第23話 寝不足です


 さて、お台場で昼前から飲んでいた三人も、ついにパーティに到着となるわけだが、その前に、この頃のミーネの話を少しさせて欲しい。


 といっても、クラブやパーティの話ではなく、彼女のもっと普通の日常の事だ。


新宿あらやどさん……どうかしたの?」


「あ——はい! すみませんぼうっとしていて」


 バイト先でのミーネであった。


 時間は少し巻き戻って月曜日。ContactTokyoでのルイ・ベガのパーティが終わって一夜あけた日のことであった。


 その日、もともと毎週、大学の講義のない月曜午後は雑貨屋でのアルバイトに当てていた彼女であったが、


「疲れてるの?」


 店長のお姉さんの心配そうな顔。


「あ、いえ……」


 一応、否定するミーネではあったが……

 確かに、少し疲れているかもしれない。

 昨日のミーネの行動から考えたらそれもやむなしであった。


 ルイ・ベガのNY DISCOリリースパーティ、朝の7時を超えるような長いDJが終わった後の日曜日の朝。


 帰り道、渋谷から山手線。


 恵比寿の地下鉄乗り換えて、このまま部屋まで来れ一本と思ったあたりで、昨夜の興奮の余韻もおさまって、どっと眠気が襲って来たミーネであった。


 だが、電車の中、これで寝てしまったら絶対寝過ごす。と思って、疲れきって体を無理矢理覚醒させながら、船をこぎ、ゾンビのようなふらふらの状態で帰ってベットにバタンと倒れるように眠る。


 そして、起きたら夕方。


 日曜日がまる潰れである。


 が、それは充実した夜と引き換えなので、ミーネにとって、この段階では休日の過ごし方として何も問題はない。


 一晩踊って疲れはしたが、体力も気力も十分な、成人したての年頃の彼女である。一度眠れば、心地よい疲労と達成感。昨夜の楽しいパーティを思い出せば、日曜の昼間を寝て過ごしたところで、十分にお釣りがくる。


 なので、ミーネは、そのまま昨夜の余韻でもかみしめながら、ゆったりと落ち着いた日曜の夜を過ごせば良かったのだ。


 しかし、彼女は、ちょっと欲を出した。


 せっかくの日曜の夜の残りの時間。遠出はできなくても、近場で遊ぶことならできるのでは——と。


 いやいや、それでも最初は問題なかった。遊ぶといっても、付近をちょっと散歩でブラブラくらいで考えていたからね。部屋でじっとテレビでも見てるより、心も体もリラックスして、程良い時間に快眠となったかもしれない。


 でも、そう・・できなかったミーネが最初にむかったのは……?


