第12話 雪の山道

地平線に太陽が顔を出し始めた明け方、まだ薄暗い頃に出発することになったレン達。夜中のことがあってかワーテラは他の四人からは距離を置いている。レンとオウロも責任を感じて、辛そうな表情で出発の準備をしている。


「ここからはかなり冷え込みます。オウロ様、寒さを緩和する魔法を頼みます。」

「わかりました。魔獣や、もし追っ手が来た場合はウィルツさん、頼みましたよ。」


オウロが呪文を唱えるとオレンジ色の光が五人を包み込んだ。


「こんな魔法もあるんだ!」

「メイアちゃんも勉強すればいろいろな魔法を覚えることができるのよ。」

「私、グンローフに着いたら魔術師部隊に仕官します!」


ーーー魔術師部隊。かつてオウロが隊長を務めていたグンローフの戦闘部隊の一つ、もちろん隊員が死ぬのもたくさん見てきた。そもそも戦いが嫌いにもかかわらずその能力故に隊長に抜擢されたオウロは、純真な気持ちで魔術師になりたいと望んでいるメイアを見て複雑な感情を抱いた。

もうずっと前にカイリの言った言葉、『この世界は間違っている。あんたらの常識じゃ平和は来ないんだ。』まだ幼いメイアには魔術師の本当に辛い部分を知らない。それだけに彼女の夢には素直に賛成しきれずにいた。


「そうね。いつかなれるといいわね。」


それがオウロが言える精一杯の言葉だった。

メイアもオウロの雰囲気がいつもとどこか違うと感じたものの、どこが違うのかわからずにいた。


「皆さん荷物はまとめましたね?出発しましょうか。」


一行はウィルツの合図で一列になり山道を登り始めた。順番はウィルツ、ワーテラ、メイア、レン、オウロの順で、ウィルツとオウロはそれぞれ剣と杖で武装している。レンはカイリから引き継いだ能力がまだ開花しきれていないのか、生成したものは10分程度しか形を保っていられないため得には何も持っていない。


「まだ雪もうっすらとしか積もっていないですが、もう少し高いところに行けば歩くのも大変なくらいの豪雪ですよ。」

「わかってるって。」


ウィルツが気を使ってワーテラに話しかけるもつれない返事しか返ってこない。


「少し先には別れ道があります。下り道を行けば氷の国ウィスタフに着きます。今回はグンローフまで行きますからね、もう少し登りますよ。」


今度は返事さえなかった。メイアは雪道を滑らないように登るのに必死だし、レンとオウロはやはりワーテラに話しかけるのをためらっていたので、ウィルツがただひたすら独り言を言うような形で進んでいった。


「ほら、右を見てください。あちらの山にはウェンディゴが住んでいると聞きます。ところどころ木々が倒れて山肌が見えているのも彼らのせいでしょう。」

「ねえ、ウィルツさん。ウェンディゴって?」

「おや、レン君。興味津々で嬉しいですね。ウェンディゴというのは一年中雪の積もるような高山に住んでいる魔獣です。人間のような見た目をしていますが体は毛深く、力がとても強いのが特徴です。」

「ウェンディゴに襲われたらおしまいかな?」

「さあー、どうでしょうね。私もそのような魔獣と戦った経験は無いのですが、まぁ間違いなく森に住むファンゴやヴォルフよりは強いでしょうし… いざとなれば刺し違える覚悟もできているのでご安心を。」


ウィルツはレンの方へ携えた剣をゆらゆらと振って見せた。タラスの将軍としての歴戦の傷がそこには刻まれていた。








峠に差し掛かった頃、時刻も昼過ぎだったので一行は休憩を取ることにした。グンローフの領土は山ばかりなのでここを越えたあとにも続く険しい道のりに備えて体力を温存しようというウィルツの考えだった。


「あと少しで国境を越えますが… どうやら追っ手もいないみたいですね。」

「ええ、そのようで。グンローフの都市までたどり着ければ王族専用の移動用魔法陣が使えますのでそれまでの辛抱です。」

「都市まではどのくらいの距離なのでしょうか?」

「今登ってきた山三つ分くらいかしら。」

「すごいですね金の国の民は…」


子ども三人の荷物までまとめて背負ってここまで登ってきたというのに、オウロは全く疲れた様子を見せない。普段から鍛えているウィルツでさえ足腰にだいぶ疲労がたまっているというのにだ。


「みんなはまだ大丈夫かな?」

「僕はまだ大丈夫です!」

「私も!」


レンとメイアは勢いよく応えた。しかしワーテラだけは何も言わない。ただ黙ってウィルツが近くで捕らえた兎の肉を焼いている。


「ワーテラ君も少し休むといい。私が火の番を代わろう。」

「いや、大丈夫だ。疲れてないし。」

「自分じゃ気づかなくとも体は疲れているものだよ。大人しく私に任せるといい。」

「ちっ… わかったよ…」


ワーテラは立ち上がりレン達から離れたところに腰掛けた。はっきりと自分とワーテラとの間に溝を感じたレンはただ目を背けることしかできなかった。

軽く昼食をとり、再び歩き始めたレン達だったが、運悪く雪が降り出した。吹雪という程ではないものの視界は悪く、足下のおぼつかない山道を進むのがより危険なものになった。


「ウィルツさん!危険です!雪が止むのを待った方がいいんじゃありませんか!?」

「確かに安全を取るならばそちらの方が良いでしょう!ですがいつ止むかはわからないですし、何日も過ごすほど物資もありません!まだ歩けるうちは進みましょう!」


ウィルツが先頭で雪を一身に受けているため、他の四人はそこまで雪の影響を受けずに済んでいた。それゆえ遠くから聞こえる地響きのような音に早く気づくことができた。


「ウィルツさん!ウィルツさん!」

「どうしたんですか!?」

「あの音!おそらく…」


その瞬間山頂から崩れてきた雪の塊が目の前の斜面を転げ落ちていった。


「危ないところでした… 運が悪ければ雪崩に巻き込まれていたかも…」

「山に慣れているオウロさんがいて助かりました… 雪も声が通らないほど強くなるとやはり危険ですね… 」


するとメイアがあるものを発見した。


「見て!あそこなら!」


メイアの指差す方向には崩れた斜面にできた窪みがあった。先程の雪崩に岩でも巻き込まれていたのだろう、まったくの偶然に全員が感謝した。

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