ふわっと野外パーティ!(2018.5.12 Sunset Lounge)

第6話 生しらす丼食べたい!

 ここは、五月初旬の湘南、江ノ島へ向う細い道の両脇に続く海辺の商店街である。よく晴れた土曜日の昼ともなれば観光客でごった返すなんとも華やかな様子である。


 そんな人々の中に加わって、春の爽やかな気候の中ゆっくりと歩く、道の両脇の土産物屋をチラ見したり、お昼はどこで食べようかなど考える。


 香ってくる潮の香り。もう平成も終わると予告されている中で、昭和の香りを残すようなあたりの雰囲気。


 時間が止まったかのような、いや、江戸時代からずっと行楽地として栄えてきたこの地の歴史を感じさせるようなゆっくりとした空気。


 都会の喧騒を離れ、週末のちょっとした行楽に心を休めに行く場所として、この地は東京近辺に住むものたちからしたら、やはり手頃でそれでいて外さない、またとない場所であると言えるだろう。


「では、生しらす丼お願いします」


「私も、同じで」


「僕も」


 そんな江ノ島対岸の一角にやってきている三人。新宿水音あらやどみいね麻布黄歌あさぬのきか青山青波せいざんあな——ミーネ、キッカ、アナであった。


 はて、この間、次のクラブ活動を約束したこの三人なのに、こんな観光地に行楽とは? まあ、もちろん、若くやりたいことだらけの彼女らの、遊びはクラブしかないということはないだろう。前回のパーティで随分と仲良くなったので、天候も良いし、海にきてのんびりとして心のリフレッシュでもしようと思ったかもしれない。


「ああ、生しらす食べたかったのよね!」


 食い気の可能性もあるが。


「アナさん、前に来た時は食べれなかったんですか?」


「そう。昼に別で食べてから江ノ島やって来て、あちこちに『生しらすあります』って看板見て、これは夜は絶対食べるぞって思ったら……売り切れてたのよね」


「どの店も?」


「……もちろん全部の店を見てみたわけじゃないけど、通りにある店に、『生しらす売り切れ』って看板出て、試しに入ってみた店でも無くて釜揚げしらす丼たべることになったの——今みたいな行楽シーズンだと昼に食べとかなかきゃだめみたい……あ、もちろん食べたきゃだけど……大丈夫だった? 同じので?」


「はい。私、よく考えたら、東京来て一年で、江ノ島に来るのの初めてだったかなって。どうせなら名物食べたいかなって」


「あれ、ミーネ、鎌倉は何回か行ってなかった?」


「……市内のお寺巡りとか、里山散策とかカフェ巡りとかしたけど……」


 どうやら、あんまりマリン風味はない模様のミーネであった。


「……ミーネさん、たまたま海の方にはこなかったのね。キッカさんは?」


「僕も、実は久しぶりで……小学校の時とか両親に連れられて電車で来た覚えがあるけれど……あと高校の時も友達と何回かきたかな……? でも、そのころ生しらす食べようとか思わなかったし……今はあのちょっと苦いのも好きだけど……」


「そうよね。子供の頃は、生しらすとか好んで食べようと思わないものよね……そういう意味では大人になったということかしら。二十歳を超えて法律上も大人だし——クラブにも行けるようになったわけだし」


「あっ——この間はありがとうございました。あんな楽しいパーティに連れて行ってもらって」


「いえいえ……」


 ミーネは、アナに数週間前に連れて行ってもらったパーティのお礼を言う。


「あの後、すぐにでも他のパーティ行ってみたかったんですが……」


「すぐゴールデンウィーク入ったものね」


「家族が東京に出てくるとかいろいろ予定あって……誘ってくれたのを断ったのあってすみません……」


「僕も……旅行とか計画あって……」


「もちろん、予定合わなかったのだから、しょうがないじゃない。休みの計画とかもともとあっただろうし……あたしの方もあなたたちの空いた日には予定合わなかったり……ちょうど良いパーティがなかったりもしたけれど」


