話 パーティ到着です
というわけで、物語はBody & Soulの当日に戻ル。会場入り口前に立つのは、ミーネ、キッカ、アナの、三人の女子の姿であった。
着いたのはショッピングモールを越えて、アジサイの咲き乱れる通りを歩き、ゆりかもめ青海の駅の先。海近く。普段はだだっ広い駐車場が野外パーティ会場に様変わりした場所。
「人いっぱいがいますね!」
ミーネは、道路から会場を見下ろしながら、驚いたような口調で言う。彼女は、この会場の広さと、盛況さに驚いてしまったようだ。
それもそのはず……まだまだ短いミーネのクラブ体験で、こんな大きなパーティは始めてのことだったのだった。
いままで、江ノ島でのSunset Lounge、Contact Tokyoでのルイ・ベガのオールナイトロングパーティなど、野外パーティや大きなパーティに参加経験もある彼女であった。とはいえ、この到着したお台場の特設会場の、その広さと、人の多さにびっくりしてしまったのだった……
それも、そのはず。大きくて、人が多くて当たり前。これは、日本中のハウスミュージックファンが、この日を期待して集まってくる大イベントBody & Soulであるのだ。
もう二十年を越えた日本の野外パーティシーンにおいて、このBody & Soulよりも大きなイベントなど数多くある。スタジアムを借り切ったり、山の中のキャンプ場やスキー場なんかに何万人も人があつまったり。ロックフェスななとも合わさった、そんなモンスターパーティが、日本でも年に何回も行われるような状態になっている。
しかし、ハウスミュージックファンが、ハウスミュージックを楽しみ尽くすためのパーティといえば、このBody & Soulがなんといっても
そんな、年に一度のハウスミュージックの祭典へ、自分の一年の音楽体験を、いや人生を決算し次に進むべく——得難い体験を得ようと、このパーティに集まるハウスミュージックファン、ダンスフリークたち。それは、会場外からさっと眺めるだけでもわかる人の多さであった。
とはいえ、DJブースのある前の方は、随分と人が集まって混んでいるのだが、後や横の方はそれなりに空いていて、踊りたければ、いくらでも、思う存分に踊れるようなスペースがある。そして、空いているといっても、そこもガラガラで寂しいみたいな状態ではなく、程良く人が、適度な間隔をとって散らばっている感じで、居心地が良さそう。
ミーネが、パーティ会場を見て、最初に思ったのはそんな感想であった。
で、
「お酒の出店とかも多いんですね」
キッカの関心は、会場のあちこちにあるお酒の名前の旗や看板のようだこういうイベントにつきものの、スポンサーとして、宣伝がてらのお酒会社の出店であった。それは、来場者はおいしいお酒が飲めて、お酒会社は宣伝になる。まさにwin-winの関係がくめる、どんなイベントでも見られ、ずっと続いている
もちろん、一大イベントであるBody & Soulに、どこからも出店が無いわけはなく、会場のあちこちにいろんなお酒のブランド名が見える。
「お酒はたっぷりあると思うから心配しないで。長丁場だけど、おなか空いたら食べる物もあるし」
「あ、それ——!」
ミーネがアナの言葉に食いつく。
「……はい?」
突然テンション爆上がりのミーネにアナは戸惑い気味。
「この間のルイ・ベガさんのパーティ……一晩踊っていても、楽しくて疲れなんてまるで感じなかったんですけど、お腹だけは……」
切実な感じのミーネの言葉であった。
というのも、先週のルイ・ベガのオールナイトロングパーティ。朝の7時を越えるまでつづいたその長丁場で、実は、最後の方で耐えきれないほどの腹ぺこになってしまっていたミーネなのであった。
パーティ前に、みんなで回転寿司に行ったとき、これでもかって暗い満腹になるまで食べていたキッカを見て、これから踊って体を動かすのに、パーティの途中で腹が痛くなったらどうするのかと正直あきれていたミーネであったが、あの日はそれが正解であった。
朝にルイ・ベガが最後のMCで『エンジニアが腹ぺこだからみんな早く帰って』と、最後まで残った客に帰るように懇願していた時、心から同意していたミーネであった。
腹ぺこであった。お腹と背中がくっつくぞーーであった。ルイ・ベガがMCでみんな朝飯食べにいけと言った後『ジョジョエン』とか言うから、焼き肉が食べたくなってしょうがないミーネであった。こんな朝から叙々苑は開いてないだろと思いつつ、肉の油の焦げる匂いが頭の中を駆けめぐって辛抱たまらんとなったミーネであった。
というか、実は焼き肉大好きの肉食女子のミーネであった。この頃は、焼き肉好き女子も普通であるが、なんとなく自分のイメージと違うと公言するのは控えている彼女であるが……実はそういう意味でのバリバリの肉食女子であった。
今までの人生、喜び苦しみも焼肉とともにあったと言っても過言ではない。
高校の頃は、誕生日とか、模試をがんばった時とか親に焼肉をごちそうになったものであった。所属していたバレー部が地区予選一回戦敗退となって落ち込んでいた時も、コーチの先生の家に部員で集まってやったホットプレート焼肉での残念会が心を慰めてくれたものであった。
一週間前の朝、人がひけて程よく哀愁ただようContact Tokyoのメインフロアで、実は焼肉への思いが止まらないミーネであった。
まるで「この後私死ぬの?」的な走馬燈が頭の中を駆けめぐったミーネであった。焼き肉の走馬燈。あの朝は、腹ぺこのせいで、本気で死ぬかと思ったのだった。
「焼き肉……」
で、ミーネが、ルイ・ベガのパーティの朝を思い出して、つい口から出た言葉に、
「「——?」」
意味不明感満々の残りの二人。
だって、このハウスミュージックの祭典にやってきてなぜ放つ言葉が——焼肉?
