ふわっとAll Night long!(2018.5.19 Louie Vega "NYC Disco" Release Party)
第17話 ディスコってクラブと違うの?
5月も半ばを過ぎ、そろそろ夏かという暑い日も現れ始める東京であるが、夜ともなればまだまだまだ十分に涼しく心地よい。
窓を開けたなら、そういえば、梅雨がそろそろ近いのを感じさせる、少し湿った風が吹き込んできて、春から夏に向かう、そんな季節の遷り変わりを感じると——ふと顔に浮かぶ微笑み。
季節は常にめぐり来るが、人は同じ物ならず。
去年とは違う自分になれてるかな?
すると、にやけた口元がさらにゆるむ。
そう、彼女は確信があるのだろう。
変わっているという思いがあるからこそ、彼女はそんな質問を自分にしているのだから……
それは——問いかけは——自分の中で行われている出来レースだ。
——答えなどわかりきっている。
この1ヶ月の間に、ミーネは変った。大学に入るために上京してからはや1年。いろいろな都会の体験をして、少しはアカ抜けて東京人らしくなったかなと自負するものの、いろいろと行き詰まりを感じていた彼女。
そんな時に、ゼミの先輩
「……この後もいろんなことが起きるのかな?」
ミーネは小声で夜空に向かって問いかけるが、しかし、星も見えない都会の空は何も答えてはくれない。その表情を闇に隠したまま。
でも、もしも空が声を出したなら、こう言ったにちがいない。
——あたりまえのことを聞かないでくれ。
と。
そして、
「……ん、そろそろ行かなきゃ」
しばしぼんやりと空を眺めていたミーネは、もう約束の時間が迫っているのを思い出し、そそくさと窓を閉めると慌てて身支度を始めるのであった。
今まで、友達と夜遊びと言っても深夜まで街中にいるようなこともほとんど無かったミーネ。そんな彼女が、前なら、もう遅いからと帰らないとと思っていたような時間に、逆に出発するのだ。
そんな、非日常感に、家を出る前からちょっとワクワクしてきたミーネ。
「ん? あれ?」
彼女は、今日はどんな
で……
*
「……ディスコとクラブって違うんですか?」
「それは、質問の背景——意味によって答えが変わってくるわね」
「背景?」
「質問が出てきた文脈によるってことよ」
「え、背景なんて……」
「クラブ初心者のミーネにあるわけないよね」
「キッカ! あなたもでしょ!」
「……そりゃそうだけど……あ、お酒無くなった……すみません……どうしよ……レモンサワーください」
「あ、こっちはえんがわお願いします」
「え、アナさんまだ食べるの……」
「腹が減ってはなんとやらじゃない」
「今晩はずっと踊ってるんだよ。あとで腹が減っても知らないよミーネ……こっちもウーロンハイ追加で……」
「キッカはお酒どんどん飲んでるだけじゃない! ……って、もう、私も……カンパチ一皿お願いします」
「おおミーネいいねえ。寿司食いねえ」
「あなたも、飲んでばかりじゃなく食べなさい!」
というわけで、今日は5月19日。ミーネとキッカはアナに連れられて、またパーティに向う途中であった。が、その前に、目的のクラブの近くの回転寿司に入って腹ごしらえをしているところだった。
先週は、昼の疲れがあったとはいえ、途中で力尽きてフロアから撤退となったミーネとキッカ。ならば今日は夜クラ完遂。一晩踊り続けるぞと気合を入れてやってきたものの、途中で腹ペコはいやだからと言い出したキッカに付き合って、軽く食べ始めたら、いつのまにかついついお酒も進んで単なる飲み会状態になりかけていた三人であった。いや提唱者のキッカは、あまりに食べずに飲んでばかりなのだが……
それはともかく、そんな飲み会状態になった三人であるが。話される内容はこれから行く場所もあって音楽の話。
そして、それが何でディスコの話になったのかというと、
「今日のパーティの名前にディスコってあるよね」
と、アナが言う、
「はい」
「ニューヨーク・シティ・ディスコって入ってるね」
「例えばだけど……今日のパーティの名前にディスコと入ったことの背景を勝手に想像すると……」
「これからクラブミュージックを聞きに行こうとしている場所でディスコって入ったパーティが行われるんですよね」
「それじゃ、クラブでディスコがあって良いというわけか」
「そうね。今日のパーティの名前がついた背景を想像すると、それは同じと言いたいのかなって思うわ」
「ディスコとクラブがですか」
「そう」
「じゃあ同じものなのか?」
「でも、アナさんが言いたいのは別の背景で質問したら違う答えになるってことでは?」
だいぶ自分の思考過程を読まれるようになってきたのにちょっと驚きながらアナは言う。
「……その通りだけど、だいぶ言うことの先読まれるようになってきたような」
「アナさんは、だいたい言ったことの逆張りが本命だと思って間違いないよね」
「……う」
図星に思わず言葉をつまらせるアナであるが、
「(気を取り直して)で、ディスコだけど……例えば私のパパとママの世代だとクラブとは別のものと言う認識なのね……あ、クラブ通いしてた人ではだけど」
「ん? クラブ行って無かった人だとどう思ってたんでしょう」
「ああ、それは同じものと思われていると思うわよ。名前変わっただけで……きっと今、五十代の人の大半は『昔ディスコと言ったとこ、今はクラブと呼ばれているのか』と思ってるか、そもそもまだディスコって言ってるかどっちかだと思うわよ」
「あ、それ、私の静岡の親戚のおばさんが近くのイオンのことをジャスコって言うのと同じなのかな」
「……まあ、そうね。例えとして適切かは置いといて……名前が変わってブランドイメージも変わっただろうけど、同じものが変化したと思われている……それは間違いとは言えないと思うわ」
「一般には?」
「うん。一般にはよ」
「ということはアナさんの両親はそうは思わないと言うことですよね」
「そうね、クラブは……少なくとも今の日本のクラブカルチャーは、ディスコと言うものから別であろうとして始まったと言っても良いのだと……両親たち世代のクラバーは思うようね」
「それって……なぜですか」
「それは……当時のディスコがどういうものであったのかと言うところから語らないといけないわね……」
というわけで、ちょっとドヤ気味顔のアナによる、恒例の長話がが始まりそうな雰囲気であったが……
夢中になって話し始めた彼女が、炙りトロサーモンの寿司を手に持ったままクールな表情を浮かべているという間抜けな状態を、指摘できずに思わず固まってしまっているミーネとキッカなのであった。
それは、渋谷の夜もふけて、そろそろ今夜のパーティ、NYハウスの重鎮Louie VegaのAll Night Long Partyが始まろうかという頃のことであった。
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