「……そうですね、でも……」


 実は、この後の週末はまずはアナに伺いたててから決めようか? とか思っているミーネなのであった。うざがられないといいなとか心配しながら、結構本気のミーネである。


「——あ、できたみたいよ」


「……あ」


 でも、その時ちょうど運ばれて来た生しらす丼に、ミーネのちょっと重いかもしれない言葉は中途で止まる。


「食べちゃおうか。冷めないうちに……ではないけれど」


「「はい」」


 で、いただきますとなるのだが。



「あ! 美味しいかも」


「うん。苦味が絶妙でビール欲しくなるけど(いや、今からでも頼むか?)」


「…………」


 なぜか一人無言で愛想笑い状態のアナ。


「——あれアナさんどうかしました?」


 妙に感じたミーネが尋ねると、


「いや……」


 そう言いながら、黙々としばし丼を書き込むクール系美女の姿。その、なんか思いつめたような様子に、それ以上声もかけれなくなっていた残りの二人。


「「…………?」」


 その間、さらに無言でアナは食べ続け、丼の半分もなくなってしまった頃、その当人がガバッと顔をあげて残りの二人をぐっと見つめる。


「「…………!」」


 何を言うのかと緊張するミーネとキッカ。


 すると、


「……正直……もっと期待してた」


 小声で呟くアナであった。


   *


「まずいと思ってるわけじゃないからね……」


 食事が終わり外に出た三人であったが、


「もっと、夢のようなの想像していた」


 どうも、前回食いそびれたことで期待値が跳ね上がり過ぎていて、落差に「あれ?」となってしまっていたアナのようだった。


「あと、あたし同じ味ずっと食べるのも苦手みたい。これなら……海鮮丼にしとけばよかった……」


 まあ、後悔は、行動する前からできるわけもなく、いつまでも結果を引きずっても良いことはない。ならば、


「まあ、でも……気を撮り直して次行くわよ!」


 江ノ島散策(?)の再開であった。


「はい……じゃあついに江ノ島にわたるんですか」


「うん。そうだけど……その前に買い出しもした方が良いかな。島行ってもお酒とかは売ってるけどコンビニとかはないし、高めだし、こっちで買ってった方がよいから」


「え、それはまずいかも。買っとかなきゃ」


 慌てた様子のキッカ。


「あれ、キッカさん。お酒結構持ってきたとか言ってなかった?」


「はい……家で漬け込んでいた紅茶ウォッカとかいちごウィスキーとか、親が死蔵してたブランデーとか……たっぷり持ってきたのでもちろん皆さんにも飲んでもらいたいですが……」


「瓶は持ってこなかったわよね」


「はい。今日行くところはガラス瓶持ち込み禁止って教えてもらってましたから、全部……」


 キッカは手に持っていた重そうな手提げバックを持ち上げて言う。


「……家中の水筒かき集めて入れてきました」


「そ、そう……」


 持ち上げた時、重量感をもってぶるんと揺れたバックを見て、いったいどれだけ酒を持ち込んだのか少し恐ろしくなるアナであった。


「あ、それなら、割るもの買っていかなくちちゃダメかも」


「え? ミーネ、何を割るの?」


「え? キッカ持ってきたお酒以外に何かあるの?」


「……!」


「…………!!」


 やっと話が噛み合った二人。


「……ストレートでぐいっと飲めば良いじゃない。野外なんだから豪快に」


 もう前回のクラブで露呈した飲んべえキャラを隠す様子もないキッカである。


「む、無理でしょ! せめて炭酸水とか欲しいよ」


 だが、普通の反応はこれであろう。女子なんだし。


「ええ、わざわざ持ってくのめんどくさいな……」


 どうやら、酒ならどんな重くとも持ってくるのが苦にならなかったキッカなのに、ソフトドリンクを運ぶのは嫌らしい。


「はは。行った先にも自販機でソフトドリンクとか売ってるから、いっぱい持ってく必要はないけど……キッカさんのお酒にばかりたかってるわけにはいかないから私たちもお酒調達と……あと炭酸水くらいは買ってきましょうかやっぱり……」