 まずは、外にでて、路地を少し歩いて、味わい深い下町の商店街にでると、カフェ……というかおじいさんとおばあさんがやっている渋い喫茶店でコーヒーを一杯。


 で、そこに置いてあった、近隣の街紹介の冊子とか眺めていると、歩いていけないわけでもない距離にある、最近話題のエリア、清澄白河の紹介がある。


 それにピンときたミーネは、まだ開いてる店もあるよねと日暮れ近い街を歩き、目的の清澄白河——その一帯の散策を始めるのであった。


 そこは、最近、古い工場や倉庫なんかを改築したおしゃれな店が多いことで話題の場所だ。


 おっしゃれなもの、かわいいもの大好きなミーネにしてみれば、ただ歩くだけでも楽しい。


 何を買うと言うわけでもないが、服や、食器や、それに文房具なんかも見ているうちに気付けば店が閉まる時間。


 日の長い晩春の頃といっても、さすがに辺りは夕闇に包まれて、街も静かに眠りにつきかけた、だらーっとした雰囲気に包まれていたのだった。


 でも、この日のミーネはここで止まらなかった。


 せっかく最近話題のオシャレ地域エリアまで来たんだからと、夕暮れの街を眺めながら、開いてるカフェでコーヒーを一杯。


 その後、閉店までカフェでダラダラしたあとは、近くのバルで夕食をとって、食後にコーヒーをまた一杯。


 そして、闇を照らす暖かい街灯の光りの下を、去りゆく週末の余韻を感じながらの帰宅。


 途中コンビニで、テイクアウトのコーヒーを買って、それを飲みながら歩いて……


 で、帰ったら、長く歩いて、喉が渇いていたので、冷蔵庫にあったペットボトルの紅茶を一気に飲み尽くす。


 うん。


 飲み過ぎ、とりすぎなミーネであった。


「眠れない……」


 カフェインをであった。


 実は、前の日の土曜日は、夜通しのパーティになると聞いて、昼から夕方にたっぷりと眠った。


 その上、確かに、土曜の夜は徹夜をしたが、帰ってきて5時間くらいは寝ているし、2日間の総計で考えれば実はいつもの土日に比べても睡眠量は足りないどころか多いくらいで……


 で、コーヒーやら紅茶を散々飲んで……ああ、バルでは、最後に食後のコーヒーは勧められるままにおかわりもしてたな。


 本当はたいして寝不足でもないのに、徹夜したということに慢心して、あきらかにカフェイン取り過ぎであった。


 なので、どうにも眠れない。眠れないと思うと、ますます眠れないミーネ。


 眠気は無いわけでも無いが眠れない。なので、気分を変えようと一度起きたりしたら、目が冴えてますます眠れない。


 それじゃあ、意地でも眠るぞとベットに横になってピクリとも動かなくてもやっぱり眠れない。


 なら、どうせならと、テレビつけてみたり、雑誌を読んでみたり……このまま徹夜しちゃおうかとか思っても見るが、今度は微妙に眠くて何も集中できない。


 しょうがないのでまたベットに横たわれば、半分寝ている様な半分起きてる様な微妙な覚醒状態のままずっとベットの上。


 寝ているような、寝てないような。しまいには寝れない夢を見ながら寝てしまったのか、寝ても寝れないねれないと焦り続け……


「寝た気がしない……」


 なんとも疲れた、寝不足の週明け女子大生の出来上がりであった。


 とはいえ、さすが若さの力。大学の授業は何とか乗り切って、夕方までたどり着いたミーネであったが、今日は運悪くバイトを入れていた。そのせいで、九時過ぎまで雑貨屋で忙しく働くはめになるのだった。


 いや。ちょっとうそついた。


 もし、働くのが「忙しく」ならまだよかったかもしれない。


 接客に品出しに、バタバタと動き回っていたら、眠気の感じる暇なんてなかったかもしれない。


 しかし、ミーネの働くこの店は、


「お客さん来ないな……」


 おもわずそんなつぶやきが漏れてしまうほど、閑散とした店内だった。


 まあ、月曜日の夕方なんて、どんな店でも、あんまり人が多い時間帯でもないのだろうけど、ミーネのバイト先の雑貨屋は、そもそもがちょっと通好みの渋い雑貨屋であって、土日のかき入れ時でも店内にろくにお客さんのいないことも多い。ならば、月曜の閉店間近のこんな時間であれば……


 今も店内には何も買う気のなさそうな仕事帰りのOLらしき人が一人だけ。何か買ってくれるとか、商品の説明とから求めてくれたりしたのなら眠気もまぎれるのだが、どうみても時間つぶしによっているだけに見える彼女は、商品を時々手にとっては戻し、移動しては別の棚の前でまた商品を眺めるの繰り返し。


 その女性は、商品を買おうとしてないどころか、そもそも何にも考えていない。明らかに、他に近くでやることもないから来たーー店を出たら今見ていた雑貨のことなんて数秒で忘れてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。


