第16話 AUDIO TWO
深夜をさらに超えて、パーティは進む。
今日のDJの二人、OKADADAとWild Partyのかわるがわるのプレイにフロアは揺れる。彼らが紡ぎ出す音に、——それに乗る人生に、フロアの人々の人生が混じり合い、グルーヴが生まれる。
流麗で華やかなOKADADAのプレイ。楽しく勢いのあるWild Partyのプレイ。それぞれの音に込められた彼らの人生が空間に満ちる。それはフロアに希望を運ぶ。sると、笑顔が生まれる。音が人の心を少し幸せにすれば、その心がフロアを少しワクワクさせる。
そうやって出来上がっていったパーティの良い空気の中人々は踊り、笑顔が増せば、音楽はさらに強く、希望に満ちていく。
繰り返されるビートにあわせて、繰り返し増幅される興奮。回りつづけるスパイラル。
楽しいパーティの中、その言葉は、もしかしたら、否定的だったり人を呪うようなものも混じるかもしれない。でも、それもあたりまえのこと。もちろん人生なんて楽しいことばかりじゃない。しょっちゅう嫌なこともあれば、時に絶望することだってある。恨み
誰しも、——人生において、様々な負の感情を抱えている。もしかしたら、君はパーティの途中で、そんな過去の出来事を思い出してしまうかもしれない。しかしそんな、いつでも、どこにでも、誰にでも——現れる、そんな暗闇も、君の人生の表情の一つである。それを否定することはできない。それを隠して心の奥にしまいこんでしまうのでなく、浮き立つ心に合わせ、そんな人生もグルーヴにのせてしまおう。
それでもパーティは続く。
人々は笑い、——音楽は続き、心に幸せが満ちる。
すると君は気づくだろう。
——ここは、人と人が争う場所じゃない。
——ここは人を蹴落とす場所じゃない。
人と人は、歴史の始まる前から、あちらこちらで、いまだ争い続けている。小さなものから大きなものまで、日常の小さないざこざから国と国の戦争まで、世に溢れあり続けている。良く生きるためには人より奪わなければならない。人より上に立たなければならない。そんな戦いが歴史の前から、彼方までずっと続いて行くのかもしれない。
しかし、この場所では、——パーティの中はそうではない! 人々の損得が、差し引きがゼロにならない、滾々と湧き出す豊穣がここにある。無よりの創造——奇跡が起きる場所がここである。フロアでは、楽しみは、与えられるのではなく自らが作り出すものなのだ。奪わずに、自らの世界より引き出し、溢れ、
別にうまく踊れなくても、派手な格好で目立たなくても良い。逆に、キレキレに踊って称賛を受けたり、イカれた格好で周りをびっくりさせるくらいに目立っても良い。人は人、自分は自分であり、それだからこそ——それでこそ世の中は多様で素晴らしいものになりえる。
ゼロから奪いあう過酷な自然から離れ、無限を手にすることが我々はできるのだ。少なくとも、ここで、我らはそんな場所を作り上げることができる。その可能性を身に秘めて、パーティに向かうことができる。それこそが今のクラブ文化が作り上げた最も重大な成果であるのだ。音楽と熱狂の中で踊るならば——それは在る。魔法の時間がやってくるのだ。
人よりも得るのではなく与えるのだ。ならば、世界は奇跡に満ちる。
それは信頼と共感にささえられた場の中でだけで起きる。
もし他人が持っているものが羨ましく見えて、一度他人から奪うことを始めてしまったのならば、みんなで作り上げた楽園はたちまち消えて、目の前は荒涼とした荒れ地へと変わってしまう。地面に転がる小さな果実を求めて争うような。
ここでは、他人が妬ましく思えて引きずりおろしても、徒労に終わる。もし、たとえ、他人をおとしめることで自分の地位が上ったように思えても。そんなものは一瞬のまぼろし。人を引きずり下ろすということは自分も一緒に引きずり下ろすということなのだ。結局さっぱり上がらない自分の立場にやっきとなって、ますます他を引きずり下ろせば、ますます自分も落ちていくのだ。
ならば——踊ろう。
それは一時の快楽ではない。
体に——感じた律動は嘘ではない。