「はい。まあ、確かにストレートにはストレートの、割った酒には割った酒のよさがあるし……買って行くか……あっ、氷!」


「そうね、氷も買ってた方がよいわね。私クーラーバック持ってきてるから……」


 アナは肩にかけていたトートバックを少し前にずらしてみんなに見せながら言う。


「それクーラーバックなんですか?」


「普通のバックに見える」


「ほら」


 ちょっとバックの口を開けて見せれば、中には銀色の断熱材。


「おお。バッチリですね。これならケーキとか甘いものとか買っていっても大丈夫ですね」


「もちろん。キッカさんはお酒を持ってきてくれて、ミーネさんは手作りのお惣菜作ってきてくれたってことなので、こっから買うものは、私中心で運ぶので構わないから」


「……いえ、私の料理なんて逆に迷惑でなければ良いのですが」


「え、ミーネの料理ってうまいよ。さすが一人暮らし。自炊慣れしてるよね」


 残りの二人は実家住まいで、なんだかんだで自分が料理しなければ飢餓、見たいな状況には追い込まれていないので正直まだ料理は修行中である。くらべて、自分が作ってみた料理のできに絶望し、親が出してくれていた料理のありがたみを噛み締めながら涙する地獄の一年をくぐり抜けてきたミーネの腕はそれなりの完成の域に達していた。


「それは、楽しみ……去年はポテチとカルパスしか持ってかなくて、途中小腹空いたので、そればかり無理やり食べたら胸焼けしちゃったのよね……」


「はは、責任重大です……それほどのものではないのですが……」


 自分の料理にかかる期待にビビって少々冷や汗をかいてしまうミーネ。


「でも、まあ。リスク・ヘッジも大事ってね! さあ、アナさん、ミーネの料理檄マズだった時に備えてコンビニで惣菜でも買って起きましょうか」


「あ、キッカひどい! さすがに檄マズはないんじゃない!」


「かもしれないって、言ってるだけよ。でも、暴言のお詫びに、うまかったら、私のお酒、私の二倍飲んで良いから」


「そんなに飲めるか!」


「まあまあ二人とも……」


 もちろん本気で喧嘩していないことなどわかりきった上で、アナがちょっと演技っぽく笑いながら仲裁にはいる。


「今日の行き先には食べ物の店も出てるし、それに今ご飯食べたばかりだから、正直日暮れまで何も食べなくても問題ないかもしれないし、あくまで予備で何か買って行こうか。どっちにしても氷やその他を買ってくんだし、そろそろコンビニ行こう」


「「はい!」」


 と言うわけで、ちょうど道沿いに現れたコンビニに入る三人。そして、さっと買い物してさっと出るはずが、若い女性がかしましとなる数も集まって、そんな風になるわけもない。


 あれが良いか、これが良いか? それともこれ? 悩み、決めたはずがやっぱりもう一度取り替えられ、じゃあ厳選されて数が少ないかといえばそうとも言えない、袋いっぱいに膨らんだ、お菓子や惣菜を抱えコンビニから出てきたのだった。


 ああ、この三人。確かに江ノ島は目の前だが、今日の目的地のサムエル・コッキング苑までは結構遠いのをまだ良く時実感していない。そこまでは、上りもきつく、荷物持って歩くには相応の体力を消費するのだが、海辺の、レイドバックして、だらんとしてるけど、なぜか高揚する不思議な心情の勢いのまま、このくらいは大丈夫と思って勇んで進み出す。後で悔やむんだけどね。


 まあ、それは後での話として……


 だいぶ話を戻すと……


 この間、三人で再びクラブに行くことを約束した三人が、なぜ湘南の海辺にやって来ているのか。仲良くなった女子大生三人が親交を深めるため江ノ島観光に来たのか?


 まあ、確かに、結果的には今回の集まり、そんな面も出てはいるが、実は——決して、ちょうど良いパーティがなかったので観光でお茶濁したとか、そんなことのためにここに来ているのではない。


 お酒も、食料も沢山持ち込んで……良い気候の中、微笑ましくピクニックではないのか? 


 それも、結果的に、半分正解とは言えるけど。


 ——しかしこの話は『ふわクラ』だ。


 もし、この話が『●るキャン』とかなら野外で女の子たちが微笑ましく食事をとるのでもテーマにあっているだろうが……。


 でも、『ふわクラ』のテーマが……とか言うのならば、この後、江ノ島の中に真昼間に開いているクラブがあると言うのだろうか?


 いや、あるのだ。


 それが、今日この日ならば。


 それも極上の!

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