第12話 夜の代官山散歩!
夜の代官山。
東京屈指のオシャレスポットであるその場所。
昼は、日本だけでなく世界各国からファッション好きが集い賑わう街であるが……深夜は週末土曜でも随分とひっそりとしたものだ。
居酒屋やカラオケボックスのような、夜通し大騒ぎしているような店もなく、なので路上で騒いでるような酔っ払いもいない。
さすが高級住宅地と隣接するこの地域であれば、商業地域でありながらも、不夜城のごとく店の灯りの消えぬ近隣の歓楽街とは随分と違うものだ。
しかし、都内のど真ん中のこの場所、郊外の住宅地のように深夜になれば通りに人っ子一人いなくなるというわけではない。
一見、街が眠りについたかのように静かでも、時々聞こえて来る機嫌の良さそうな声。深夜まで開いている店でもあるのか、ほろ酔い気分で通り沿いのビルの中から出てくる人も結構いる。
他、終電からずっとそうしているのか道端で楽しそうに話をしている若者たち。
こんな土曜日の深夜まで仕事だったのかかっちりとした地味なスーツに見を包み、疲れた顔で深夜開いてるカフェでもないか探し回ってる風のサラリーマン。
あと、こんな夜に犬の散歩をしている人もいる?
……まあ、最後の人は単に早起きの度が過ぎている老人の人とかかもしれないが——眠らない大都会東京は、ここ代官山でも、やはり健在と言えるのであろう。
しかし、もし、君がそんな代官山の深夜を密やかに賑わす通行人を、しばらく眺めることをしたならば、その中に、少し不可思議な人たちも混ざるのに気づくだろう。
どうも、どこに寄るというわけでもなくただこの道を通り抜けている人が随分といるように見えるのだった。深夜の代官山に用事があるわけでもないようなのだが、この場所を経由して移動しているらしき人たちがいる。
そんな、代官山を通って深夜の移動をする人たちの存在は、一見、謎に感じる。
だって——この深夜にいったい誰がどこに行こうとしているのか?
周りの住宅街の人たちが深夜営業の店を求めて幹線道路にくだっているのでもあるまい。夜に散歩をしてる人が多数いるというわけでもあるまい。
いったい、人々はなぜここを歩くのか。
君は、そんな風に、不思議に思ってしまうかもしれない。
しかし、それは謎でも、不思議でもない。
なぜなら、
「この通りは、こう見えて、結構東京の夜遊びの大動脈の一つなのよね」
代官山の駅前の方角を振り返りながらアナが言う。
「ここが?」
正直夜はちょっと寂しい感じの、代官山から並木橋、明治通りに向かうその通りを見て不思議そうな表情で言うキッカ。
「……恵比寿と渋谷、東京屈指の繁華街をつなぐ中間に代官山があるわけじゃない。するとこの道は夜遊びの移動に便利な道になるってわけ」
「でも、この道の他にもありますよね」
ミーネは明治通り方向を見ながら言う。
「もちろん。夜中に恵比寿や渋谷、中目黒あたりで飲んでた人とかが移動しようと思ったら、明治通りや旧山手通り使うほうが合理的かもね……駅前から駅前特にタクシーで移動したりするのならね」
「駅前……じゃないんですか」
アナの意図を察してミーネが確かめるように尋ねる。
「ちゃんとした大人の人たちの夜遊びの動線は僕が知っているのと違うかもしれないけど……あ、あの人たち」
目の前を歩く外人と日本人数人の集団。その人たちは、JRをまたぐように架けられている跨線橋こせんきょうを渡ると、すぐに脇の階段から線路沿いの道に降りる。
「あの人たちがどうかしました?」
「多分私達と目的地一緒よ」
「同じクラブに向かってるってことですか?」
「そうよ。あの人たち恵比寿か代官山、あるいは中目黒あたりのクラブから移動してきた人たちかもしれないわね」
「なんでわかるんですか?」
「……そう言われると、カンだとしか言いようがないけど……なんとなくわかるものなのよね……格好でそれっぽいっていうのはあるけど」
「あ、それわかります。クラブ行く人たちの格好や雰囲気ってなんかありますよね。まだイベント時二回しか行ってない初心者の感想ですが」
