第10話 ニースの願い
折れた剣先が宙を舞って、それから回転しながら地面へと突き刺さる。人を斬った手応えとは似ても似つかぬその硬い衝撃に思わず体を強ばらせたその一瞬の隙をついて、オウロの身を守った閃光が敵兵の胴体に穴を穿つ。レン達には目で追うことさえもできない剣技で敵兵を片付けたのはウィルツだった。
「危ないところでした。既に住人の避難も済んでおります。さあ、共に安全な場所へ。」
「ニース様はまだ戦っておられるのでしょう!それなのに私やあなたが王を見捨てて逃げることができますか!」
「ニース様が私に下した命令はあなたやご子息を守り抜くことです。そしてこう言いました、『いつの日かタラスを復興してくれ。』と。」
「じゃあ最初から死ぬ気で… いいえ、そんなことはさせません。ウィルツさん、そこをどいてください。私一人でもニース様を助けに行きます。」
「まだわからないのか!ニース様はグンローフの王家の血を引くあなたならば、と最後の希望として我らに託されたのです!それにあなた一人が加勢したところでやつらにはかなうはずがありません!あなたまで死んでしまったらニース様の死は無駄になってしまう!」
「でも…」
「私だって悔しいですよ!将軍職に就いていながら主君を守ることすらできない自分の無力さが!」
固く握られたウィルツの拳が王城の壁に叩きつけられる。レンは将軍ともあろう人間が未熟な自分と同じように無力さに苛まれる様子に奇妙な感情を抱いた。
「ウィルツさん… わかりました。ここを脱出し、南へ向かいましょう。」
少し落ち着いたウィルツが顔を上げる。
「そうか、グンローフまで行けば…」
「ですが一つ重大なことがあります。ニース様の計らいで私は今もまだ金の国では行方不明扱いになっているはずです。そこへ私が現れれば騒ぎになるかも…」
「そのくらいなんですか!今はあなたと子ども達の命の方が大切です。安心してください、あなたの帰還をよく思わない連中がいたとしても私があなた方を絶対に傷つけさせません。」
置かれた状況もあってか思わず小っ恥ずかしいセリフを口走ってしまった自分に気づき、ウィルツはわざとらしく咳き込みながらその場を離れようとした。
レンはそんなウィルツの仕草に連れ去られた父親の姿を重ねていた。
(いつもいつも聞く方が小っ恥ずかしくなるようなことを言うくせに、無視するとすぐ拗ねちゃうんだよなー。)
しかしカイリはいなくなってしまった。父親に再び会うにはまず自分が強くならなければならない。そのためにウィルツに指導してもらおう、そう心に決めたレンだった。
ウィルツの後に続いて四人が到着したのは城の裏門だった。こちらにも敵が来ていたようではあるが、ニースがいる正面側にほとんど回ったのかその数は少なく、城の守備隊だけでも対処されるほどだった。
「お前たち!外に敵影はあるか!?」
防壁の上から一人の兵士がひょっこりと顔を覗かせ応えた。
「ウィルツ様!今は見当たりませんが潜伏している可能性もあります。気をつけて出発ください。」
「わかった。お前たちはどうするんだ?」
「こちら側の門を完全に封鎖いたします。街の入り口で敵を防いでいるニース様はこのあと城まで撤退して篭城なさるとのことなのでそちらへ加勢いたします。」
「そうか… すまないな、私はまだ死ねんのだ…」
「謝らないでください!あなたには使命があるのでしょう?僕も生きてたらあなた方の国へ行かせてもらいます!」
若い兵士は泣きながら敬礼をした。部下に涙を見せまいとするウィルツが顔をうつむかせ門をくぐった後も、その姿が見えなくなるまで敬礼を続けていた。
王城を脱出したレン達はウィルツの案内で路地を駆けた。あの若い兵士が言った通り敵の姿は無く、住民達が逃げた後で誰もいなくなった街は不気味なほど静まり返っていた。
「おかしい…」
そう呟くウィルツにレンが尋ねた。
「どうしたんですか?」
「質問に質問で返すようだが、君だったらこの国をどう攻める?」
「え?どうって言われても…」
「やつらは君の村を滅ぼした。その理由はギフターである君のお父さんを連れ去るためだろう。そしてこの国のギフターは向こうに寝返っている。ここまではわかるね?」
「はい。」
「今やつらにはギフターがいて、うちにはいない。それは向こうもわかっていることだろう。こういう状況ではギフターを単独行動させるのが定石なんだ。敵のギフターに倒される心配もないし、そもそもギフターなんて規格外の存在だから味方を巻き込みかねないしね。」
「つまり… どういうことですか?」
「今正面にはニース様達がいて戦っている。なのにその反対側にいる僕らは誰にも襲われない。本当にこの国を攻め滅ぼしたいのならばこんな不自然な戦略は使わない。」
ウィルツの口からは次々に敵の戦術への指摘が飛び出す。それを走りながら息を切らすこともなくこなしているのはさすが軍人と言ったところだろう。
だがもはや誰も聞いていない。本当は警戒するべき場面なのだろうが、王女として育ったオウロでさえ思考が追いつかず森で育ったレン、ワーテラ、メイアはなおさらのことだった。
結局街の出入り口まで到達するまでに誰に会うこともなかった。
「ウィルツさん… このまま出ても大丈夫なんですかね…?」
オウロが不安そうな顔をしてウィルツに尋ねた。道中ウィルツの話は半分も理解できなかったが、何か罠があるのかもしれないと感じるのには十分だった。
「大丈夫…と断言することは出来ないが、ここまで来たら引き返すことも出来ないし… とにかく私が先頭で進みますので皆さんは後から付いてきてください。」
一行は辺りを警戒しながら街と外界を隔てる、グンローフとの国境沿いにそびえ立つ山脈へと歩を進めた。
街を出発して半日程が経過した。敵に遭遇することもなければ追っ手の気配も全くなかったが、じきに日も暮れそうだということで野営をすることにした。
「ここまで来ると逆に怖いな。」
「でも山を越えてしまえばグンローフの領域です。そこまで何もなければいいのですが…」
「そう言えばお母さん、グンローフ王家の血を引いてるってさっき…」
オウロは思わず飲んでいた水を吹き出した。
「ごほっ…ごほっ… まさかこんな形で話すとは思わなかったわ…」
そう言ってレンの肩に手を置くと、じっと目を見つめた。オウロは大事な話をレンにするときはいつもこうしていた。
「お母さんはもともとね、金の国グンローフの王女だったの。」
レン、ワーテラ、メイアの三人がウィルツの方を見やると、ウィルツは伏し目がちに目を逸らした。その様子に三人はオウロの話が真実であることを確信せざるを得なかった。
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