一晩踊り狂った君は、その時に感じたグルーブを忘れずに持ち帰り、普段の生活を少しよくすれば良い。その奇跡が日常に溢れ出すように、パーティを日常につくりだせば良い。差し引きががゼロにならない価値を日常につくりだせば良い。そして、少し良くなった日常——良くなった君がまたパーティに戻って来れば、さらに良くなった君が日常に戻れる。
差し引きが結局ゼロにならない、そんな世界を新たに日常に作り出していける。
それが、もしできたならば……
*
「……この二人は、やっぱり空気を作っていくのがうまいわね」
アナは散々踊ってぐっしょりと額にかいた汗を手でぬぐいながら、今晩のパーティを作り上げてくれたOKADADAとWild Partyのことを改めて思い返す。
OKADADA。関西を拠点にし数々のイベントで幅の広いDJを続け、どんどんと評価を高めた。若手DJの先頭を走る中、現在は東京に居を移し自分のレジデントパーティを持ちなららも、全国を飛び回り日本中あちらこちらをおどらえ続けている男。
Wild Party。ブレイクコアからDJキャリアをスタート。コアなクラブミュージックから、ポップ、アニソンまで覆い尽くすDJスタイルで、東京、日本を飛び越えて、時にはアニメイベントで米国までも出向く——様々な場所に熱狂をもたらして
いる男。
この二人が組んだパーティ——Audio Tow。それは現在の日本のシーンのある側面を色濃くしめしているのだろう。その作り出すグルーブは東京を、日本の夜を揺らす。それは、つまり……
「パパとママがこの二人には注目してるっていうのもよくわかるわね……二人が、このパーティがどうなっていくのかって、シーンのこの先を……というか……」
——日本のこの先を占うようなものでは?
という言葉は流石に少し大げさかなと思って心の奥にしまいこんだアナであった。
しかし、ともに三十歳をこえ、若手とは言えなくなってきたふたりのDJがこれからのパーティをどう変えれるか? 発展できるか? というのは、この世代が日本をどうやって変えていけるのかということの縮図に見える。歳は一回り下のアナにとっては、是非とも手本となってもらいたいと思っている二人——パーティなのだった。
でも、
「……あつ!」
考えごとから我にかえり、ふとあることに気づくアナ。
「……うちの二人は?」
ずっと踊っているうちに、一緒に来たミーネとキッカの姿がフロアに見えなくなっていることに気づき、
「……まさか抜け出すこともないと思うけど」
腹が減ったとか、涼んでくるとかで外に出ようと思っても、再入場禁止は知っているだろうし、まだまだ夜遊び初心者の二人がアナに声をかけないでそんなことをするとも思えないのだが。
ならば、おおかた1階のラウンジあたりで休んでるのか、はたまたそっちのほうで踊っているのか、そんなふうに思ったアナは、地下のフロアから階段を駆け上がり……
「あ!」
踊り場のベンチに腰掛ける二人を発見するのであった。
「……かわいい」
互いに寄り添いながら気持ちよさそうに眠っている二人。今日は昼に江ノ島の野外パーティに行ってからの夜のクラブ。初心者の二人にはまだ強行軍過ぎたかなとちょっと反省するアナであった。
「……あ、あれ。アナさん……」
「……んんん……もう飲めないよ……って! アナさん?」
アナの視線に気づいたのか、薄眼を開けるミーネとキッカ。
「……さすが、今日は疲れたわよね。そろそろ、私の家に戻って、ちゃんと眠りましょうか」
「あ、はい。でも……」
「いいのかな?」
パーティがまだ終わっていない途中で帰ってしまってアナが不満足ではないかと心配する二人であったが……
「うん。大丈夫よ。今日のDJはこれからも散々あちこちで遭遇することになるはずだから……」
そして夜明け直前の空を見ながら、ふかふかした寝床に向かって歩き始める三人。昼からの踊り続けて、流石に疲れ切った様子ではあったが、その顔は晴れ晴れとして、とても希望に満ちたものであった……ということは伝えておこう。
さて、こうして、深夜のパーティにも初参加したミーネとキッカ。次は、果たしてどんな
「え、ディスコ?」
道すがらキッカが漏らした言葉に続く、そのパーティとは?
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