第15話 見た目も大事?
ミーネたち三人が着いたCircus Tokyoの地下一階のダンスフロア、そこでは、ちょうどDJの交代する時間であった。フロアの一番奥、一段高くなったステージの上に作られたDJブースの後に立つのは二人の男。
「おしゃれな感じのスッとした感じの方がOKADADAで、メガネかけた大きな人の方がWILDPARTYね」
「なんだかキャラたって格好良い二人って感じですね」
ミーネには好印象のようだが、
「所詮男だけど……」
「「……?」」
……!
「ああ、待って! 待って! 深い意味ないから!」
あわてて誤解するなと手をプルプルとふるキッカ。 まあ「ふわ」でないガチ疑惑の彼女であるが、その件についてはスルーして——気を取り直して、
「……キャラがたってるって言ったわよねミーネさん」
アナは話を再開する。
すると、
「は…はい?」
なんの気なしに行った言葉にツッコミが入ってちょっと動揺するミーネ。キャラ立ちなんて……ふと思いついて、ほんの軽い気持ちで言っただけだったのだが、
「それって、実はDJにとって、とても重要なことだとあたしは思うの」
「キャラ立ちがですか?」
「そう」
「かっこいいかどうか? ってこと」
キッカも話に入ってくる。
「ああ、もちろん、かっこ良い人と悪い人がDJブースに立っていたら良い方が……て思うわよね……」
「それは……そうですね……」
「うん。あたしも正直そう思うのだけど……でも、そもそもカッコ良いって何?」
「「……?」」
言わずもがなのことだと思っていた言葉。カッコ良いの意味を問われて、一瞬キョトンとしてしまうミーネとキッカであった。
「確かに……と、言われると……」
「……なんだろうって思っちゃうよね」
「イケメンだとか、オシャレだとか、背が高いとかは? どうかな? かっこ良いかな?」
「……ルックスが良ければかっこいいのか? って話ですよね」
「そう」
「もちろん、そういうのもかっこ良いの要素だと思いますが……」
「女の子だと、美人だとか、スタイル良いとか、凛としてるとか、お姉さまだとか……お姉さまだとか(チラ)」
なんだか、すぐに女子の方に話が飛ぶキッカの、じっと見つめてくる目線にちょっと背筋がゾクってしながらも、動揺を隠し、
「……かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう……って言葉聞いたことある」
アナは、なんか格言のような、ただの独白とも取れるような言葉を言う。
「いえ……でも……」
「なんとなく分かる。かっこつけは良くないってことでしょ?」
ふたりとも、その言葉そのものの意味は疑問に思わないようだ。
しかし、言葉は、言葉そのものの意味をとるとは限らない。
「うん。キッカさんの言うとおりなんだけど、この言葉の意味は実はもうちょっと深いのよね……」
言葉の、意味は文脈で、歴史で変わる。
「早川義夫さんっていうアーティストの名前聞いたことある…?」
人が歴史をつくる。言葉の歴史も。
「すみません。無いです」
「無いです」
ただ、ミーネとキッカはアナの言った人のことは聞いたことはないようだが、
「あ、知らなくても問題ないわよ、私もお父さんが聴いてたたので知ってるけど、そのお父さんも、早川義夫さんが活動再開して話題になった90年代半ばに聴き始めたみたいで……リアルタイムではないみたい」
「昔の人なんですか……?」
「昔といえば……そうなのかもしれないけど、早川義夫さんが音楽活動を積極的にやっていて、名曲の数々を残したのはもう50年も前にもなって……今は70歳位のはずよ。でも、今も音楽ファンに根強く支持され、聴かれ続けている、伝説の人レジェンドよ」
「……50年!」
「すごいね。あたしの親が生まれる前だ」
「で、話を戻すとね……その早川義夫さんのアルバムの題名に『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』っていうのがあるの」
「アルバムの名前だったんですね」
「そうね、曲を聴いてないしアーティストのキャラとかもわからないだろうから……当時の社会情勢とかもからむし……と言われても——といったところだと思うけど……これはたんなるイケメン批判とかそういう軽い話ではない……かっこ良いこととして思われていることって、それがかっこ良いこととして行われた瞬間に——かっこ悪いことになる……なんとなくわかるかな? そんな意味?」
「それは、そうかなって思います」
「アナさんが、例に出す話だからひねってるのかなって思ってたよ」
二人がなんとなくでもアナの話をわかってくれた感覚を得て、ちょっと嬉しそうに微笑みながらアナは言う。
「……まあ、ともかく、話が遠回りになっちゃったけど——ただ見た目良いだけの人、カッコ良いことだけやってる人をカッコ良いって思える?」
「ううん……そう言う言い方されたら、違うとしか答えようないですけど……」
「けど?」
「……でも、見た瞬間にかっこ良いって……思える人っているじゃないですか。なんか雰囲気があったり……オーラが出ていたり……それって……」
ミーネは自分の今思っていることを素直に言う。それこそがアナが望んていることだと、直感的に気づいていたから。
でも、
「……それって結局見た目で自分が判断してるんじゃないかってこと?」
やっぱり外見で人を判断していて、アナにダメって言われてるんじゃないかと思って、恐る恐る話すミーネであった。
「そうです。別に顔が美形だとかそういうのだけの話をしているのではないですが、やっぱり見た目で判断している時が、自分はあるんじゃないかなって……」
「うん。そういうことね——でもそれで良いのよ。人は人を目で見てるんだから」
「え?」
外見で判断しちゃいけないという話をされているのだと思っていたのに、ぞの前提をまるで覆すアナの言葉に驚くミーネ。
「だって、あたしは超能力者じゃないもの……人のことは目で見るよ。あと声を耳で聞くよ」
「それは……私もそうですが」
「それで、外見を見て、声を聞いて、人は、他人の内面を知るんだよね?」
「はい……?」
「あたしたちは、見て、話して……心の中を知ったと思う。心の中なんて直接は覗けてないのにね。で、そういう時、——心の中がわかったと思う時、言葉よりも見た感じ……態度とかで、ああ、わかった、と思うときない?」
「うん、あるかな。目は口ほどにものを言うみたいな……?」
「……あ」
キッカが言った言葉に、ミーネがはっとしたような表情。
「そういうことね……ましてやクラブDJは、言葉でなく、音楽と姿形で自分の内面を見せなければならないんだから……なのでDJとは……」
「キャラが立っているのが重要なんですね!」
ミーネに首肯するアナ。
「……もちろん、音があっての話ではあるのよ。良い音楽を、良いグルーブでつないでいってくれるDJってのは大前提。でも、それなら、今どきネットにいくらでもアップされているミックスを聞くだけでも良いよね。それなのに、あえてクラブにやってきてDJを、実際に見るのは……」
アナは、一度言葉を切って、ミーネとキッカの目を見つめながら言う。
「これはあくまでも個人的意見ではあるけれど、クラブに来てDJのプレイを聞くだけでなく、見たいのは、本人の出す存在感が伝えてくる……人生——生き様を見るためじゃないかって……思う」
人生を見せる——いや魅せるのか。
アナの言葉に深くうなずいたミーネとキッカはそのまま黙って踊り始める。
そのあと、言葉なく踊った二人の内面が——DJの人生を見て呼応した二人のその時人生が——どんなものであったのかは、神ならぬ筆者には記することはできないのだけれど……
踊る二人がとびきりの笑顔と成っていたことだけは伝えておこう。
そして、フロアは、音に満ち、夜はさらにふけるのであった。
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