3.押部社長

西井が、オシベが契約を打ち切るとの噂を聞いてきた翌日。

朋香と明夫はオシベメディテックの川澄部長を訪ねてきていた。


「今日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「いえ。

それで、お話とは?」


ソファーに座り直した明夫の後ろに控え、朋香は黙ってふたりの話を聞いていた。


「それが、その、うちの西井が、あの」


明夫は歯切れ悪く、その、あの、と繰り返しているが、これほど聞きにくいことはないだろう。


出てもない額の汗を拭きながらしどろもどろになっている明夫に対し、その前に座っている川澄はその長い足を組み、年上の明夫を見下すように薄く笑みを浮かべている。


四十二歳で大会社であるオシベメディテックの部長となれば、明夫など吹いて飛ぶ存在かもしれないが、それにしても失礼だと朋香は思っていた。


「うちから卸している、ペースメーカーのネジなんですが、その」


「ああ、そのお話ですか。

どこでお聞きになったのかは知りませんが。

確かに現在、他社の商品も検討中です」


「はあ、やはり」


噂が本当だとわかり、がっくりと明夫の肩が落ちる。

が、川澄は芝居がかった動作で組んだ足をほどくと、まるで内緒話でもするかのようにぐっと明夫の方へ身を乗り出してきた。


「ですが」


「ですが?」


じっと明夫の顔を見つめる川澄に、明夫ののどがごくりと音を立てた。


「私が聞いた限りでは、どうもあちらのものは若園さんのところとは比べものにならないほど、お粗末なものらしいのです。

なので、万に一つも変更はないかと」


「そ、そうですか」


顔を離し、大仰に頷いて微笑む川澄に、明夫もほっと安堵の笑みを浮かべた。


けれど、そんな川澄の表情に朋香は胡散臭さを感じていた。

来たときとは打って変わって明夫は明るい表情でエレベーターを待っていたが、朋香には不安しかなかった。


チン、到着を告げる音に俯き気味だった顔を上げる。


ドアが開くと明夫が慌てて道をあけた。


押部おしべ社長だ」


朋香も慌てて道をあけ、あたまを下げる。

ちらりと見えた男は金髪で、どう見ても日本人には見えなかった。


「こんなとこで会うなんて珍しいな」


社長一行を見送り、閉まり始めたドアに慌ててエレベーターに乗り込む。


「押部社長って」


「ああ、ドイツ人とのハーフらしいぞ。

俺も詳しくは知らんが。

……しかし。

とんだ杞憂だったな」


「……そうだね」


きっと、私の気のせい。

わざわざそんな、嘘をつく必要もないし。

朋香は感じた不安を、あたまを振って追い出した。

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