第13話 クラブの立地について考えよう
アタリショックという家庭用ゲーム機ビジネスでの有名な失敗事例がある。それは、アタリ社というアメリカの家庭用ゲーム機市場をほぼ独占いていたメーカーが、1980年代前半にゲーム販売の戦略を間違ったため、30億ドル以上あった家庭用ゲーム市場があっといまに1億ドルにまで落ち込んだ
そもそもアタリ社はAtari2600という革新的なゲーム機を作りのし上がった企業であった。
それまであった家庭用TVゲーム機というのは、あくまでもおもちゃの延長で、ゲームがハードに組み込まれていて、1つのゲーム機を買えばできるのは一つだけ。
だんだんと、市場が発展すると、差異化のため、一つのゲームだけでなく、数種類以上のゲームができるようなハードも出始めるのだが、基本的にハードにゲームが組み込まれていて、決まったゲームしかできない。後でゲームの追加などできないのは、どのゲーム機でも同じだった。
そんな中、アタリ社は、カセット式のROMを差し替えれば新しいゲームができるようになるという今では当たり前の方式を採用し、大ヒットとなった。そして、このアタリ社による
しかし、その大きなビジネス市場は、その後、あっという間に、ひょんなことから数十分の一にまで縮小する。その原因は……
——粗製乱造であった。
アタリ社は無関係のサードパーティのメーカーがAtari2600用のゲームを製造することを許した(黙認した)。それは、大量の、所謂いわゆるクソゲーが混じりこむことになってしまったのだった。
すると、ゲーム購入者はそんなつまらないゲームにあたってしまう確率が高いと、アタリのゲーム=つまらないものという風にだんだんと認識してしまうようになり、次のゲームを買わないようになる。この負のフィードバックが続けば——たちまちのうちに市場崩壊である。
このあと、家庭用ゲーム機市場はゲームの品質の管理をしてユーザの信頼を得た任天堂のファミコンにより回復、他のゲーム機も現れ、さらなる発展をとげていくのだが、アタリ社の業績は二度と、到底、元のようには回復しなかった。
——この一連の市場崩壊を指して、後にアタリショックとよばれたのであった。
まあ、このアタリショックと呼ばれた、家庭用ゲーム機を巡る騒動は、もう少し複雑で、そんな簡単にアタリがだめになったのではないとか、ショックと言うほどでなく、もう少し緩やかな推移であったという説もある。後のこの市場の勝利者である任天堂による自らのビジネスモデルの成功を語る言説が少し大げさに流布したのだという意見もあるようだ。
しかし、少なくとも、粗製乱造によりアタリ社及びその作り出した大きな市場が崩壊したということは議論の余地はない。悪貨は良貨を駆逐する。悪貨だらけになった市場では誰も買い物などしなくなるということである。
そして、この教訓は世の他の商売にももちろん当てはまる。
「もし、クラブが駅前のチェーン飲み屋のすぐ横にあったらどうだと思う?」
「え……」
アナの質問に固まるミーネ。なにせこの間20歳になったばかりの彼女は、今まで真面目に法律を守って育ってきたため、飲酒はこの間やっと始めてみたばかり。飲み屋の例を出されてもピンとこないようだった。
「便利かも! 飲んだあとそのまま勢いでクラブ行けるね。駅が近いのも帰りが楽でよいし」
こちらも、今まで、法律を(たぶん)真面目に守って育ってきたのと思われるが、すでに酒豪の風格をただよわせるキッカ——は即答であった。
「……駅が近いのは良いかも……やっぱり便利ですよね」
「なるほど……そう思うかもね……」
なんか含みのある口調、表情のアナ。
「「……?」」
そして、自分たちの答えが間違いなのかと不安になるミーネとキッカ。
「……あ、二人の答えは間違ってないわよ。駅が近いと行きやすいし、そばに居酒屋あって飲んでたりしたらその勢いでそのままクラブに行っちゃおうという人もいっぱい現れるかもしれないわね。でも……」
でも何か問題なのかと、ますます不安そうな顔になるミーネとキッカ。
「……そうね、もっと別の例を言ったほうがわかりやすいかしら。例えば、幼稚園の隣がパチンコ屋だったらどうかしら? パチンコ好きな親がいたらすごい便利な場所だと思わない?」
「あ、それはダメだと思います」
「パチンコはダメだよ」
パチンコの例は自信を持って否定する二人。
「何で? 例えば、パチンコというギャンブルの良し悪しはおいといて考えても同じ結論になるかな?」
パチンコそのものへの好き嫌いとは別に意見を欲しいと言うアナ。
でも、
