第4話 コンタクトにコンタクト
夕暮れの渋谷。日の長い春とはいえ、夕方7時ともなればいつの間にか暗くなってきた街の中。そして、そんな渋谷の中でも、夜の灯りが殊にケバケバしく光るここは道玄坂。
全体がごちゃっとして猥雑で、でもそれゆえエネルギーに溢れる街——渋谷、そのなかでも一際に、ごちゃごちゃしてカオスとパワーが感じられる一角であった。
一歩裏道に踏み込めば、ラブホテルや風俗店などの立ち並ぶこの場所。道玄坂の名前の由来には、道玄という山賊がいたからだとか、その名の寺があったからだとか、諸説あるとのことだが、江戸時代の宿場町、その後の明治時代にも花街という歴史を辿っていた渋谷、その後、日本の発展とともに若者文化の街としても者により新しい文化の発展したこの街の——いままでの経緯がぐっと凝縮されて見える場所。それが道玄坂——この一角であるかもしれない。
渋谷駅から109、その先に続く表通りには多少性風俗系のピンクの看板があるにしろ、大体はチェーンの飲食店やアパレルショップなどが立ち並ぶ。また坂の上になるにしたがいビジネスビルも増え始め、ビットバレーの名のもとに新進企業が派を競った少し昔も思い起こさせるのだが、それもそんな話を知らなければただの四角いビルの連なりに過ぎないだろう。
まあ、というわけでは、ただ道を上り、表面だけを見るならば、道玄坂は、郊外のターミーネル駅なんかに良くある光景としか見えないかもしれない。実際、今となっては——渋谷に限らないが——山手線駅前の街中でも、郊外でも、見かけるような店はずいぶんと同じようなものばかりになっているし、この坂にしたって、そんな風に思って通りすぎる人の方が大多数なのではと思われる。
しかし、
「この先に目的のクラブがあるのよね」
手練れの案内によるならば、街はまた別の表情を見せるのだった。
「えっ? ここ駐車場じゃないの」
しかし、キッカにはまだその表情は見えていない。
「ちょっと殺風景で……先に何にもないように見えますが」
ミーネも見えないみたい。
「いえ、ほらあそこ、入店チェックの人いるでしょ」
二人を安心させようと、指差すアナだが、
「えっ……」
「怖くないですか……」
殺風景な、コンクリートの壁に囲まれた駐車場の入り口の奥に、なんだか厳しい顔をした男が二人立っている。確かに、それは、一見コワモテ風にも見えるが、
「こんばんわ。身分証をお見せください」
「は、はい。学生証で……」
「ありがとうございます」
「僕は、免許証が……」
「こちらも、大丈夫です」
礼儀正しい対応に、ホッとするミーネとキッカ。
そして、次はアナの番であるが、
「あたしはこっちで……」
「はい……」
「え!」
「スマホ?」
アナは男性に持っていたスマホを手渡すと、その画面をチラ見してからリーダーらしき装置にかざして、
「はい、ありがとうございました」
で、
「アナさん、あれはなんですか?」
「……あれ?」
ミーネの問いがなんのことなのか一瞬ピンとこないアナ。だが、ミーネの視線を追って、
「ああ、スマホ……」
「そうです。スマホ渡すだけで、通してもらえてて……」
キッカもそれを疑問に思ってた模様。
「会員用証みたいなものよ」
「みたいな?」
「……もの? ですか?」
「ここは、ウェブサイトで会員の登録をすれば、初回に身分証明書出すだけで、そのあとは自分の会員ページを見せれば身分証明書持っていなくてもスマホで中に入れるのよ。顔写真も登録しているから、本人確認もそれでできるってわけね」
「あ、それは便利かも知れませんね」
「たしかに、今時、身分証明書を忘れてもスマホ忘れることないよね」
「うん、そうよね。スマホって、いつの間にか、免許証や学生証よりも身近でその上その役目を包含した存在になってるって驚くけど……このクラブの場合は単に身分証明書のかわりになっているだけではないのよ」
「他に、何ですか?」
