第7話 サムエル・コッキング苑到着!
江ノ島対岸の陸地側はから江ノ島へは橋を通じて渡る。干潮時には島と陸の間には砂の道が現れたりもするが、古くよりの一大景勝地に向う観光客が、そんな、時間や、天候にも左右されるような不確かな移動手段にばかり頼るわけも無い。島に向う歩行者は、海沿いの国道を地下道で通り過ぎたら、橋の上、遊歩道部に出て、そのまま両側を海に囲まれ海上散歩の気分を味わいながら島へ向かう。
この日、爽やかな春の、心地よい、よく晴れた午後の海辺に集まった老若男女。様々な国籍の人々が楽しそうに歩く道すがら、次第に大きくなる島影に、日常から切り離された、ちょっとした異界探検的ワクワクを感じたまま、到着。そのまま歩き続ければ、観光者は両側を土産物屋やお食事処に囲まれた細い道に入る。
すると現れるのは——日本中のあちらこちらの観光地に見られるような光景ではある。由緒正しものから、新奇なもの、名産をつかったものから産地不明なものまで。来る人々が様々であれば、売られるものも様々がごっちゃになって並ぶ光景。
しかし、ともするとぐちゃぐちゃになってしまいそうな、そんな物や人々は、長年庶民の景勝地として親しまれ発展した、歴史と包容力を感じさせる街並みの中にいつの間にか溶け込んでいる。
一度しかない今、今日、この日も、気づけば、長い歴史の中の一コマとなっているだろう。新しい1日、新しい人々、物事がやって来て、前の日と少しだけ違う江ノ島があるが、それは紛れもなく江ノ島であり——歴史は続く。そして、続いた歴史の中に再び人々は集まるならば——また歴史は進む。
今日もまた。
島で行われる野外ダンスミュージックパーティ。そんな、意外な異物もあっさりと飲み込んでそこにある、江ノ島——その自然と歴史なのであった。
*
「さあ、みんな、ついたわよ。ここが目的地のサムエル・コッキング苑よ」
「うわ、疲れた。エスカーないと死んでた」
エスカー、日本初の屋外設置型という、何回かの乗り換えを挟みながら、江ノ島の頂上まで続く有料エスカレーターである。
そのエスカーから降りて、ホッとしたような顔なのはキッカ。家から酒を過剰に持ってきたのと、さっきのコンビニでだいぶいろいろ買い込んだのとで、荷物が相当重くなっていたようだ。江ノ島に渡る橋、その後の参道の上り坂。岸から見ていた時にはそんな距離も勾配もあるとは思っていなかったようで、歩き出してみて、ペース配分間違えたのかバテ気味の彼女であった。
「なに? エスカー乗る前には、これに300円近く出すのはもったいない気がするってだいぶごねてたのに……」
「ごねてたんじゃなく迷ってたの!」
ミーネ、キッカ、アナの三人組は橋を渡って江ノ島に上陸。ただし目的地は島の山のほぼ頂上にあるサムエル・コッキング苑であるため、参道を上って神社についたあたりでは、まだ道半ばともならない。それからずっと上り道を歩くことになる。
今日の三人の目的がハイキングや散策なのならばそれも良い運動となったかもしれないが、
「もう結構、時間おしてるかんじだから……節約でエスカー乗らせてもらったわ」
「キッカが自主的に思い荷物持って山道上りたいなら無理に止める気はなかったけど」
「……いや。こりゃ無理だったわ」
振り返り、山道を見下ろして、エスカーのありがたみを噛みしめるキッカ。次来るときも絶対使おうと思う彼女であった。
——とまあ、過ぎた話はここまでとして……ついに目的地サムエル・コッキング苑についた三人である。
「まずは入苑券買ってね。じゃないと中入れないから」
入苑券売機のちょっとした行列に並びながらアナが言う。
「展望台セットの券でなくていいんですか?」
すると、券売機の表示をみてキッカがたずねる。
「キッカさんもしかして展望台のぼりたいとかある?」
「あれですか?」
ミーネが指し示すのは、苑の奥にそびえたつ、灯台のような建造物。
「そう、あの上から湘南一体が見渡せるらしいわよ……あたしはのぼったことないけど」
なんか、そう言うアナの目が少し泳いでいる?
「アナさんは今日ものぼらないの?」
アナの様子のおかしさに気づかずにキッカは淡々と質問。
「そうね。時間もないし」
いやいや。こたえる顔が少し引きつっているアナ。本当は高いところが苦手なだけなのである。
「なるほど。せっかく来たからどうせならって言う気もしますが、何が何でものぼらなきゃってわけじゃないかも……」
「そうだね、また来たときに考えればいいかな。今度は早めにやって来て……」
幸運にも、ミーネとキッカは、アナの都合良く誤解してくれたようである。アナが高いところが全くだめなだけであるが!
