5.契約続行の条件

翌々日、明夫と西井、そして明夫の右腕で技術部長の有森ありもり泰行やすゆきとともに朋香が再びオシベメディテックを訪れると、社長室に通された。


「今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」


「いえ……」


どんな無理難題を云ってこられるのかと戦々恐々としている三人の顔色は悪い。


反対にその前に座る押部社長は、押部尚一郎という名前が不似合いなくらい、外国人の風貌をしていた。


まるでタンポポのような明るい金髪、春の野原のような碧の瞳。

そしてそれらの優しいイメージを一掃するかのような、冷たい銀縁の眼鏡。


「そう恐縮ならさずに。

気楽に行きましょう?」


「はあ……」


押部は楽しそうに笑っているが、明夫たちは生きた心地はしないだろう。

死に神から喉元に鎌を突きつけられているにも等しい状況なのだから。

「それで、今日のお話というのは。

……若園製作所さんとの契約はいままで通りということと」


「はあ、やはり契約は打ち切り……。

えっ!?」


信じられないことを聞いた、とでもいうかのように明夫の顔が上がった。

ほかのふたりも聞き間違いじゃないのかと、顔を見合わせている。

そんな三人に押部はおかしそうに笑っている。


「ええ、契約はいままで通りで。

それと」


「それと」


神妙な顔になった明夫が、ごくりと音を立ててつばを飲み込む。

やはり、無理な注文が。


「今度、人工心臓の開発にも協力することに決まったんです。

奏林(そうりん)大の小木教授、ご存じですか?」


「ええ。

それが?」


朋香は知らなかったが、奏林大の小木といえば、日本では人工心臓研究の第一人者で、ペースメーカーの部品を作っている明夫たちももちろん知っていた。


「是非、若園製作所さんにも協力していただきたい」


「それは光栄ですが……」


それだけ技術を買ってくれていることは嬉しいが、開発にはそれだけ金がかかる。

二つ返事で、とはいかない。


「もちろん、こちらからも援助はさせていただきます」


「ありがたい話ですが……」


明夫たちが信じられないのも無理はない。

契約打ち切りの話できたはずが、契約は続行、そのうえ融資の話となると。


「ただし、一つだけ条件があります」


「条件、ですか」


若干浮つきだしていた明夫たちだが、押部社長の表情が急に変わり、姿勢を正す。



こんなうまい話が早々あるはずがない。

やはり、なにか無理なことを云ってくるに違いない。


「そこの秘書の方、社長のお嬢さんを僕にください」

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