「会員登録して入店の度に出すものと言えば?」
「会員証……はさっき言ってて、当たり前で……スタンプカードとか?」
「正解! 入店の度にポイントがたまって、割引なんかもあるのよ」
「——なるほどですね」
「お得なるんだ」
「まあ、二人も今日入ってみてまた来たいと思ったら登録すれば良いわ……紹介したいクラブはここだけってわけではないから、まずは様子を見てからで良いと思うけど」
「はい」
「でも……お得と言われると心が揺れる……今日ももったいなかった……」
とまあ、貧乏性のキッカが、スマホで入れずに今日の入店のポイントをゲットできなかったのを悔やんで思わず立ち止まったのは無視をして、さっさと階段を下りて地下に向かう残りの二人。
「ちょっ……待って!」
それに気づいて、あわてて追いかけるキッカ。
そして、一階おりて、すぐについた地下にあるレジでで料金を払って中に入った三人。
「さあ、ついたわよ」
「ここが……」
「タイムマシン……?」
「そう、日本のクラブシーンの過去から今までを継続して凝縮し、僕たちに時間旅行をさせてくれる場所——Contact Tokyoよ!」
*
「というわけで初クラブですが……」
「第一印象はどんな感じ? ミーネさん?」
「はい、地下への殺風景な階段をおりていたときにはちょっとまずいとこ来たのかなって一瞬ビビりかけましたが、入ってみるとバーカウンターとかはキラキラしているけど全体は落ち着いた感じですね」
まだよく分からないといった、戸惑いの表情は浮かべているものの、悪くないかなといった感じのミーネ。
「そうね、おしゃれなカフェとかを思い出させるような内装だけど、きれいすぎない——でも無骨すぎない、ちょうどよいところが心地よい感じかも」
キッカも同じような感想。
「……二人共とりあえずは気に入った見たいね」
そんな二人の様子を見て、ひとまず安心したような感じのアナ。
しかし、
「はい、クラブってもっと電飾がギラギラしてチャラい人がフラフラしてるイメージあったのですが……」
「僕は、逆にもっと殺伐として、悪い人たちがたむろしているイメージあったよ」
こんな二人の発言に、
「ああ、中にはそういうクラブとこもあるけれど……あなた達みたいな可愛い子はそういう場所は注意したほうが良いかもだけど……クラブってそういうイメージなのかな……」
アナは少し残念そうな顔になる。
「……もちろん、そんな場所ばかりでないって聞いてクラブに行こうと思ったのですが」
「アナさんが連れて行くとこなら大丈夫かと思って」
しかし、二人の、信頼した目で彼女を見つめる顔を見て、すぐに気を取り直すアナ。世間で思われているクラブのパブリックイメージというものがどんなものかはわかっているつもりのアナであったが、普段は似たような好みや完成を持つ仲間とばかりつるんでいるので、こういう反応は新鮮というか——はげみになるなと思うのであった。
つまり——彼女たちにクラブを好きになってもらえるかが、先にこの世界を知った自分の使命? とかとか。少し大げさかもと思いながらも、結構本気のアナの、クラブ解説が始まる。
「じゃあ、まずは中をざっと見ましょうか……って思うけど、最初にドリンク取ろうか……飲みたければだけど」
「あ、飲みます……お酒まだ得意じゃないけど」
「せっかくだから……気分だよね」
「あれ、キッカ結構飲むんじゃなかった。二十歳なってそんなたってないのに……」
「それは……」
実は、アルコールデビュー後、いきなり酒豪クラスの適正を見せたのであったのだが、それって、なんとなく可愛くないなと思っているキッカ。そんな彼女の、そこつっこむのはやめてっていう顔を見て、
「……でまあ、おすすめのお酒ありますか? アナさん」
ミーネは華麗にスルーして話を進める。
「そうね……踊ったりして喉乾くから軽いカクテルとかで……ジントニックとかで……でも苦いのどうかしら?」
