第19話 いろんな人がいるね

 ミーネとキッカも、2回目のContacr Tokyoともなれば慣れたものである。


 ディスコとクラブを巡るアナの話は、黙って聞いていると永遠に終わりそうもない状態であったが、気づけば今日のパーティはもう始まっていると気づいて、慌てて回転寿司屋から退散。ディスコの話はなんとも中途半端感じであったが、続きはクラブに行ってから話すからと言われれば、焦った様子のアナを止めるのもなんなので、小走りの先輩を追いかけて道玄坂を少し下り、駐車場入り口脇から地下に入り、エントランスで料金を払えばあっという間にパーティの中へ。


 しかし、2回目の今回は、前回と違って、


「……随分人が多いですね」


 店内に客が随分と入っているのに驚くミーネ。


「こっちがContactここの普通の週末の夜の光景ね……前回は日曜午後なのでどうしても人は少なめになるのよね。でもやっぱり今日はかなり多いかな……」


「外国の人いっぱいだ——」


 キッカが、周りの、明らかに日本人に見えない人たちの多さにびっくりしながら言う。


「今日は"Little" Louie Vegaリトル・ルイ・ベガ——大物中の大物だから。海外の人にも知名度抜群なので、まだまだいっぱい集まってくるわよ。けど……江ノ島の時も結構いたでしょ」


 先週の江ノ島Sunset Loungeの話をするアナ。確かに、会場のサムエル・コッキング苑にも随分と外国人はいたのであるが、


「密集度が違います!」


 広々とした大きな野外デッキで行われたSunset Loungeに比べて、大箱とはいえ地下フロアに集まれば、人の多さはより実感できるのだろう。


 でも、今日は、


「……確かに多いかもね」


 クラブ慣れしたアナから見ても、今日は随分と外国人比率は多いようだ。


「でも、いろんな国の人が多いと華やかな感じがしますね……ん?」


「……英語じゃ無いわね。東欧系の言葉かな? 良くわからないけど」


 横を通り過ぎた白人男性二人の話している言葉は日本人には耳慣れないものであったのに驚いた模様のミーネ。


「あれ……あっちの人も……」


 前の壁際で話している女性二人は、ぱっと見、日本人のように見えたけど、


「中国語?」


「……結構多いわよ。本土から来てるのか、香港とか台湾とかからなのかわからないけど、この頃はアジアの国々からのお客さんも多くて……外見じゃ日本人にしか見えない人もいれれば……ここには、見た感じよりも外国から来た人がさらに多いと思うわよ」


「ふえー、インターナショナル」


 実は英語含めて外国語が苦手なキッカがちょっと気後れしたようだが、


「でも別に、外国人だから日本人だからといって音楽を楽しむ心は一緒。クラブじゃ、会話なんてなくても笑顔を返せば、それで必要なことはすべて伝わるから心配しないで大丈夫……というか別に必要なければ話さなくても問題ないし」 


「ううむ……頑張ってみます……」


「まあ普通にパーティを楽しんでいれば……今まで通りで問題ないから……ただ外国人どうこうじゃなく、大きなパーティで人が多くなれば、ナンパ目的だったりとかの男も混じってくるから注意してね」


「もちろん……危なくなったらアナさんに助けてもらいます……」


「まあ、別に街中と同じだから、毅然としていれば良いだけだから……」


「まあ、それなら……」


「危険な時のハンドサイン決めとこうかな……」


 なんだか手を上にぎこちなくあげて、これがきて欲しい時のサインとか、上下させて急いで欲しい時のサインとか言い出すキッカだったが、周りに不審がられるとか、ジェスチャーが海外の人には思わぬ意味になって怒らせたり、誤解させたりたらまずいと、ずっとそばにいるから大丈夫と言ってなんとか安心させるアナであった。


 とはいえ、ミーネも含めて、初めての大パーティにちょっと緊張気味の二人。それを見て、ちょっと早かったかなと後悔しかけるアナであった。


 といのも——クラブ初心者を連れて行くにあたり、いきなり大パーティに行くのでなく、クラブという文化に入りやすいようなパーティを選んでいたアナであった。そういう意味では、今日のような大規模なイベントは、まだ時期尚早であったのかも……と。


 しかし、ミーネも、キッカも、今までの三回のパーティにあっさり順応していたかのように見えたし、Contact Tokyoは2回目でもあるから大丈夫だろうと思って今日の参加を決めたのだったが……今までとちがった人の多さ、大パーティに向けて人々が興奮している様子が、二人にはちょっと怖く感じてしまうかもな。ああ、もうちょっと、2、3回くらいに適度なパーティで慣らしてからの方がよかったかも……と今更ながらに思うアナであったのだが、


「ルイ・ベガだから……」


「え?」


 心の声をうっかり漏らしたアナの言葉に反応するミーネ。唐突で、意味が取れなかった模様。


「ああ、ごめん脈略なく……今日のDJは信頼できる。きっと楽しいこと間違いなしってことよ……」


「ルイ・ベガさんが今日のDJなんですよね? 実は来る前ちょっと調べました。とても有名な人なんですよね」


「そうね。実力知名度ともにハウスDJのトップクラス……いえ、この人をトップとする人も多いわ。あたしの意見でも……DJって経験の長さも重要だから、今のクラブミュージックのオリジネーターたちより凄いかって言われると迷うけど……少なくても、その次の世代以降では文句なしにハウスミュージック界のトップと言ってもよいかもしれないわね」


