第14話 Circus Tokyoと日本のビル事情

 ミーネ、キッカ、アナの三人が到着した場所。


 それは、Circus Tokyo。


 渋谷から恵比寿方面に向かった線路沿い、並木橋近くのビルの地下にそのクラブはある。


 そこは、大箱と言うには少し小さめであるが、小箱と呼ばれる数人から十人も踊ればダンスフロアがいっぱいになってしまうような狭さの箱クラブでもない。


 大物外人DJが来日して何百人も人が集まるような大パーティを開くには小さく、マニアックなパーティを少人数相手に開くには大きい。そんな大きさのクラブである。


 こういう言い方をするとまるで中途半端な大きさのクラブだとでも思われてしまいそうだが……


 実際に行われるパーティは、最大と最小の規模の間にあるのだから、その中間にある大きさのクラブというのは——大抵のパーティにとってちょうど良いものになる。


 最大でもなければ、最小でもない、中間的な大きさのクラブ、そのダンスフロアは、巷で開かれるほとんどのパーティにとってちょうど良い——使いやすい大きさとなるのだろう。


 実際、東京には、そのような中間的な大きさのクラブは結構な数が存在する。


 十数人から数十人、無理して百人くらいが踊れるダンスフロアというのは、ある意味東京でもっとも標準的なクラブの姿であり、そんな箱で行われるパーティが東京で最も標準的なナイトクラビングの光景を作り出しているとさえ言って良いかもしれない。


 逆に言えば、クラブが、その大きさが、パーティの姿を、あり方を、規定している。それは、都市の成り立ちがパーティのあり方に影響を与えているとさえ言えるのだった。


 東京という都市でのクラブのあるビルのことを考えて見よう。


 クラブがあるのは、多くの場合、雑居ビルの地下ということが多い。それも、大手土地デベロッパーの開発したような大きなビルではなく、中堅以下、あるいは個人会社所有のビルであることがほとんどだろう。


 今、東京のビジネス街のあちらこちらにできている、景観を一変させるような高層建築スカイスクレーパー、そんな建物の地下をクラブとして使えるのならば、さぞかし大きなフロアが作れることだろう。


 が、そんなビルの低層階であれば飲食街が作られたり、駐車場であったり、ビルの設備を収容したり……クラブを作るからと貸し出したりするような余裕はない。まあ、そんなものに貸し出すくらいであれば、もっと良いビジネス用途がいくらでもあることだろう。


 すると、いきおい、クラブができるようなビルというのは限られてくる。


 一般に、ビジネス街や駅前再開発などに建てられたビルにクラブがつくられるのは難しい。ならば、駅から少し離れた場所や、個人ビルが立ち並ぶような古くからの繁華街のような場所——建っている敷地は大きくても数百坪とかそれ以下——にクラブができる。


 つまり、クラブのダンスフロアは、与えられたビルの大きさにあわせて決まることになるということだ。もちろん、大箱と呼ばれるような大きなフロアを取れるビルがクラブ営業のため提供されることが無いわけではない。しかし、条件が合い、営業がなされるビルの大きさとしては、圧倒的に小規模なものが多くなることだろう。


 ならば、東京に、日本に、もっとも多いビルの広さが日本のクラブのフロアの広さとなる。その大きさ——中箱と呼ばれるようなクラブの大きさ——は、小さなビルが隙間なく並んでいる、日本のビル街の姿から導き出されたもの。つまり、供給側からの答えでもあり……


 ——形が決まって、魂が入ることもある。


 中箱にふさわしい規模のパーティが多く開かれるようになる——そのような箱に合う集客が見込めるパーティが多くなれば、それが日本のパーティの特徴の一つとなっていく。


 そんな大きさの箱で生き残ったパーティやDJはその規模に適応した生存競争の勝者たちなのだ。


 別に、一つ一つのパーティが、クラブの大きさだけにあわせて中身が決まっているなどと言いたいわけでは無いが——何度も繰り返されるパーティに少しずつそれは影響し、同じ質のパーティが二つ並んでいたとするならば、生き残るのはより東京の、日本のクラブキャパシティに適合しているものであるのだろう。


 そうして、まるでダーウィンの述べる進化のように、そのハードの成り立ちによりクラブミュージックシーンは変わっていく。


 もちろん、箱よりも、音楽そのものと、それを愛する人たち、文化を作り上げようと思う人たちの魂が最も大事だと筆者は思う。そんな人々がいるからこそ、日本でのクラブシーンあるのは間違いない。


 しかし、魂の本質は変わらなくても、その形は器によって変わっていくのではないか?


 もし、そうだとすれば……?


 それだからこそ、面白い。


 もし、同じソウルが同じ器に入ったら、全て同じ形象シーンができてしまうのではないか?


 日本中……いや世界中で同じようなクラブができて同じような音楽がかかる。そんな世界が面白いものだと果たして言えるだろうか?


 都市型のクラブが発展しやすい場所ではその都市にあわせた音楽が発展してゆくし、爆音がかけられるような自然がある場所、イビザやゴアのようなリゾートにはそこに合わせた音楽が発展していく。


 都市でも、大規模なダンスフロアがとれる建物が多い都市にはそれにあった、少規模の建物の多い東京のような場所ではそれにあった、シーンが形成されていくだろう。大きければ良いというものでなく、小さいほうが優れているというわけでもない。


 それぞれが、それぞれの状況シーンの中で自然であれば、自然は恵みを返す。


 では、そんな、恵みを——果実を、東京の今を、一番まっすぐにうけとれるのが、ここCircus Tokyoなのではないか?