「あ、ジンってこの頃流行ってるって聞いてこの間飲んでみたんですけど……」
「確かに、この頃クラフトジンって流行ってるみたいね」
「そうなんです。バイト先のショップの女子仲間で専門ショップに行ってみたんですけど……苦いし、薬臭くて」
「ジュニパーベリーの味と香り苦手な人結構いるものね。慣れればそれがおいしいんだけれど——でも苦いのだめだったとしたら……」
「はい、ビールなんかもまだ美味しさわかりません」
「なるほどね……じゃあこれなんかどうかしら」
話しながら店の右奥、大きなバーカウンターの前に着いた三人。
前に並ぶ客が生ビールを受け取って去った瞬間、アナは一歩前にでながら言う。
「コカコーク……三つ……でいいかしら?」
振り向き確認するアナに、ブンブンと首肯して同意するミーネとキッカ。
そして、
「……緑色のお酒?」
カウンターに並べて置かれたコップに注がれる緑の液体。
「これは、コカレロってお酒ね。コカって植物の葉をはじめとした様々な薬草をブレンドしたお酒よ」
「コカ?」
「南米の高地で栽培されてる、麻薬のコカインの原料になることでも有名な常緑樹ね」
「ひ、コカイン!」
「ダメ、ドラッグ、ゼッタイダメ!」
コーラをそそぎ完成したカクテルを手渡そうとすると、ビビって一歩後ずさるミーネとキッカ。
「大丈夫よ。コカって言っても麻薬成分取り除いてあって、飲んだからどうこうってことないわよ。それじゃなきゃ店で売れないでしょ」
「これ、店で売ってるんですか?」
「そうよ。コンビニやスーパーにポンと置いてるわけじゃないけど、大きめの酒屋さんとかマニアックな品揃えの酒屋さんなんかには普通に置いてあるわよ。それにコカコーラもコカって字が入ってるでしょ? 製法は門外不出で不明だけどこれもコカの葉の成分が入っているから
「え、そうなんですか。」
「少なくとも、コカコーラができた当初は入っていたってのが定説ね。メーカーはその命名の由来否定してたりもするようなので、真相はなんとも言えないのだけれども……どっちにしても、麻薬成分取り除いたコカの葉なら問題ない、その風味が美味しいってことよ——まあ、ともかく……」
グラスを渡され、受け取るミーネとキッカ。
アナは自分もグラスを持つと前に出し、
「あ……」
「乾杯ね」
「乾杯!」
杯を合わせる三人。
すると、
「あ、美味しい」
「……ん、あ」
「甘くて飲みやすいからってグイッといかないでね——お酒なんだから」
「はい」
「えっ?」
すでに一気に飲み尽くしてしまっていたキッカだった。
「……!」
愕然とするアナと、
「……(まあ、いつものことか)」
といった顔のミーネ。
で、このことは、触れないほうが良いかなといった空気を感じ取ったアナは、何事も無かったかの様に話を続ける。
「……じゃあこのあとフロアに向かおうと思うけど、何か気になるところある?」
「こっちの奥のガランとしたところは何なんですか」
ミーネが右手奥を指し示す。
「そっちはサブフロアで今日は使ってないようね」
「サブフロア?」
「その日のメインのDJがかけるフロアにたいしてのサブ……フロアの意味はわかるかな?」
「床……踊るところのことですよね」
「そうダンスフロア——踊るための床があるところね」
「ということは踊る場所のサブですか?」
「そう。今日は使っていないけれども、大きなパーティなんかではここにもDJが入ってみんなここでも踊るのよ、あとパーティの規模によってはここをメインのフロアとして使うこともあるけど……」
「そう言われてみれば大きなスピーカーありますね」
「大きい……まあいいわ」
「……?」
何か言いたそうだったが途中で言葉を止めたアナの様子が気になるミーネだったが、
「それじゃあっちに行きましょ」
振り返り、そのまま歩き出すアナにあわてて着いていく。
「は、はい……」
しかし、
「あ? あれ?」