「あ……焼き肉とか店出てるのかなって……」
自分の漏らした言葉に気づいて、あわてて取り繕うミーネ。
「え? 炭火で焼き肉とか、こんなところでありえなくない?」
キッカがちょっとあきれ顔で言うが、
「あ、でも、焼き肉丼とか出してる店なら前にもあったから今日もあるかも」
アナのフォローが入る。
「あ、そういう意味か……ミーネ、変な言い方してごめん」
さすがこんなとこでジュージュー肉を役のはないか。ミーネもさすがにそんなことを考えるわけはない、と納得した様子のキッカ。
でも、
「あ、いえ……」
本気で、ちょっと期待してたことをぐっと心の奥底にしまい込むミーネであった。
*
というわけで、おいしい肉の妄想にとらわれながら会場に入場するミーネと他二人であった。
実はアナも肉が結構好きなのか、好日本中の肉の名店集まって行われる肉好き大集合の肉の祭典、肉フェスなんかも行ってみると良いよ。時間によってはDJも入ったりするよ。なんて話をしながらゲートを抜けようとすると、
「カバンの中身、確認させていただきます」
入り口のセキュリティチェックであった。危険物や飲食物の持ち込みがないかを調べられるが、もちろん、アウトドア用椅子とか日焼け止めとかしかカバンに入ってない三人はあっさりスルーでそのまま会場の中へ。
「うわー。やっぱり、大きな音ですね」
入って最初に思うのは、やはり外からもがんがん聞こえていた今日のPAの作り出す重低音であった。
「大きな音だと……やっぱ大きなスピーカーだね」
「うん、大きいけど、きれいな音でてるでしょ」
この日持ち込まれているのは、パイオニアが伝説のクラブ、パラダースガレージのPAエンジニアと一緒に作り上げたGS-WAVE。全高3メートルを超える巨大スピーカーであった。未だに史上最高であったと語る者もいる伝説のクラブの音を再現すべく現代に蘇ったオーパーツ。その、実力が遺憾なく発揮……
「あれ?」
「へんな音……」
「あ、これ……」
突然、スピーカーが悲鳴をあげるように音割れを起こすが、これはDJが急激にイコライザーやヴォリュームを動かし過ぎて、PAのエンジニアの操作が追いつかないで起きる現象。
というかこれやっっちゃうの、今日のDJの中で一人(ジョー・クラウゼル)だけで、毎年毎年、DJの勢いが乗ってくると必ず見られるお約束というか、お祭り騒ぎだからこれも一興って感じのハプニングであるが、PAを操作してる側からするとハラハラものの、「なんでこんなことするかな」的なものであるが、
「あ、直った」
PAエンジニアもプロである。
DJのやるめちゃくちゃな音出しにもすぐに対応。そしてエンジニアとDJの音に対する真剣勝負の中で、今日のパーティの音と
「……なんかあの辺凄いですね」
すると、その音に反応して集まった人々の踊りは、今日のパーティのグルーヴにあおられて、激しく強くなる。
そして、集まったダンスフリーク達は、あちこちで丸い輪をつくり、中心ではダンスバトルのような光景が繰り広げられていく。
正統的なハウスダンスを踊るもの。ヒップほっぷよりの者。ポッピンやロッキング。ヴォーギング、ソーシャルダンス……さながら、ダンスの見本市のような様相を呈するパーティ会場であった。
もちろんそんな踊り自慢のダンサーとは関係なく、思い思いの踊りに興じる人々も多数。他人がどうこうでなく、自分が好きなように踊り、楽しめればそれが正義。
これだけ広げれば、会場が、パーティが何もかもを包み込み、何もかも許すならそこにあるのは——楽園。
ダンサーの、ミュージックラバーの楽園。
都会のクラブで、
しかし、今日はこの時だけは、ハウスミュージックを愛する者達が、地上に出て、大空のもとで、その内にためたエネルギーを解放する日なのであった。
広い会場で、思い思いの、それぞれのやり方でハウスミュージックを、ダンスミュージックを楽しむ。
——それでよい。
それができる……場が、解放されているのが、このBody & Soulなのであった。
ただ立ち、笑っているだけでも良い。座り会場を眺めるだけでも良い。意気投合した者立ちでテキーラのショットをあおるのでも良い。早々に飲み過ぎて疲れ、地面に敷いたシートに転がり眠るのでも良い。友と語り尽くすのでも良い。独り物思いに吹けるのでも良い。もちろん、力の限り踊るのでもよい。
人々が、強制されず、各々のやり方で楽しむことで作り上げるパーティの一体感。
限りなく心を解放できる大空の下、祝祭感の中——我々は心を知らないものどうし、その先に広がる世界と一つにすることができる。
さあ——そんなパーティの始まりであった。
会場の隅に、休憩用のアウトドアチェアをセットしたミーネたち三人は、それじゃ自分たちも踊るぞと、気合も十分、そのただ中に入り込もうとしていたのだが、
「あ、お姉さん……」
「「え?」」
「
アナを呼び止めたのは、
そう、アナの妹。17歳の女子高校生なのであった。
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