「おいといても……パチンコする人を差別する気はないですけど、そう言う施設が幼稚園の隣にあるのはあまり良くないと思います」
「幼稚園は、できれば静かで人通りも多くなく幼児が安心して過ごせる環境が良いと思う」
二人の意見は変わらない。
「そうね。単純に、幼稚園に関係無い人が多く近くに来るというだけでも良くないし、正直ギャンブルやってる人というのは気がたっていたり、落ち込んでいたり、過多に喜んでいたり、とにかく感情の起伏が大きい人が多いわよね。そういう人たちが幼稚園のそばにいるというのはできれば避けたい立地となるわね」
アナも別に幼稚園の近くにパチンコ屋があれば良いと思って言っているわけではないし、世の中的にそう思われていて条例で規制されていたりする。
「実際、現実の都市計画でもそうなっていて、幼稚園や学校の近くは使用用途の制限があってパチンコ屋や風俗店なんかを建てることはできないようになっているのよ」
「そう言えば……大学の周りにはパチンコ屋とか無いような気がしますね」
「あたしの家の近くには小学校あるけど、確かに近くにパチンコ屋はないな。まあ、住宅地でそもそもあまり店もないんだけど」
「そうね、住宅地の地区とされてるところにはコンビニくらいなら良いけれど、大きな店が建てれないように制限されていたりもするようよ……ゾーニングという都市計画手法らしいけど、土地の使用用途によって出せる店をなどを制限して都市環境を守るの。現代の都市では普通に行われていることのようよ……」
「確かに住んでるマンションの近く、コンビニはあるけどスーパーなくて買い物したいときは十分くらいかけて地下鉄駅前まで行くんですよ!」
「ミー・トゥー! 自宅の周りは家ばかりでスーパーまでは坂道で大変!」
「でも、そのおかげで、家の周りに始終人がやってきたり車が通り抜けたりしなくなってゆっくりと静かに過ごせるわけでしょ」
「それはそうですね」
「家ではゆっくりしたいよね」
「さてさて、ここまで理解してもらったところで——ところでだけど、ちなみにクラブもこういう学校のそばとかにはつくれないの。夜中人通りの耐えないような繁華街と指定された場所でないと営業は許可されないのよ」
「あ、それはわかります。やっぱり夜中に音が漏れたりしたら近所迷惑ですよね、近くに人が住んでたりしたら」
「人の出入りや、通行人が多くなるだけでも住宅地だったら苦情きちゃうよね」
「そうね、そういう意味では、クラブって、パチンコ屋とかエッチな店とかとは流石に位置づけが違うと思うけど、飲み屋とかゲームセンターとか、やっぱり歓楽施設の仲間なのよね、都市のゾーニング的に」
「そうですね……」
するとその近しい施設である居酒屋の近く、そんな店が建ち並ぶ都内山手線駅前なんかにクラブがあるのは悪くないような気がするミーネであった。ただ、そう思いながら、ちょっと心に引っかかるものがある。それが何なのか明確に言葉にすることはできないのだが、なんか安易に答えを出してはいけないような気がしてならないのだった。
一方キッカは、もっと簡単に考えていて、
「でも、それでクラブが繁華街にあって行きやすいと、お客さんいっぱい来て良いかもね……」
と思ったことを素直に言うのだが、
「あ、それ!」
自分が思っていたモヤモヤ、アナの顔の微妙な表情の正体に気づいたミーネであった。
「……?」
キッカは、ミーネのピンときた——ユウレカ!——みたいな顔になっている意味がまだわからない。
が、
「……泥酔した人とか流れてきたらちょっと雰囲気わるくなるかもね」
キッカも気づいたようである。
首肯するアナ。
「下手に、繁華街や駅前近いと、音楽や踊りが好きなわけでなくてもふらっとやってきてしまう人多くなるかもしれませんね」
「確かに……そいう人が増えると音楽聞きたい人はそんなクラブは避けてしまうようになるかも」
「そしたら……人によってはクラブに来なくなってしまって、家で音楽を聴いていたほうが良いとなってしまうかもしれないわね」
アナの言葉に頷く残りの二人。
「その通り。だから、僕は、利便性の良い場所にクラブがあるのが必ずしも良いわけじゃない……少し来るのが大変な場所の方が良い場合もあるって言ったわけなの」
「ふらっと来るんじゃなくて、わざわざ、時間をかけてやってくるんだから、本当に音楽や踊るのが好きな人でないときにくいかもしれませんね」
「ええ、もちろん、これから行くクラブは、渋谷から少し遠いくらいで、行くのにそんな気合いいるわけじゃないけど、娯楽ならなんでもよいとか、ナンパの場所探しているとかそういう人は少なくなると思うわ。渋谷の街中にそんな人がふらっとはいれるようなクラブはいっぱいあるんだから」
