ふわっと夜クラデビュー!(2018.5.12 Audio Two)
第10話 アナ宅訪問
で、起き抜けの間抜けな顔をさらしながら渋谷駅で呆然としているミーネとキッカであった。
土曜の夜の、良い気分の人々のごった返す駅のホームのど真ん中で、流れを遮るように突っ立っているのは、はなはだ迷惑な二人であるが、電車を乗り過ごしてしまった自分たちの現状が、寝起きの頭にまだピンとこない。
ただ無為にホームを通り過ぎる電車を眺め……しばし時を失う二人であった。
——とはいえ、実際今回の乗り過ごしくらい、そんな大した話ではない。
江ノ島を出たのは夜の八時にもなってない頃で、ここ渋谷についてもまだ十時にもなっていない。
二人の終電にはまだまだ十分に時間もある。今日は家に帰れなくなったわけではない。
ミーネとキッカともに、一駅戻って、恵比寿からそれぞれ地下鉄や私鉄に乗り換えをすれば良いだけである。
それぞれここから数十分はかかる場所に住んでいるとはいえ——こんな時間に帰るのはちょっと友達と遊んだあとであれば当たり前の時間ではある。
だが、今日は、——昼中動き回って、体が疲れ、心も弛緩したところでの失敗に、たちまちに、すぐには、動くことのできなくなった二人であった。
なんというか——どうしようかとか考える気力がわかない。
まるで魂が抜けたような顔でホームの障害物となっているミーネとキッカ。
それは、あたかも、突然渋谷駅に置かれた人型オブジェか新手の芸術パフォーマンスかと思えるような様子であった……。
このままじゃ——やっぱみんなの迷惑だよね。
なので、そんな二人の様子を見たアナは、その時彼女の心に浮かんだままの言葉、
「家に来る?」
と言ったのであった。
*
「「えっ?」」
何の気なしに、家に来るかと言ってみたアナであったが、思ってもいなかった意外な提案に驚く残りの二人。
そう言えば……アナは渋谷から近い場所に住んでいると聞いたことがあったかも、と思い出すミーネであった。
「そんないきなり押しかけたらご迷惑じゃ……」
確か、両親も一緒だったんじゃなかったっけと思って遠慮した方がと思うミーネ、
「なんか行ってみたいような気も……」
でも、相方の方はもうちょっとずうずうしいようだが、
「キッカ!」
そんな親友を見て、ちょっとたしなめるような表情のミーネ。
「……大丈夫よ今日は僕のうち両親ともいないから」
二人が遠慮してる様子を見て家に来てもらっても迷惑でないと先回りして言うアナ。
聞けば、週末にかけて親は旅行中とのことであった。
「え……」
なんかキッカの頬が赤くなる。両親がいなくてアナだけ? 言葉だけ見れば、確かに、なんかそういうの誘ってるようにも見えるが……
女どうしだけどね。
「……妹が後で帰ってくると思うけど」
それに、両親がいなくても、家にいるのは、アナだけでは無いようだ。
いやそれを聞いてもうちょっと顔の赤みが濃くなるキッカだが……
「妹さんがいらっしゃったんですか。もしかして受験生とか……」
冷静なミーネは、二人が押しかけていってしまったら、高校生の勉強の邪魔になってしまい、やっぱり迷惑なのではと思うのであった。
「いえ、妹は、高校2年生で、高校の折り返しも終わってないから、さすがにまだ受験生じゃないかな……で、今日は塾のあと友達とダベってから帰ってくると思うから……下手したら友達の家に外泊かもしれないな。土曜だし」
しかし、アナに妹の件は問題ないと言われ、
「そうなんですか……」
なんか、納得してしまうミーネであった。
急に家に押しかけたりするのがそもそも迷惑かなと思っていたのに、自分が急遽考えついた断る理由が潰れると、なんか行っても良いのかなって思えてくるから不思議である。
夜に突然押しかけるのには変わりないのであるが……
まあ、しかし、今は、アナの方が誘ったのである。
「今日中に帰らなきゃならない予定がないんなら僕の家で一眠りしてから朝帰るのもありだと思うよ。というかなんかまだみんなでだべりたいような気もするってのもあるんだけどね……」
特に断る理由がないし、実際、疲れた体で、このあとまだ何十分か電車に乗ることを考えれば魅力的な申しでだ。
あまり固辞するのも逆に失礼だし……
それにミーネも、今日このままアナともっと話してみたい気もするし、彼女の家や部屋というのも実は興味があって、
「それではおじゃまさせていただきます」
「あっ、あたしも……おねがいします」
家に向かうことになった、ミーネとキッカなのであった。
とはいえ、最寄りが渋谷駅のアナの家とは言っても、歩くと20分以上は流石にかかる。なので、今日はタクシーに同乗。
——そしたら、場面転換の描写をする間も無く、あっさりと到着の三人であった。
駅の玉川通り側でタクシーを拾って乗って代官山へ行く途中、賑やかな土曜の繁華街から住宅地に変わってちょとのあたりにアナの自宅はあった。
「すごいとこ住んでますねえ……」
渋谷から、あっさりと到着して、アナの家の立地にびっくりとするキッカ。
だが、
「今は、別のところに住んでいるおじいさん、おばあさんがもともとここに住んでいて……親は土地を引き継いだけど、結局相続でこのままは住めないかも……って場所よ」
それは、あくまでも家族がたまたま住んでた場所であると説明するアナ。
