第13話 雪山の魔獣
えぐれた地面で雪が弱くなるのを待つレン達だったが、ふぶき始めた雪は一向に収まる気配を見せなかった。
「このままではまずいですね。オウロ様の魔法のおかげで凍死の危険はないですが、火も起こせないこんなところでは体力を消耗する一方です。」
「でも今は視界の確保さえままならない状況ですし… まだしばらくは様子を見ましょう。」
オウロの提案から一時間も経たないうちに雪はだいぶ小降りになってきた。
「そろそろ大丈夫でしょう。山の天気は変わりやすいと言いますし、今のうちに安全なところまで行きましょうか。」
魔法のおかげで寒さを感じることはないものの、全員激しい雪に耐えていたせいで髪や衣服は真っ白になっていた。
「こんなに真っ白じゃ、前の人が見えなくなるかもしれないや。」
「レン、大丈夫?手握ってあげるね。」
「い、いや!大丈夫だから!」
そう言ってレンは頑なにメイアの手を握ろうとはしなかった。後ろで行われているそのやりとりを聞いていたワーテラは目をつぶり
「くそっ…」
と呟いた。その悪態は誰にも聞かれることなく降り積もる雪へと消えていった。
一行は窪みから這い出でると体に付いた雪をはたき落とし、再び一列になり出発した。雪もある程度先まで見えるくらいまで弱まったおかげで一歩が軽い。
「だいぶ楽になりましたね。」
「そうだね。でもレン君、気をつけるんだよ。雪が固まって氷になり始めるとすべるからね。」
事実、崖の淵などは完全に氷と化していて雲の隙間から差す日差しをキラキラと反射させている。森で生きてきたレンはここまで積もった雪を見たことがなかったので興奮していた。
「レン君、この世界には全てが氷に閉ざされた地域があるらしいよ。人も魔獣も生きていくことができない不毛の土地が。」
「そんなところが…」
「他にも地面が絶えず燃え続ける土地や猛毒の沼、フェアリー達の王国なんかもあるって聞いたことがあるね。大人になったら行ってみるといいよ。」
レンとウィルツがそんな他愛もない話をしているときだった。突如前方の木が倒れたかと思うと、ものすごい速度でレン達の方向へ飛んできた。
枝が空を切る甲高い音に気づいたウィルツは剣をまっすぐ前方に構える。自身の何倍もある巨木を、ウィルツは剣のみねでいなすだけで弾き飛ばした。明後日の方向へ飛んでいった木は地面に何度もぶつかりながら崖を転げ落ちていった。
「何だったんだ今のは…」
飛んできた巨木に気を取られていたウィルツの体を、跳躍しながら接近してきた何者かの腕が捉える。丸太ほどもある腕に殴られたウィルツは横向きに飛んでいった。
「ウィルツさん!」
「大丈夫!?」
吹き飛ばされたウィルツの心配をするレン達の背後ではオウロが詠唱を始めていた。彼女の周囲に浮かび上がった何十もの土塊が襲撃者へと襲い掛かる。しかし一瞬早く飛び上がったそれに土の魔法は当たることはなかった。
「ここだ!」
吹き飛ばされたときに巻き上がった雪煙に隠れながら近づいていたウィルツが飛んできた土塊を蹴って上空へと駆け上がる。襲撃者の顔は見えないものの、まさかそんな高くまで追ってくるとは思っていなかったのか驚いたように体を震わせた。その一瞬をウィルツの剣が貫いた。
「ウガァァァァァァァァ!!」
周辺の木々を揺らすほどの絶叫が響き渡る。しかし先に着地したウィルツは叫んだ。
「浅い!気をつけろ!」
墜落した襲撃者が雪を赤く染めながら立ち上がる。冬の透明な光に晒されたその顔は憎悪に満ちていた。黄色く濁った目がウィルツを憎々しげに睨みつける。並の人間ならば一撃で血煙に変えてしまいそうな剛腕から血を流しているその姿は山の民に恐れられるそれそのものだった。
「こいつが… ウェンディゴ…」
「オウロ様!子ども達をそいつに近づけさせてはいけません!あなたも回避に専念するようにしてください!」
「ウィルツさんは!?」
「私は数発は耐えられますが魔術師のあなたには一撃が重いでしょう。私が囮になりますのでその隙に強力な魔法の準備を!」
オウロは詠唱を開始した。使用魔力が多いのでさっきの土魔法と比べても魔法陣の生成速度がかなり遅い。だがウィルツに怒りの矛先を向けているウェンディゴは少しも気にする様子はなかった。
「僕も…」
「君はだめだ!いくらギフターの能力といっても、まだ未熟な君にはこいつに当てられない!」
ウェンディゴは出血した左肩がうずくのか積もった雪を右手でつかみ傷口に塗りたくっている。
「ある程度の知識はあるみたいだが…」
ウィルツが先制攻撃を仕掛けた。人間には見えないほどの速度で繰り出される剣戟も、野生の魔獣にはかわせないことはなかった。ウィルツの剣は確実に当たってはいるものの致命傷にはならない。
一旦距離を置いたウィルツに今度はウェンディゴから詰め寄る。しかしその大きな拳はウィルツにすべていなされた。
「お母さん!早くしないとウィルツさんが…」
「わかってます!ウィルツさん!もうしばらく頑張ってください!」
一進一退の攻防が続く中、やはり種族の違いかウィルツの動きはしだいに鈍くなっていく。捌ききれなくなった拳がウィルツの鎧を変形させてゆく。
「くっ… このままでは…」
攻勢に持ち込もうとしたのだろう、ウィルツはウェンディゴの突進に合わせるように少し深く踏み込んだ。だがウェンディゴは途中でその巨体を停止させ、自ら近づいてきたウィルツの体を掴んだ。
「ぐぁっ!」
「ウィルツさん!」
レンは急いで剣や槍を生み出してウェンディゴへと放った。しかしそれらはウィルツの剣筋とは比べ物にならないほど遅い攻撃、ウェンディゴは全て片手にはじいた。
「くそ!くそっ!」
レンの抵抗も虚しくウィルツの体にはウェンディゴの指がどんどん食い込んでいく。鎧がギチギチと悲鳴をあげ、顔はうっ血していく。
しかしウェンディゴは突如叫び声を上げ、手を緩めてウィルツを離してしまった。レンは振り返ったウェンディゴの背中が少し焼け焦げているのを見た。
「わ… 私だって!」
メイアがウェンディゴの背後から火の魔法を放ったのだ。そんなことをすれば当然次に狙われるのはメイアだ。怒りの咆哮を上げ、ウェンディゴは両手を振り上げてメイアへと襲い掛かった。呆然と立ち尽くすメイアに逃げる余地は残されていなかった。
「メイアちゃん!」
ウェンディゴの巨体が宙へと飛んだ。
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