第11話 親子のあり方
「王女って… え?」
「正真正銘、現国王マデロの娘よ。」
「そう…なんだ…」
レンは父親がギフターだと告げられたことには内心あまり驚いてはいなかった。自分に不思議な力があることを知っていたからだ。しかし母の告白にはたいそう驚いた。
「レン… あなたそんなにすごい身分だったんだ。私いつも一緒に遊んでいたのに全く気づかなかったわ。」
メイアも驚きを隠しきれない表情をしている。一方でワーテラは黙って下を向いていた。
「じゃあどうしてこんなところにいるの?王様の子どもなら女王様になることだって…」
「私はあなたのお父さん、カイリと恋に落ちてしまったの。私の国の兵士を殺し、私や私の家族も殺そうとしていたギフターとね… そしてお父さんと私は城を抜けこの国にたどり着き、ニース様の助けを得て暮らしていたの。」
懐かしそうな顔で赤く染まった空を見上げるオウロだったが、だんだんと神妙な顔つきに変わっていく。そしてレンの肩に手を置きこう言った。
「お父さんはね、命令されたこととはいえ大勢の人々を殺してしまったことを毎日のように悔やんでいたわ。グンローフから私を連れ出したあの日からもう十年以上も経つのにね。だからレン、よく聞いて。私はもうお父さんに辛い思いをして欲しくないの。何年かかっても助けに行くわ。だから… その手伝いをしてくれない?」
「僕だってそう思うよ。約束する。僕はお父さんを絶対に助けてみせるよ!」
「ありがとう…」
そう言ってオウロはレンを抱きしめた。そこに来た道を見張っていたウィルツがやってきた。
「皆さん、あちらの方を見てください。」
ウィルツの指差す方角には遠くの方に小さく城と街と湖が見える。しかし城壁などは夕日のそれとは違う赤みを帯びており、幾筋もの煙が立ち上っていた。
「火矢などで着火したのでしょう… おそらく中に残ったものはあぶりだされ処刑されます… ニース様も…」
「ウィルツさん…」
あまりニースとの関わりが薄い子ども三人も、今まで自分達の生活を守ってくれていた国王の死に複雑な気持ちになっていた。
「聞いてください皆さん。もうすぐ完全に日が落ちるので山を超えるのは危険なのですが、相手はギフター、どれほどの速度で追ってくるのかは見当もつきません。なので今のうちにできるだけ距離を稼いでおきたいのですがよろしいでしょうか。」
未だ悲しみを断ち切れていないにもかかわらず気丈に振る舞うウィルツにレンは一種の尊敬の念を覚えた。
山を登ること二、三時間、中腹にたどり着いた一行はたまたま見つけた洞穴で一夜を越すことにした。最初はオウロの魔法で起こした火で沸かしたお湯を飲みながら談笑していたものの、体の内と外から温まったのか全員が緊張の糸が切れたかのように眠ってしまった。
「ん… まだ日は昇っていないか。」
ウィルツが目を覚ますとまだ辺りは暗かった。風のごうごうと吹きすさぶ音だけが聞こえてくる。辺りを見回すと全員まだ眠っている… はずだった。
「ワーテラ…とかいう子がいない… トイレにでも行っているのか。」
何かあっては大変だ、そう思ったウィルツは雪の降り始めた外に出てワーテラを探すことにした。
ワーテラは洞穴のすぐそばの木陰に一人座り込んでいた。
「こんなところにいたのか。早く穴に戻らないと体を壊すぞ。」
「………なぁ、ウィルツさん。あんたはあの二人が王家の人間だってこと知ってたんだろ?」
「あぁ。オウロ様がカイリ様とともにこの国に来られたとき、私はまだ新米の兵士だったけどね。」
「俺のお袋はあの人を庇って死んだんだ。多分親父も… お袋は死ぬときに俺に二人を守ってくれって言ってた。ここに来るまでその理由をずっと考えてたんだけど、まさかこんな理由なんてな…」
「そうか。君はまだ幸せだ。私は母の顔さえ見たことがない。」
「あんたに何がわかる!実の親が目の前で死んでいく様子を見守ることしかできない気持ちがわかるもんか!しかも血も繋がってない他人を守って、血の繋がった息子を置いていったんだ!」
急に激昴しだしたワーテラだったが、ウィルツは特段驚く様子を見せなかった。
「確かに、私には君の気持ちは理解しかねる。だが、母親の最期の願いに反発する君の気持ちなんて理解したくもないね。」
「なんだと!」
「君のお母さんはオウロ様とレン君のことを守るように言ったのだろう。ならば母に報いるためにも二人に添い遂げる覚悟を決めるのが男というものではないかな。」
「うるさい!そもそもあいつらがいなければ!ギフターなんかが俺達の村にいなければお袋も親父も…」
泣き崩れるワーテラ。その騒ぎを聞きつけて他の者も起きてきた。
「どうしたの二人とも…」
「ワーテラ… なんで泣いて…」
レンとオウロに続いてメイアが半分寝ているような状態で出てきた。降る雪のせいか体が震えている。
「ここは冷えます。皆さん中に戻って…」
「おいレン… お前はどう思ってるんだよ…」
うずくまっていたワーテラが立ち上がり、レンに近寄るとその胸ぐらに掴みかかった。
「ワーテラ!? どうしたんだよ… 苦しいよ…」
「お袋はあんたらを庇って死んだんだ。そのことについてどう考えてるのか言えってんだよ。」
「ワーテラ君やめて… あなたのお母さんのことは私も責任を感じているわ。でもレンは何の罪も無いの…」
「お袋こそ何の罪もないだろうが!あんたらがいなければ村の人達だって…」
そのときだった。パァンッと破裂音が聞こえて、ワーテラが顔を抑えて再びうずくまった。
ワーテラが顔を上げると、腕を前に構えたメイアが立っていた。
「何しやがる…」
「レン達は悪くないでしょ!」
メイアの手からは次々と魔法の波が発せられる。音の力を強めるその魔法は威力は弱いもののワーテラの周囲の雪を次々と吹き飛ばす。
「ちっ…」
ワーテラは舌打ちし、そのまま洞穴へと戻っていった。
「ワーテラ君… あんなに思いつめてたのね…」
「オウロ様は何も悪くありませんよ。諸悪の根源はジャガルタです。」
「私、ワーテラのところに行ってきます!」
「僕も…」
「レンは待ってて!」
いたたまれない空気に耐えられなくなったメイアが先に洞穴へと戻った。
「メイアちゃんにも苦労をかけてしまって…」
オウロはポロポロと涙をこぼし始めた。慌ててレンが服の袖で拭いてあげた。だがそのレンも自然と涙が溢れ出している。
「お母さん… ワーテラに何て言えばいいのかな…」
「今はそっとしておいてあげましょう… まだ若いのにこんなに辛い目にばかり遭って… 私達が謝ったところで彼の心が安らぐこともないでしょう…」
雪の中で泣いている二人にウィルツは羽織っているマントをかけた。そして自分には縁のないものだと思っていた親子という関係は、彼の心の中に波を立てることとなった。
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