この二年。大学デビューしてから、ファッションには随分と気を使い過ごしてきて、他人の服装には敏感になっていたミーネであった。
なんとなくそれっぽい人たちわかるみたい。
「それに、この時間あそこから降りて行くところっていったらクラブくらいしかないと思うしね」
「今日の行くクラブってあのあたりなんですか?」
頷くアナ。
「恵比寿の駒沢通りの途中や、登りきったあたり、あと中目黒とかにあるクラブ……そして、そこ……」
そして、橋の向こう側、線路を渡った先のビルを指差すアナ。
「こんな場所にクラブなんかがあるもんなの?」
恵比寿、渋谷、代官山——どの駅からも遠いこんな場所にクラブのような歓楽施設があることにピンと来ないキッカ。
「確かに、こんなところでお客さん来てくれるかって思うのも当然よね……もっとも今渋谷川沿いの開発が進んでいて、この秋には渋谷駅から並木橋までは川沿いの飲食街がずらりと続くことになるので、この場所はそんな繁華街から外れたようには思えなくなるかもしれないけど……渋谷から結構距離があるのは事実よね」
「アナさんの家からも結構ありましたね」
「あれは、あんたが深夜の代官山見て行きたいとか言うからでしょうが」
ちょっと前までいたアナの家は渋谷近く、代官山住宅地に入る直前というような立地であったのだが、深夜の代官山を見てみたいというミーネの希望で、少し大回りしていた3人であった。
「そんなの気にしないわよ。確かに、今日のクラブは線路沿い歩いて行った方が早いけど、暗くて怖い感じがするし……あたしも、代官山経由で行くこと良くあるわよ」
「そうなんだ……」
まあ、それなら、と納得するキッカであった。深夜の代官山。近場にすまなければあえて来る用事もないだろうその体験に、実はちょっとワクワクした気持ちになっていた彼女なのだ。代官山の深夜の姿、縁のないものは見ることもないだろうその寝顔を見れて、なんか少しこの場所と親しくなった。そんな気がしているキッカ。それは、もちろんミーネも同様であった。
瀟洒な建物の建ち並ぶ、静かな旧山手通りを抜けて、まだ開いている様だがが人もまばらなオシャレ系大型書店の敷地を抜け、セレクトショップやファッションブランドのショップが軒を連ねる通りで夜のウィンドウショッピング。そのまま代官山駅方向には向かわずに、明治通りに向って丘をくだれば、ひっそりとしていながらも人通りの夜も絶えない道となるのは前述の通り。
今日の夜のプチ散歩を思い出して、なんか楽しい気分となるミーネとキッカなのであった。
「「……むふふ」」
思い返すと、ニターとした笑みの漏れる二人。
「……?」
まあ、子供の頃から、親と一緒に夜のこの辺を歩きなれたアナには、いまいち二人の気持ちはわからないようであるが、
「ともかく……話を戻すと、この辺のようなちょっと来にくいところにクラブがあるってことだけど……それって必ずしも悪いことじゃないのよね」
「?」
「どうしてですか?」
いっぱいお客さんに来てもらおうと思ったら、駅前などの交通便利、人通りの多い場所に店を出したほうが良い。誰もあえて理由を問うことも無いような商売の基本である。
この頃は、特に地方においては、駅前よりも車で行けるような郊外街道沿いの方がショッピングセンターなどをつくるには有利、ということも起きているが、今話しているのは東京都心でのクラブについてである。であれば、駅に近い場所に店を構えたほうが集客を期待できる——となるのは、まだまだモラトリアムの女子大生で、ビジネスのことなどまるっきり興味もないミーネでもわかることだ。
しかし、アナは、そのビジネスの基本を覆すような意見を、一向に曲げるつもりは無いようだった。
それどころか、
「むしろ……来るのが大変で、不便なほど、そのクラブの価値が高まることだってあるの」
「「……?」」
むしろ不便な方が良いようなことさえ言い始めるのであった。
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