しかし……それでも、下町ワンルーム住まいのミーネと、実家郊外住まいのキッカからすればこんな都心に若い遊び盛りの今に住めているアナはすごい羨ましいのだが、
「まあ、細い路地の奥の家で、駐車場もつくれなくて車持ってないし、近所に子供多くは住んでないし……小学校や中学校の時は、学校の友達のようにもっと普通の住宅地に住みたいなって思ってたけど……」
まあ、ちょっと変わった場所に住めば、ちょっと変わった人生になるかもというのは道理である。
人は無い物ねだりをするもの、ちょっとドライブして郊外の広い公園とか、ショッピングセンターとか、小さい頃はそう言う同級生たちの生活が羨ましく感じていたアナであった。
「今は……いろいろ遊びに行くのに便利な場所で親に感謝しているけど」
とはいえ、正直なところ、大人になって見れば、程よく繁華街に近いこの場所は、なかなかに得難い立地であることを感謝するアナ。
そして、
「じゃあ——玄関口でずっと話ししているおなんだし。中に入ろうか……」
「「はい、お邪魔します」」
そんな知り合いを持って、渋谷から至近で休める場所があったことを——江ノ島の頂上で踊った帰り、体にどっと疲れを感じながら……感謝するミーネとキッカであった。
*
「ふう……」
「キッカ、人の家で気を抜きすぎよ」
「はは、構わないわよ。そのまま、お茶入れるのでお湯沸かしてるからちょっと待って……コーヒーの方がいい?」
玄関口で夜にいつまでも話しているのも近所迷惑でもあるので、さっと入った玄関からすぐ、アナに通されたリビング。ソファーに二人深く腰掛けて至福の表情であった。
まあ、注意しているミーネの方も、あまり人に気を抜くなとか注意できるようなようではないが。
「あ、どちらでも……簡単な方で……」
「同じで……」
「じゃあ、クスミティーちょうど使い切りそうなのがあるから、そっちにしようか……」
「クスミ?」
「あれ? 飲んだことないかな? ロシアで始まったブランドで今はフランスにある、こんな缶……」
「あ、それ、結構見かけます。高めのスーパーとか食品も売ってる雑貨屋さんなんかでも……自分で買ったことないですが……」
顔に、そんな高いお茶買わないと書いてあるミーネ。
「親も……賞味期限ヤバくて安売りしてたの買ってきたので……さっさと飲んじゃいたいので……協力お願いできるかな」
突然押しかけることになったうえ、高い紅茶振舞われて恐縮しかけたミーネであったが……そううことなら遠慮するのも、と、お湯のわいた音を聞きながら、納得する。
「良い匂い……」
キッチンからポットを持ってやってくるアナ。お湯がそそがれて、湯気と一緒に広がる芳香。紅茶とバラの匂いが合わさって、鼻孔をくすぐる。
「いただきます」
すると、耐えきれずに先に飲みだしたキッカ。
「美味しい!」
そして、続けて、口をつけて、思わず感嘆の言葉が出るミーネ。
「うん。一日、野外で騒いだ後だと、こういうのホッと落ち着くよね」
「はい」
「これは至福……」
紅茶を飲んでリラックス。正直、初めてやってきた先輩の家で、ちょっと緊張していたミーネとキッカもすっかりくつろいでいた。
ならば周りに目をやる余裕も出てくる。
今までは、向かいに座るアナの姿くらいしか見ていなかったのだが、リビングの家具や調度品に目が気になってキョロキョロとあたりを見るようになってみれば、
「あれ、ってDJ機材ですか?」
隅に置かれた、ミキサーやターンテーブル、CDJなどに気づいたミーネ。
「ああ、あれ、パパが昔やってて……」
と答えるアナ。もちろん、父親がやっていたのは、
「お父さんはDJだったんですか?」
首肯するアナ。
「……だったかどうか……っていうと……そうだったらしいけど。本職だったわけでなく、仲間とクラブでパーティやったりとか、趣味でといった感じで……」
「……今はやってないんですか」
アナの父親の意外な過去に興味津々になるミーネ。
「……うん。家では結構やってるけどね……クラブに行ってとかは十年くらいしてないんじゃないかな」
「でも、こんな立派な機材……」
あらためて、よく見ると、DJ機材の周りには、立派そうなスピーカーや、曲作りもしたりするのか、キーボードその他の入力デバイスもその周りに置かれている。
「親に言わせると、クラブで使うようなすごいものを揃えているわけでは無いっていてったけど……」
「でもすごいですね……」
ミーネとキッカは立ち上がり、DJ機材の近くに行き、それをしげしげと見つめる。
なんだか良くわからないものの、二人が興味津々であるのは間違い無いようでった。
好奇心旺盛な赤ちゃんが、新しい遊び道具をみつけたような表情。
そんな、二人を見て、
「なんなら、ちょっと触ってみる?」
ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべながら言うアナ。
「「——え!」」
つまり、二人にDJをしてみるかと言ったのであった。
「私たちがですか……」
「触る?」
それを聞いて、突然のことに驚いた表情のミーネとキッカ。
——を面白そうに眺めるアナ。
「大丈夫。あたしも、DJの真似事くらいならできるから……二人に使い方教えてあげるよ」
というわけで、ひょんなことから、DJ初体験をすることになったミーネとキッカなのであった。
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