でも、
「あれ、アナさん、なんか虚脱したような顔?」
やっぱりちょっと気づかれた。
「ん、ホッとしたような顔というか……」
(まずっ……!)
ミーネとキッカに見つめられて、目をそらし、苑の奥にそびえる塔が目に入る。すると、あの高いところに連れて行かれると想像するだけで、体中から冷や汗の出てきてしまうアナであった。
ミーネとキッカは、アナが高所恐怖症と知ったら、展望塔にわざわざ連れてくようなひどいことをするわけがないが……そこは体が言うことを効かない。恐怖症ゆえである。
だから、
「「…………?」」
不思議そうな表情になった二人を、アナは、
「じゃあ券を買ったらさっさと入るわよ!」
「「…………??」」
性急に追いたてて苑の中に入るのであった。
券売機で入場券を買って、さっさと入り口のゲートをくぐる。やっぱり展望台に……などと余計なことを考えられないように、ぐんぐんと中に進み。その早足が、少し不自然ではあるが、『急いでるのかな?』とミーネとキッカは思えば、あわてて小走りでついて行く。
そして、ちょっと歩けば、あっという間に、周りは、
「ああ、お花がいっぱい咲いてて良いとこそうですね」
「ほんとだ」
五月の島は花盛り。明るい林と、花壇。地はぱっと明るくなって、その前のアナの不自然さなどあっという間に気にならなくなる。
三人は、花の中、風薫る中を進み、しばらく歩く。海上に浮かぶ島の頂上で、緑の中のリフレッシュ。そして、そんなちょっとアガった気分のまま、例の展望台への入り口に到着。その並ぶ列をちらりと見るミーネとキッカだが、
「あっ、そっちじゃないの……」
と、二人に言うのはアナ。
「こっちよ」
アナが指し示す方を見れば、展望台の下に作られた建物の2階にのぼる階段の前、テーブルの後ろに数人が控え、何やら受付を行っている。
「予約した
アナは事前に申し込んでメールで受け取っていた予約の番号を伝え、受付の一人がが名前と番号をプリントアウトで確認する。その間、
「これ使えますよね」
別の受付の人に、アオがカードくらいの大きさの厚紙を3枚出す。首肯する受付の女性。
「それ何ですか?」
ミーネは、それは何なのかと思ってたずねる。
「ああ、これフライヤーよ」
「フライヤー?」
「フライヤー、チラシのことね。今日のパーティのチラシ。クラブ系のはこんなふうなクレジットカードよりちょっと大きいくらいのから、ハガキくらいの大きさのことが多いわね」
「ちらし……? 宣伝用ということですか」
「そう。クラブや、レコード屋なんかに置いてあって、それみてどのパーティに行くかみんな検討したりするのよ。ネットがない昔は、口コミの他は宣伝はこのフライヤー頼みだったみたいよ……今でも結構効果高いのかこのフライヤーの文化はずっと続いているわね」
「チラシなのはわかったけど……なんで見せたの」
「受付の人に?」
首肯するキッカ。
「割引よ。スーパーとかでも新聞折り込みのチラシ持っていくと割引になったりするでしょ。同じように、フライヤー持って行けば割引って言うことも結構あって……今回もそうなのね。千円割り引いてくれるようね」
「千円! 予約で千円割り引いて、さらに千円ですか……」
「そのようね」
「お得だ……」
なんか、突然あたりの地面を見回し始めるキッカ。
「どうしたの?」
「いや、そんなお得ならその辺にもっと落ちてないかと思って……」
「こらこら。一人一枚以上は割引効かないから意味ないわよ」
といわれても、なんか『お得』に弱いキッカはあたりをキョロキョロするのをやめられないのだが、
「でも、欲しいならまだあるからあげるけど……」
人数分より多めに持っていたフライヤーをキッカに渡すアナ。
「あ……」
もらってしまえばなんか満足したような、無意味なことに気づいて徒労感がでたような感じのキッカ。
「じゃあ、入りましょう……」
「はい」
「……は、はい」
キッカが一瞬ぼうっとしたのを、即するようにアナが言う。
そして一人当たり2千円を払って階段を上り、
「「あっ……!」」
そして目の前に広がるのは、晴れた広い空の下、広いウッドデッキで踊り狂う沢山の人々、そしてその先に広がる海。
湘南で長く続く野外パーティ、Sunset Loungeへの三人の到着であった。
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