 だが、そんな彼女も未来のお客様かもしれないし、いつ気がかわって何か商品の説明を求められるかわからない。


 微妙に気を抜けない。


 が、微妙に気が抜けていく。


 この綱引きの中、ミーネの意識は次第ともうろうとなってしまうのだが、


新宿あらやどさん……どうかしたの?」


 という冒頭の店長の言葉になるのだった。


 その時、ちょうどお客さんが出て行ったので店長とミーネはそのまま話し込むことになるのだが、


「新宿さん、寝不足かな?」


「ーー


「——! そ、そんこと……」


「図星かな?」


「……はい」


 うなだれるミーネ。


「だって顔にかいてあるもの」


 目の下にくまを作り、目もしょぼしょぼなミーネであった。誰が見てもこれは明らかに寝不足とわかるような彼女の惨状であった。


「ふふ。何かな昨日夜遊びとかしちゃったかな? 遊び盛りだもんね今」


「ち、違います!」


 確かに「昨日」はミーネは夜遊びはしていない。昨日は。日曜の早朝を土曜に含めるのならばだが。


「あ、そんなに向きになって否定しなくても大丈夫よ。新宿さんって夜遊びなんてしなさそうだもの。冗談で言ってみたのよ」


「え、それは……」


 夜遊びしてないかというとバリバリしていたミーネであった。


「あれ、もしかして……」


 というわけで週末のルイ・ベガのパーテイからの、日曜の寝不足に至るまでの経緯を洗いざらいぶちまけるミーネであった。


「新宿さん、クラブとか行く人だったんだ意外ね……」


 合わせてこの頃クラブに行き始めたこともあわせて話し始めるのだが、


「ああ、懐かしいな」


 店長の反応はちょっと予想外のものであった。


「店長、昔クラブとか良く行ってたんですか」


 かすかに首肯する店長。


 どうも昔クラバーとかそっち系の様子。


「……ええ、ほんと、子供生まれる前の昔の事だけど」


 おっと、実はミーネの大先輩なのであった店長、そうなるとミーネは興味津々。


「いつごろのことなんですか店長……」


「クラブ行って時期のこと?」


「はい」


 期待にうるうるした目のミーネ。


「……そうね、子供が生まれ前だからずっ昔よ。20年以上も前、21世紀になるだいぶ前のことよね」


「その頃って日本にクラブができはじめた頃ですよね」


「若いのに、よく知ってるわね。新宿さん」


 アナから、そのへんは随分と聞いてるミーネであった。店長が語り始める、昔のクラブ事情に逐一適切な話を合わせて行ったならば、


「すごい! 新宿さん、どこでそんなこと知ったの!」


「先輩に詳しい人がいて……」


「え……先輩って何歳なの」


「一歳上なのですが、その両親がクラブ好きな人みたいで……」


「そうなの同じくらいの歳の人たちかしら……」


「そうですね……」


 そもそも、ミーネはアナの親の年齢も、アルバイトしているこの店長の年齢も知らない。年齢不詳の美魔女な感じの店長は、なんとなく二十代ではないと思っているが、今の話だと20年以上前にクラブにいけた年齢だったということだし、20歳をこえたアナの両親の歳も……


「あ、女性の歳のこと考えてたでしょ」


「す、すみません!」


「ふふ。良いのよ。年齢言われて動じるような歳でもないから」


 いやいや、やはり良からぬことを考えていたと、恐縮することしきりのミーネであったが、


「でも懐かしいな。あの頃……一緒に遊んでた人たちとか、今どうしてるのかな」


 なんか昔を思い出して、嬉しそうな顔になった店長は、歳の話などもうすっかり忘れったぽい。ならば、ほっと一安心のミーネは、


「もしかして、先輩のご両親何かとも店長すれ違っているかもしれませんね?」


 と、あまり深く考えずに、思いついたまま、本当にそうなら面白いなくらいの軽い気持ちで言うのだったが。


「ちなみに、新宿さんの学校の先輩の名前は何というのかしら?」


 という店長の質問に、


「はい、青山せいざんさんといって……」


 ミーネが気軽に答えれば。


「えええ!」


 どうにも——ビンゴ! 

 店長とアナの両親は知り合い?

 どうやら昔のクラブ仲間であるようなのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る