「オリジネーター? なんですかそれ?」


「あ、オリジネーター、創始者って意味よ」


「始めた人ってことですか?」


「うん。そうよ。今のクラブミュージックを始めた人たちのDJも凄いのよ」


「え、生きてるの!」


「こら! キッカ失礼よ!」


「ハウスに始まる今のクラブミュージックって……長いような短いような、生まれてから40年くらいたってるけど、当時20代前半とかか、へたしたら10代でシーンに入ったような人はまだ60歳くらいアラシックスだから結構現役の人も多いわよ……会社員なら定年の齢だけど」


「確かに……ロックバンドとかそのくらいの年齢の現役大物とかいっぱいいますよね」


「うん。もっとも——やっぱり夜に起きてて、あちこち飛び回る不健康な職業だからか……早死にしたり、人気商売だから人知れずいなくなった人とかも多く、みんなずっと現役でやっているわけじゃないけれど……まだ現役のオリジネーターの人達ってやっぱりすごいわよ」


「——アナさんは、そういう人たちのDJ聴いたことあるですか?」


「そんな多くないけどあるわよ。デリク・メイ、ジェフ・ミルズ……フランキー・ナックルズは聴く機会がないまま彼が亡くなったのは残念だったけど、その盟友デビット・モラレスのこのあいだの来日のDJはほんと素晴らしかった……ママはラリー・レヴァンの来日の時聴けたって言ってたけどそれが凄い羨ましくて……」


 なんだが、知らない人の名前が次々にでてきてぽかんとしてしまうミーネとキッカであった。


 気づいたアナは、ハッとしたような顔になって言う。


「……ご、ごほん。まあ、他のDJの話は次の機会にとして、今日はルイ・ベガ先生のDJを楽しみましょう。ともかく、二人は、初めての大パーティ参加なので、なにかトラブルなりそうな気配あったらすぐに言ってね……って、まあ普通にしてれば良いだけだけど」


「はい。アナさんが近くいるなら安心です」


 まあ、なんだかんだで、信頼してるアナと一緒であれば安心しているミーネ。


「うん、今日はクラブの雰囲気は騒がしいけど、なんかお祭りって感じで楽しいかもって思えてきた。ハロウィーンの渋谷駅前みたいな……」


 キッカの方も、もうあまり不安がってないようだが……昨今の毎回暴動まがいの騒ぎなっているという渋谷のハロウィーンに例えるのは、ちょっと不適切に思えたが、


「まって、まって、そんなのとは違うから……」


 アナがそういうハロウィーンみたいなのとは違うと慌てて否定し、


「でも、すごいカッコの人もいますよね?」


「……あ、そっち」


 どうやら、そういう・・・・意味で『ハロウィーン』と言ったわけではなかったキッカであった。ハロウィーンの仮装のような人々が店内に結構混ざっているのをみて言ったのだった。


「知ってます。ドラッグクイーン……っていうんでたっけ。ああ言う人」


 ミーネも店内のそんな様子が気になっていたようだ。


「ああ、あの人とか……ええ、そう、正確にはドラグクィーンね。引きずるって意味とのことよ、『ドラァグ』って」


 アナも、ミーネが言ったものすごい髪型で派手なドレスをきた女装の男の人を見ながら言う。


 でも「ドラァグ」=「引きずる」という言葉を聞いて、


「何で引きずるなんですか?」


 ミーネは疑問に思う。


「それは、諸説あるみたいだけど……最初はゲイカルチャーとかとは何の関係もなく、昔、アメリカの演劇の舞台で女優が足りない時に、子役の男の子なんかを化粧させて出すことがあったたしく——すると背が小さいから衣装引きずって現れるので、引きずってる女王ラァグクイーンとなった説が有力だそうよ」


「女装する男性を意味する言葉が先にあって、それが別の形で有名になったんですね。すごいです! アナさん、本当になんでも知ってますね!」


 いや、前に気になって調べた時に見たwiki情報をそのまま言ってるだけのアナであった。


「それは……」


 なので、それは大したことでないと説明しようと思った矢先、


「なんか、気が違ってしまったキティちゃん見たいな格好の人もいる」


 キッカの、声にさえぎられて、ふり返る残りの2人。


 壁際にいたのはまるで村上隆の描く現代美術にも見えるような蛍光色の被り物をした男。その横にも派手でキラキラした格好をした人が多数。


「なんだか凄いな」


 いやいや、今日の集まる派手な面々の数からいえば、まだ氷山のいっかくを見ただけの彼女らであった。他にも店内には百花繚乱——というよるは百鬼夜行と言ったほうがぴったりの人たちがうろうろしているのだが、なんかみんな、別に奇をてらってるわけでなく、やりたいからやってる的なオーラが堂々としていてカッコ良い。


「年齢層も随分広いですね」


 ミーネは別のことが気になったようだ。店内には若い人も多いが、かなりの歳に見える人も多い。外国人の年齢は日本人にわかりにくいのを割り引くとして、日本人でも、どう見ても三十代は当たり前、四十代下手したら還暦? といったように見える人もそれなりに混じっている。


「やっぱり、ルイ・ベガなのよ」


 アナが頷きながら言う。


「「……?」」


 少し話をはしょり過ぎのアナの言葉に、またポカンといった感じのミーネとキッカであるが……


「……うフロアに行けばわかるわ。そろそろ行きましょうか」


 これ以上は言葉でなく体験——というアナの雰囲気を察して、無言でついていく二人なのであった。


 そして、笑顔の人々に満ちた廊下をちょっと歩き、メインフロアへの入り口をくぐれば、


「さあ、今日も、パーティの始まりよ」

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