立ち止まり、ハッとしたような声を上げるアナ。
「どうしました?」
「キッカさんは?」
「……そう言えば」
あたりをキョロキョロと見回す二人。
すると、
「ごめんちゃい!」
後ろのバーから歩いてくるキッカ。
その姿を見て、
「「……!」」
「どしたの?」
「それ私達の分じゃないよね」
キッカの手元を指差すミーネ。
「……?」
「両手にお酒を持ってるけど……」
グラスを二つ持ってバーカウンターから帰ってきたキッカであったのだった。
「あ、二回買いに行くのめんどくさいと思って、一度に買っちゃった。片一方、もう半分のんじゃったけど……パッソアとか言うお酒、これも甘くて美味しいよ。もう一杯は気分変えて日本酒お冷やで……」
「「——!」」
「……どうかした?」
「いえ……」
突っ込んだら負けだという表情のミーネとアナ。
「……そろそろメインフロアに行こうかってアナさんと話していたの」
なので、お酒の件は無視をして、ミーネが動揺を隠しながら言う。
「あ、そうなの。で……」
「……で?」
「……フロアって何?」
「「——!」」
「こっちのガランとしたとこ?」
「「——‼」」
話がちょと前に戻ってしまって一瞬絶句のミーネとアナであったが、
「……行けばわかるわ」
今度は雑な対応になるアナ。何しろ、
「さっさと行きましょうか」
いい加減踊り始めたいなと思っている彼女なのである。
すでに結構できあがりかけている飲んべえは、連れていけば感覚で理解するだろうと考えたのである。
で、
「ここがメインフロアですか?」
歩き始めてすぐ、右横、ガラスの向こうの広い一角を見てミーネが言う。
「ああ、違うけど……今日こっちは開いてるようね」
中ではソファーが並べられて、数人が座りくつろいでいる。
「あの人がDJ?」
その向こう側には機材の後ろ側、一段高い場所に男の人がいる。
流れているのはまったり目の渋い音楽。
「そうよ。今日のDJの一人。こちらはサブフロア——というより、ここはラウンジと呼んだほうが良いわね……だからゆったりめの音楽かかっているのよ」
「ラウンジ? 空港のラウンジとかホテルのラウンジとかと同じ意味ですか?」
「そう同じような意味合いよ。飛行機に乗るとか、ホテルの客室に入る前に待機するための居心地の良い場所をラウンジって言うでしょ。同じようにダンスするるための待合室、休憩所的な意味でラウンジって言ってるのね」
「じゃあここは、おまけみたいな場所?」
「おっと、それも駄目な考えねキッカさん」
「……!」
さっきから、ダメ出され担当みたいになっているキッカ。
「あ、それって、偽のクラブとか言ってはいけないのと同じことでしょうか?」
で、またミーネフォロー。
「そう! ラウンジはおまけじゃないのよ……ラウンジ向けのクラブミュージックとか、それ自体も一分野となるようなクラブというものを完成させる重要な要素であるのよ」
「なるほど……じゃあ……」
ここで、お酒飲んでるのも良いかなってちらっと思うキッカであった。勢いでついてきたものの、ミーネと違って自分から行きたいと思ったわけではない彼女は、まだクラブに戸惑いがあって……気持ちが固まるまでラウンジで酒飲んでるのも良いなと思ったのだった。
しかし、
「とはいえ——でも、まずはメインフロアの方に行きましょ。ラウンジの良さがわかるのは、基本を知ってからって思うから」
「はい。そうですね」
「えっ……うん。そうね」
まあ、言われてみたら、ここまで来たんだから、せっかくだからクラブをちゃんと体験したいなとも思うキッカでもあった。
そして、ラウンジに入らずに三人がもう十数メートルも進んだなら、
「さあ、入りましょう、ここが今日のメインフロアのSutudioX——今日のパーティ——Sunday Afternoonへ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます