第18話 文化(カルチャー)の断絶?

 ディスコとクラブの違い。それがあった時代の違いはあるけれど、どちらも音楽がかかり、踊り、お酒を飲んで騒いだりする場所なのは変わらない。なので、この二つの差異を言葉で定義しようとすると、もしかしたら哲学論争——神学論争のようなものに陥ってしまうだろう。


 かかってる音楽で違いを決める? 場のあり方で決めたい?


 そういう定義ができないこともないかもしれないが……


 結局、そんなものは大同小異。個人の感覚——受け取り方で変わってしまうくらいの違いでしかない。かかっている音楽の種類や、その場の雰囲気で決めようにも、ディスコもクラブもその名前に20年以上の歴史があれば、時々でのぶれの中にその定義は飲み込まれてしまう。


 どちらも、その時代なりに音楽を、踊りを心から楽しむ場所であったし、ただ騒ぎたい者を惹きつけた場所であったし、時には一夜の快楽を求めて男女(または同性が)が出会う場所でもあった。


 もしかしたら、ディスコやクラブに通った者が——特にその両者を知る者が——思い出したその場所は、何か特徴的な音楽やあり方で定義されるかもしれないが、それは、その時代のその人の体験であれば——ということ以上の一般化をすることは難しいのではないかと思える。


 それは程度問題なのだ。もしその場所が楽しかったのならば——それ以上の評価を重ねるのは、余計な話であるし、ましてや優劣までつけるのならば、文化に対する不遜な行為であるのだとさえ思える。


 しかし——その2つがまったく同じものなのかといえば、そんなわけもない。それは、それで無視をしてはいけない事実である。ディスコとクラブの間には明らかな断絶が、少なくとも日本においては存在する。そして、その断絶が何なのかを知るには——断絶そのものを見れば良いのだ。


「え、服装チェック? 何ですかそれ?」


 アナの語った80年代ディスコの話にびっくりしてしまったミーネ。場所は、相変わらず今日の目的地Contact Tokyo近くの回転すし屋であった。アナの語る昔のディスコの、入店におけるルールを聞いても、何の話をされてるのかピンとこない彼女であった。


 キョトンとした顔のミーネに向かって、アナは追加で説明する。


「そういうのがあったらしいのよ。正確には服装でなく、ディスコに入るのにふさわしい人物なのか服装も含めてチェックしてたのだけれど……実際にはほぼ服装しか見られていなかったようね。基本的にはスーツを来ていかないとだめだったようね。逆に言うとスーツ着てれば入れるみたいな状態になてった店も多かったとか……」


「——? スーツ? なんでですか?」


「……それって可愛くなくない?』


 スーツを着て踊りに行くということに、どうにも違和感を感じたミーネとキッカであった。もちろん、二人がが想像するスーツとは彼女も今後の就職に備えて購入してるリクートスーツや普通のOLが着ているような堅苦しい感じの服装であった。


「……可愛いかっていうと可愛くないかもしれないけど……今のスーツとはちょっと違って……バブルスーツって知ってる?」


「ああ、バブリーダンスで有名になった高校生のパフォーマンスで着ていたものですね!」


 例のダンス部の動画を思い出すミーネ。


「あの服って……遊びに行く時の服って感じするでしょ。もっとも当時は会社に愛いうの着ていく女性がゴロゴロいたという話だけど……」


「え? 怒られないんですか? あんな派手な服装してきて……」


「もちろん職種によったみたいだけど、ママが当時勤めてた会社の広報なんかだとあんな格好の女性ばっかりだったみたいよ。で、そんなんでる女性がその格好のままディスコに行ったようね」


「トんでる? 何が飛んでるんですか?」


「……ああ、当時流行った言葉で、その前のおしとやかで奥ゆかしいのが美徳とされた日本女性のからを破った自由な生き方の人をそんな風に言ってたらしく……」


「今のギャルみたいな感じですか?」


「いえ、日本の若い女性全体がそんな雰囲気にのまれていて……自立して遊び歩く女が女性の理想みたいな感じでマスコミが煽ってたとか……って私がその時代を知ってるわけじゃないけどママがそう言ってて……」


 親と良く話すせいか、古い言葉を良く知るアナ。ただ、うっかりそういう話ばかりしていると老けてると思われないかちょっと心配している彼女。なので、この話はもうここまででってことで、


「……ともかく、ディスコの雰囲気に合わない人がやってきたら中に入るのが拒否されたみたいなのよね。Tシャツとジーパンだとかなりの確率でだめだった見たいよ。スニーカーもNG」


