第3話 大規模な思春期



 武器屋や防具屋、俺の場合服屋もだけど。色々諸々は明日マールが案内してくれるということで、マールの実家である宿屋に半額で泊めてもらえることになった。

 かわりにノアールを触らせてほしいとマールに頼まれたが、ノアールがいいというので、いいよと承諾。


 宿屋はマールの父親とマールの姉の二人三脚経営らしい。ときどきマールも手伝っているようだが。


 駆け出しの冒険者がよく利用するらしく若い冒険者が目立つ。あと犬や、猫、鳥、動物も目立つ。馬はいいとして、牛と山羊と羊にはびっくりした。宿屋じゃないのここ?

 動物はマールが拾っては世話をしているようで、マールの姉ルルも「とうとう人間まで拾ってきたかと思ったわ!」と言われた。あながち間違いではないところが辛い。


 宿は風呂、トイレ共同。部屋にはベットと机と椅子があるだけだが、屋根があるって最高。


 さて、ここからどうするかな。とノアールを肩から椅子の背に乗せて背伸び。


 あー久々に動いて疲れた。明日は筋肉痛か。いや、筋肉痛が数日後に来たらどうしよう。歳だぞ、直ぐ来ないと年齢的なものを感じる罠だぞ……。と唸っている俺に対し、羽繕いを終わらせたらしいノアールが真面目な声で言う。


「マスター、まずは常識のすり合わせをしましょう。そしてギルドカードの情報を確認して受けれる依頼を受け、お金を貯めるのがいいのではないでしょうか。お金が無いとどこにも行けませんし」

「そうだな、調べたいものもあるし。……うん、情報を整理しよう。今は大陸歴三千十七年の葉月。俺が封印されたのは大体千年とちょっとの時だから、まぁ千年間封印されていて、あのよくわからない男に封印を解かれたって感じか」

「よくわからない男とは?」

「なんかすげぇ挙動不審で、妙に闇の力を欲しがってた男だった」

「あぁ、それは私の前のマスターですね。闇の力さえ手に入れれば俺は最強だ! とか言ってましたので」

「え、まじで。ごめん俺、頭突きしちゃったわ」

「……最高ですマスター」

「お、おう。ノアールがいいならいいけど」

「ちなみに魔王が封印された後、勇者は王都を治める王と結婚。現在の王族も勇者の血を引いております。千年間平和が続き、といっても人種間や魔物、国同士の小競り合いなんかはありましたが、いたって平和な世界です」

「で、そこに封印を解かれた俺が登場ってわけか……うーん、別に魔王をするつもりないしな」

「あ、やっぱりしないんですね?」

「やっぱりってなんだよやっぱりって」


 「マスターから邪気のようなものを全く感じませんので」とケロッというノアール。そうか、動物だからそういう気配には敏感なのか。意外と人間はそういうのに鈍いからな、その隙を魔物につけ込まれて滅亡した国もあるほどだ。


「いやさ、なんか魔王になる前の、普通の田舎少年の俺に戻ったというか。無駄に俺なんでも出来るし、こんな理不尽で最悪な世界なんぞぶっ壊しちまえ! っていう感情が無くなったと言いますか」

「……封印されて大人になったんですね」

「やっぱそんな感じだよなぁ、うわぁ、世界を巻き込んだ思春期とか最悪……申し訳なさすぎる」

「大規模な思春期でしたね」

「ううう、申し訳ない……」


 恥ずかしすぎる! とベットの上でのたうち回れば「なら今度は世界を救ったらどうですか?」とノアールがいう。おう大規模な事をさらっというなこの鳥め!


 といっても平和な世の中だし、俺の中には魔王の力も残ってはいないだろうし。

 罪滅ぼしではないが、出来る範囲でちょっとだけ世の中に貢献しつつ、普通に生きたい。俺最強TUEEEEEEEEE! はもういい。普通が一番です。


「そうだな、折角出てこれたんだし。当面はこの町を拠点にして色々探ってみるか」

「その意気ですよマスター」

「うんうん、ノアールは頭がいいな。俺はそんな頭よくないからさ、頼りになる」


 嘴の下をそっと撫でると気持ちよさそうに「カラスですからね」と嬉しそうな声でいう。嘴の下らへんは触っていいんだな。了解した。


「今日はもう寝よう。んで明日は俺の服とかノアールのとか、色々調達して、能力確認も明日でいいか」

「ではギルドの依頼挑戦は明後日ですね?」

「いんや、その前に調べものあるからそっち先かなー。まぁ明日考える! 寝よう!!」


 「かしこまりました。おやすみなさい」と椅子の上で寝ようとするノアールをベットの上に乗せ、「好きな場所探して寝ろよー」と伝えて毛布をかぶった。


 封印されていた時は寝ていた、というよりもどこか不思議な場所にフワフワ浮いていた。という感覚があったため、寝るという行為をどうやってするのか忘れてしまっていた。


 依頼挑戦の前に睡眠だなぁ。と毛布の中で寝たふりをしていれば、頭の横に羽毛が。

 よしよし、いい子だ。とすり寄ってやれば安心したのか寝息が聞こえ始める。


 前の契約者の所為だろう、ノアールの距離感がどうも遠かった。

 初め肩に乗せる時も不安げな顔をしていた。俺に落とされないかとかいう不安もあっただろうが、契約者に捨てられないよう、距離間を測っているような感じだ。


 それに、ノアールと初めて会った時の傷は、魔物ではなく人によるものも含まれていた。

 人に翼を折られて放置、そして魔物に攻撃されたんだろう。

 ……あの男、二、三発なぐっときゃよかったな。多分死んではいないだろうから、次会ったら殴って蹴飛ばそう。あ、腕を折るのもいいな。うんうん、いい考えだ。




 俺のモノに手を出したことを、後悔するがいい。




 狂気が心を、一瞬支配した。瞬間ぶわり湧き上がった力。


 やべっと、深呼吸すれば元に戻て、ほっと息を吐きだす。

 やばいな、魔王の力がまだ少し残ってるのか……?

 そうだったらコントロール出来るようにするか、使い切るか。使え切れたらいいんだけどな。あんな力もういらねぇし。


 もそり、ノアールが動いた。起こしてしまったかと横目でみれば、気持ちよさそうに寝ている。


「俺も寝よ」


 目をつぶってれば寝れるだろ。と目を閉じて、ボーっとしていれば、思考はどこかへとんでって。




『我は魔王なり!』




 ドシャッ! とベットから落ちる音がした。

 ……あぁ、首が痛い。




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