「それは安心だね」
「いえいえ、キッカさん。パーティの雰囲気や来る人は、その日のDJや
「じゃあ、クラブは全部駅から遠い場所に作った方が良いんじゃないですか?」
「うん。もしかしたらそういうのもありかもしれない。世に言われるような……チャラチャラしたり、不良の溜まり場だったり、ナンパする——される目的だったりすると思われているクラブのイメージが変わるかもしれないし、パーティも居心地よいものばかりになるかもしれない……」
「おし! じゃあ、やっぱりクラブは辺鄙な場所の方がよいね!」
ミーネとキッカが正解を見つけたようなスッキリした顔になっている。
しかし、アナは少し顔を曇らせながら言う。
「……でもね。この間言ったじゃない。クラブに偽物とか本物とかいう考えを持っちゃいけないって。今、もしかして、
「……う、思ってました」
「……そうじゃないのかな?」
「そういう、クラブやパーティに僕も行きたいわけじゃないし……うん。もし二人がそう思ったら——それは間違いじゃない。行きたいとか行きたくないとかの個人の感情は……誰にでも個人的な好き嫌いはもちろんあっていいし、僕もある……というか普通の人よりだいぶ多いかもしれないけど……」
確かに、アナさんは色々こだわり強そうだなと、心の中で思うミーネとキッカ。
そんな二人の納得した顔を、単純に同意ととらえてアナは続けて説明する。
「あたしは、このクラブという文化が好きで、だから……ずっと続いてほしいと思っているから、自分が好きと思えないクラブでも、偽物とか呼べないし、無くなったら良いとかは思えないんだ」
「「…………?」」
なぜ、クラブカルチャーが永続するにはそんなクラブを受け入れないといけないのかと疑問に思うミーネとキッカ。
「だって、クラブって、世の中の、その中にあるんだよ」
アナは追加して説明する。
「つまり……クラブってカルチャーがずっと成立するためには単に音楽好きな人がいて、その人たちが気の合う仲間内でパーティをやっていれば良いというものではない……ということよ」
だが、アナの説明では、まだ、いまいち良くわからない様子のミーネとキッカ。
「クラブって文化ができるためには、いろんな条件が必要……極端な話を言うのだけれど……ビルも電気もない……音楽好きの人もいない……いやもっと極論言おうかな。人が全くいなかったら……クラブって成り立たないよね」
「まあ、そうですけど……」
「人がいないのにクラブがなりたっていたら、それは幽霊が踊ってる幽霊クラブですかって感じだね……あ、ビルもないんだったらビルも幻か……」
流石に極論すぎるかなと思いつつも会話を続けるミーネとキッカ。
「じゃあ、どうしたら成り立つか……」
「最低人はいなきゃいけないと思います」
「何人いれば良い?」
「DJの人と客が一人……?」
「最低それでもパーティ成り立つかもしれないけど。お酒も自分で作って飲んだりしないといけないよね……」
「店の人も一人は入りますよね。じゃあ3人ですか?」
「ライティングの人とかかもいるし、入り口のIDチェックとかレジの人とかもいるかもしれないけど……そもそもお客さん一人だったらなんとか店の人一人で頑張ってもらうとして……お客さん一人のクラブじゃ経営成り立たないと思わないかしら?」
「それはそうですね……クラブって何人くらい来たら経営成立つもねなんでしょうか?」
「店の規模や形態にもにもよるけれど、毎日数人とかしかお客さん入らないのだとだと厳しいでしょうね。その数人でビルの賃貸料、スピーカーとかの設備の投資の回収のほか、DJのギャラや店員の給料も出さないといけないのよ。その分をお客さんから回収しようと思ったらすごい料金になってしまうわ。大きなクラブじゃだと週末は何百人かが来るようなパーティがないと経営は続かないと思うわ」
「この間のコンタクトは、大きなクラブだったけど、そこまで人が多くなかったよね?」
初めて行ったパーティ、Sanday Afternoonのことを思い出してキッカが言う。あの時のContact Tokyoはお客さん数十人くらいだったかなと思いながら。
「あの時はSanday Afternoonの名前の通り、週末問っても日曜の夕方のパーティだったでしょ。クラブで集客が見込めるのは金曜と土曜の夜なので日曜の午後とかならあのくらいの人数でもいいのだと思うわ」
「……でも何百人とかそんないつも来るものでしょうか?」
「少なくともその時街に何百人いなきゃだめだよね」
