第9話 Sunset Lounge アメイジング・サンセット!

 夕焼けから、夕闇に変わる時間。


 古来、逢魔ケ時などとも呼ばれる、現実と非現実が混ざり合うとされるそんな頃。


 空が一瞬として同じ表情でなく、世界がひどく移ろうその中で、人々は熱狂し、踊る。


 日暮れサンセット


 DJはKaoru Inoue。1989年からDJや音楽制作を始め、そのまま第一線で活動し続け、いまだ現役としてシーンを牽引する——大ベテランでありながら常に先端を切り開く男だ。


 そんな只者ではないDJのミックスにあわせ、人々は踊る。


 心を音にのせ、高く高く浮かぶ。


 音と、身体が混じり合う。


 ならば、グルーヴを介して、今度は人と人が混じり合う。


 今、人々は、個々の個性を持った人間でありながら一体の何物かに変化する。


 日が落ちて、次第に濃くなっていく闇の中、人と人、人と物の境界さえ定かではなくなっていく。


 黄昏——そ彼。


 人々は闇の中一つになる。


 心を開いた個が集まれば、集団は個を超えるまったきを得る。


 人々は、それぞれが個でありながら、一つの大きな集合体へと変化する。


 ——律動グルーヴへ!


 熱狂に熱狂が重なり、それはいつの間にか臨界点を超える。


 ならば世界が変わる。


 世界が君を揺らす。


 揺れた君が変わり、また世界が変わる。


 リズムに合わせて世界が回る。


 君は回る。世界の神秘が君の中を駆け巡る。


 奇跡のような瞬間に——奇跡は舞い降りる。


 叫ぶ。


 君は踊る。

 

 隣の知らない誰かも踊る。


 その横の誰かも懸命に踊る。


 止まらない律動グルーヴが、大きなうねりが島を包む。


 その渦の中、君は知る。


 小焼けの空も星空に変わるそんな頃に。


 天が、淡い微妙な、しかし複雑な表情を見せるそんな時……


 音が止まったその時に。


 拍手と絶叫。今日のパーティが終わり、この日、この場所に集った者は皆、絶頂の中立ち尽くし——


 ——永遠。


 祭りが終わり、しかしその祭りが、律動が今の今まで、世界を満たしていた事を君は覚えている。


 音の消えた会場から離れ、深く艶やかな闇の中に入り、山を降りながら思い出す。


 林の切れ間から見える海の先に街の光を見つめながら。


 爽やかな海の風を頬で感じながら。


 心に鳴り響く音を聴く。


 過去から感情が、追いかけてくる。


 熱狂がこの島に未だ残って、自分の心を火照らせているかのように思えた。


 また叫び出してしまいそうなくらいに激情に、君は耐えきれず身悶えする。


 ちょっと前までの大騒ぎが嘘のように、深く、静まり返った島の夜であった。


 しかし、それでこそ知る。


 君は知る。


 熱狂は、ダンスミュージックは、パーティが終わった後も君の心を踊らせ続けているからこそ——真実であると。


 君は、秘密を、永遠を知る。


 音楽。


 その真実——本質を。


 音の中に詰め込まれた永遠が君の中で解放されて……


 ならば、音は常にあるのだった。


 君とともに……永遠に。


 そして……


   *


「……ぐ〜」

「……んんん」

「……プカー」


 江ノ島から戻り、家に帰る電車の中、等しく、楽しく、夢の中の三人であった。

 

 江ノ島海岸からモノレールで大船に向うまではまだ今日のパーティの話をしているなど余裕もあったが、JRに乗り換えてそのまましばらく乗り換えがないとなれば、今日の疲れがどっと出て、一気に心地よい眠りの中に落ちる。


 そして、そのまま……


「……ぐ〜」


 キッカが南武線の乗り換えを乗り過ごし、


「……んんん」


 ミーネも日比谷線乗り換えを乗り過ごし、


「え!」

 

 アナは本能的に自分の降りる駅で目を覚ますが、


「「は、はい……?」」


「みんな、もう渋谷よ!」


「「え、え——!」」


 なんとも、見事に寝過ごしてしまった、ミーネと、キッカ。


 しかし、まあまだまだ終電までは随分と時間があるのだけれど。


 一気に家に帰る気力を失いながら、呆然と渋谷駅ホームに立つ二人なのであった。

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