「それじゃ何着てくんですか……って、スーツでしたね」


「うん。本当は、入店チェックってスーツ着てるかどうかでなく、遊び場にふさわしい雰囲気をかもしだしてるかしているかを選ぶための選別で、男もサラリーマンっぽいスーツやダサいスーツだと中に入れてくれなかった店もあるようだけど……そういうのは当時の海外のディスコの影響で始まったみたいね」


「海外でもそうだったんだ」


「もちろん、服装チェックは日本が真似したのか、日本こっちでも自然発生なのかは当事者の発言まで聞いてるわけじゃないけど……ニューヨークのディスコで入店審査があるなんて話はその頃テレビの深夜バラエティ番組なんかでも放映されるくらい有名な話だったみたいで……ディスコはおしゃれな場所でおしゃれをして行く場所というのは世界的な認識だったみたいね。今でも……ベルリンのベルグハインなんかはお客さんをドアマンが選別したりするので有名ね。まあ、選ぶのが有名になるくらいだから、逆にほとんどのクラブは選ばない・・・・のが普通だということの証明になるんでしょうけど」


「なるほど……でも選ばれた人は良いけど、選ばれなかったひとはカチンとこないのかな」


「まず、ディスコの話はおいといて……ベルグハインそこは、おしゃれかどうかでなく、そのクラブの中に入るのにふさわしい人かどうか雰囲気重視のようだけど」


「……良い雰囲気つくれないお客さんは中に入れないみたいな感じなのでしょうか?」


「そうだと思うわ。その行為自体が正しいかどうかは別にして、パーティに参加できる人を選ぶことで、パーティが主催者オーガナイザーが望むようなものにすることができる……雰囲気を乱すような人を排除できるのは事実ね」


「でも選ばれなかった人は気分悪いですよね」


「……そうかもしれないけど、ベルグハインは、来た人の半数以上は入れてもらえないようなので、入れなかったことも話のネタにして面白がっている人も多いようよ。黒が基調の服装だと入りやすいとかいう噂もあるけれど、実際は何かドレスコードがあるわけでもない……ドアマンの感覚で選ばれるわけだし、選ばれなかった人はそのまま他のクラブには問題なく入れるわけだから、そこには自分はあわなかっただけ、あるいは自分は偶然はじかれただけ——自分自身・・・・が否定されたとは思わない」


「え? そこ・・では——ですか?」


 ミーネはアナが婉曲に言いたいことに気づいた模様。


「……自分が否定されない? ということは……話の流れ的に否定されるってことだよね……昔のディスコだと」


 キッカもそれ・・を察する。


「ええ……」


 アナは意味深げに頷きながら言う。


「パパとママの話だと、そのころのディスコに行こうって思うような若者にとって、ファッションってほとんど自分と同義だから、自分の服装が否定されるってことは、自分が否定さると捉えてしまう人が多かったようよ……つまり格好で判断されて追い返された人というのは、自分自身が否定されたことにもなる」


「なんか、やな感じですね」


「うん、僕も、それだけ聞くとぜったいそんなとこ行きたくないって思うな」


「うん。もちろんある一面だけ切り取って一概に評価を決めてしまうのは良くないけど……当時のディスコの選ばれた人が入れるみたいなイメージ作る戦略は大当たりして、当時のバブル経済の風潮とも合い、社会現象とでも言うようなディスコブームを作り出したの」


「……そんな時代だと私ディスコに行こうと思うかな? ファッションは好きですが、なんか格好で自分自身まで判断されるのは違うような……」


「僕は行かないな」


 ずいぶんと昔のディスコに否定的になってしまったミーネとキッカ。


「そうね。あたしのパパとママも、当時はディスコというよりはライブハウスとかコンサートとかに行ってたみたい……でもまあ、逆にディスコに行ってた人からみたらマイナーなロックとか聞いてるイケてない連中と親たちは見えていたかもよ。どっちもどっちというか、やっぱりこういうのは優劣をつけるべきじゃないとあたしは思うけど……」


 アナは、一度言葉を切って、意味を曲解されないように、慎重な口調になりながら言うのだった。


「やはり違いは、違いで……その前のディスコカルチャーを否定することから日本の食らうカルチャーは始まったの……それが断絶そのもの……それこそそがディスコとクラブの違いとして未だ両者の中にあり続けているものなのよ」


 と。


 渋谷道玄坂、24時もとっくに過ぎた回転寿司屋の店内で、炙りトロサーモンを相変わらず手に持ったままのアナの熱弁であった。

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