第二話 玉の輿じゃないかな

1.押部朋香になりました

朋香たちが会社に戻ると、皆に囲まれた。


「それで、話はどうなったんですか」


「……朋香が結婚した」


明夫の言葉に社員全員、怪訝そうに顔を見合わせる。


「社長。

いま、そんな話をしているわけではなくて」


「朋香が結婚したんだ!

押部社長と!

工場のために!」


悲痛な明夫の叫びに一瞬、室内が静かになり朋香に視線が集中した。


「あー、はい。

そういうことです。

今日から押部朋香になりました……」


ははは、誤魔化すように朋香が笑って報告すると、女性陣が一気に明夫に詰め寄る。


「どういうことですか、社長!」


「朋香さんを犠牲にするなんて!」


「女を道具としか思ってないんですか!」


すごい剣幕の女性陣に怯え、涙すら浮かべかねない様子の明夫に、はぁーっ、朋香は大きなため息をついた。


「あー、みなさん落ち着いて……」


「なんで朋香さんはそんなに落ち着いてるんですか!?」


今度は朋香が睨まれて身が竦む思いがしたが、自分の考えを落ち着いて口にする。


「一応、有森さんは反対してくれたんです」


「ならなんで」


確かに、なら、だろう。

こんなめちゃくちゃな条件、飲む必要はない。


「私が押部社長と結婚さえすれば、契約はそのまま、それどころか新製品の開発要請と融資までついてくるんですよ?

こんなにいいことはないじゃないですか」


「でも、朋香ちゃんが犠牲になることじゃない。

いまからでも遅くない、白紙撤回すれば」


頼りにならない父とは違い、有森が朋香を気遣ってくれる。

工場のみんなだって。

それだけで、朋香は自分の下した決断が間違いじゃないと思っいた。


「ほら、押部社長ってあんな大きな会社の社長ってだけでもすごいのに、押部グループの跡取りでもあるんですよ?

これってすごい、玉の輿じゃないですか。

乗っとかないと損かなーって。

だからみなさん、気にする必要はないですよ」


「朋香ちゃん……」


朋香は明るく笑い飛ばすが、みんなはまるで通夜のように意気消沈している。

そういうのは自分が悪いことをしているようで、落ち込むからやめて欲しい。


「心配事はなくなったし、これからはさらに忙しくなりますよ?

ほら、仕事仕事」


無理矢理笑って解散させるように手を振ると、みんな肩を落としたまま去っていく。


……みんなに笑って欲しかっただけなのに。


社長室に明夫とふたりになると、胸がずきずきと痛んだ。

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