キッカがもっともなことを言う。
夜に人っ子一人に歩いてないような山の中で大箱クラブをつくっても、そこに入りきる人がそもそもいない。
でも、
「コンタクトのある渋谷なら、そんな人数は余裕でうろついていると思うけど……渋谷にあるクラブは一つだけじゃないわ。何十あるのか——もしかして何百まであるのか定かではないけど……いろんなクラフがあって、毎日いろんなパーティが行われている。そういう多彩なクラブ文化を成り立たせるためには、それだけのクラブを満たす人が街にいる必要がある。それに、みんなが夜に行きたいのはクラブだけじゃないから——カラオケするとか飲み屋に行くとか他の娯楽と競って人をそれだけ集めないといけないの。渋谷の夜にいくら人がたくさんいるっていっても……」
「……なんとなくわかった気がします。クラブは世の中の、その中にあるのですから……」
「お金が必要ってこと?」
「……身も蓋もない言い方してしまうとそうなるけど。経営を成り立たせるだけの収入が必要で、そのためにはいろんなお客さんに来てもらう必要があるって言うこと」
「んん? でも、お金のために、ナンパ野郎が来るようなクラブしか生き残れないのだったら……そんな場所に行きたくないな」
ちょっとクラブというものに失望しかけるキッカ。
「今まで2回はそんな場所じゃなかったわよね?」
そう言われればそうかという顔になるキッカ。
「必要なのは多様性なのよ。自然界と同じよ。色んなクラブがあって、色んな客がいるから、世界には多様性ができて、自分が好きな
「「……」」
正直、少し話が大きくなって、ちゃんと理解できているか不安な二人であったが、そんな不安の中でも勇気を出してミーネが言う。
「結局、色んな、場所があるのを許容しながら……自分の好きな場所を探す? ってことでしょうか?」
首肯するアナ。
「ええ、僕が思っているのも——そういうこと。パーティって、商業に走り続けて粗製乱造でもだめ、カルチャーを支えて、永続してくれる人がクラブに来なくなっちゃう。
でも、感覚が近い人だけに向けて居心地の良い場所だけ作ってても、長く続かない可能性が高い。それって、来るお客さんの母体の数が限られちゃうしね。
で、……そんな、あっちを立てればこっちがたたない難しい条件の中から、様々なパーティがそれぞれの個性をもって立ち上がる。それが僕の理想のクラブカルチャー環境で、今の日本ってそれは結構いいところ言ってるって思うのよね……いろんなクラブがあって……」
アナの言葉に納得するミーネとキッカ。二人ともアナの言うことが理解できたようであった。まだ曖昧で漠然とした理解であったが……
それは、またゲーム
1980年代アメリカに起きたアタリショック。アタリ社しかない状態での粗製乱造で滅びかけたゲームと言う文化。それは質の良いゲームを管理して出した任天堂の成功で持ち直した。そして、その後様々ゲームが覇を争いながら発展し、現在は専用ゲーム機以外でのネットゲームなども幾多のクソゲーも交えながらも繁栄し、アタリショックのあたりまでは玩具の一部にしか思われていなかったゲーム、その
私見だが、アタリショックというのは、Atari2600というゲーム機単体に依存した脆弱な基盤しかもたないゲーム文化であったためそれが起きたのではと思う。
一つのクラブしかない街のクラブの環境が悪くなったら、その街の人は誰もクラブに行かなくなる。そう言うことだ。このショックの時のゲームの危機は、もっと環境の良い任天堂ファミコンというクラブができて救われたのだけれど、それもあくまで単体の場所であれば、そこが環境が悪くなったら文化はすたれてしまう。
しかし、現在のように、様々なゲームプレイのためのハードやソフトがあり、様々な多様性あるゲーム文化となっているのあならば、それは簡単には廃れてしまうようなことはないと思うのだ。
同じような話はクラブカルチャーにも成り立つと私は思う。
1990年頃の日本にクラブという
要は、とらえどころのないまで膨れた概念となった「クラブ」というものの中で、我々は自らを阻止乱造しない……自分であれば良い!
私はそう思う。
そして……
いろいろと話をしているうちに、いつの間にか橋を渡り、ちょっと線路沿いの道を歩きついに目的のクラブにつくミーネ、キッカ、アナの3人組。
その場所は、Circus Tokyo。
そして、今日のパーティはDJ OkadadaとWild Partyの……
Audio Twoであった。
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