 ——と筆者はおもうのだ。


 そして、そこにたどり着いた、三人は……


   *


「あ、クラブって感じですね……」


 Circus Tokyoに入るなり、そう言ったのはミーネであった。


 クラブみたい……という感想は、クラブだから当たり前だが、クラブ初心者の彼女がイメージしていたクラブというのはこういう箱であったということだろう。


 入り口前でIDチェックと入場料支払い。中に入り、スモーカー用のブース(店内は完全禁煙)を通り過ぎると、明るめのフロアで数人が楽しそうに踊り、壁際の椅子に腰掛けた人たちは談笑しているのが見える。


 バーでお酒を頼みながら話す人々の間からは笑い声が頻発する。


「良さそうな感じだね」


 楽しげなその雰囲気にウズウズとして、サッサと中に入りたい様子のキッカ。


「お酒取手から下行きましょうか」


「下?」


「……メインフロアは地下にあって、ここはラウンジーーサブフロアなのよ」


「あっ……」


「ん……」


 どうやら、目の前のフロアがCircus Tokyoの全部だと思いこんでいたミーネとキッカのようであった。


「行きましょう」


「は、はい……」


「ああ、待って!」


 アナに慌ててついていく残りの二人。


 バーで、この間のContact Tokyoと同じコカレロを頼んだのはミーネ。でも今度は紅茶ティー割りで。


 そして、続けて、アナはビールを頼む。


「どうしようかな……」


 で、迷っているのはキッカ。ミーネと同じコカレロがいいかなと思いつつ、同じなのもなんか芸がないと考えてしまったり、飲兵衛のんべえの心理的にもっとぐっと酔っ払えるような、酒々した酒が……とか迷っていると。


「えっ……」


「はい。これあげます……あなた、結構イケちゃうくちでしょ……」


 近くにいた男女のペアからショットグラスを渡されるキッカ。


 ぱっと周りを見渡せば、同じようにショットグラスを持った人たちが数人。


「彼女の誕生日なので……見ず知らずの人たちも祝ってください! それじゃ……」


 どうやら、男が彼女の誕生祝いの景気付けに、みんなでショットで乾杯をしたくて、周りにショットを配っていたようだった。


「乾杯しちゃいましょ……乾杯!」


「か、乾杯!」


 ぐっと、ウォトカのショットを飲み干すキッカ。


 巻き起こる、拍手と、『おめでとう』の言葉。


 ショットでぐっと酔っ払ったのと、周りのテンションに引っ張られてニコニコになるキッカ。


 しかし、


「ちょっと、キッカ……知らない人からお酒なんかもらって……危ないわよ」


 なんか変な薬品入れられて気持ちわるくさせて連れ去られる……クラブではないがそんな事件を聞いたことがあるミーネは、盛り上がって男女二人にハイタッチしてからバーの前から戻ってきたキッカに注意して言う。


「……あ、そうかも、でもせっかくくれるって言うし……」


 心に引っかかりありながら、酒欲に負けたらしいキッカであった。


「うん……今のは大丈夫かな。ショット作るところ僕も見てたし……純粋に盛り上がりたいだけの二人に見えたし」

 

 だからアナは特に注意しなかったようだ。


「そうですかね……」


 まだ不安そうなミーネ。


「もちろん、クラブに限らずに、見ず知らずの人から安易にお酒もらったりしちゃ危ないのは忘れちゃいけないけど……過ぎるのも無粋あれだから……バランスが大事と言うことね」


 まあ、アナが言うのならと、ちょっと不満げながらも納得した表情のミーネ。


「まずは、あんまり緊張しないでクラブに慣れましょう。少々、ハジけ過ぎてるくらいでも大丈夫よ……」


 なぜ? といった顔になるミーネ。


『あなたは死なないわ、私が守るもの』


「……? 流石に死ぬまでは考えてなかったですげ……」


「え!」


 声真似までして言った、エヴァの名セリフをあっさりスルーされて焦るアナ。普段はクールであまり冗談などいわない彼女の渾身のボケだったのだが、アニメ度が薄いミーネには、そのままの意味にしか取られなかったようで……


「……まあ、ともかくさっさと下に行きましょ」


 珍しく焦って赤くなった顔を隠すように振り返り、さっさと階下のメインフロアに向かうアナであった。


 さて、メインフロアは薄暗く、穴の顔が薄っすら赤いのも隠してくれるのだが、そもそも、その横の酔っ払いの顔の方が赤い。薄暗い照明でもわかるくらい。


「キッカ、またお酒二つ持って!」


「もう一杯は飲んじゃったけど……」

 

 グラスの一つはもう氷だけ。地下への階段をおりるあいだの早業——ショットのあと、すでにカクテル一杯あけてしまったキッカであった。


 だが、このくらいで潰れるような彼女ではない。


 というか、そろそろエンジンがあったまってきて、調子がでてきたところ。

 

「アナさん。それじゃ恒例のあれお願いします!」


 元気よくアナになにやら要求する。


「あれ?」


 ただ、当の本人はピンとこないようだが……


「アナさん、このパーティは……?」


 ああ、二人が自分にパーティの紹介と解説を求めてるんだな。


 と、わかれば、


「それじゃ……」


 いつもの長話が始まるアナなのであった。

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