第2話 夏祭り 壱

 時刻は四時四十五分。

 待ち合わせは祭り会場の入り口であるココだった。十五分も早くからここに立つことになったのは、自分がなにも五分前行動を目指す真面目君だからではない。ただ単に早く来ていたらこうなっただけ。

 あいつとの待ち合わせを守らなかった時に、どういう仕打ちが来るのかを、恐れていたわけではない。

「賢斗早いね」

「ん。早く来てみた」

「……そこは『待ってないよ。俺も今来たところだ』とかカッコつけるところじゃない?」

 誰がそんなことをするんだ。

「俺はただ……待ち合わせは守るタイプだから」

「そだよねー、昔からそうだもん」

 そんな話は置いといて、俺は紫音の服装を見た。浴衣だ。水色の生地に真っ赤な金魚が泳いでいる。帯は同じく赤い。頭にはかんざしをつけていた。

「……浴衣?」

「だって夏祭りだもん」

 俺の服装はというと、カーゴパンツにTシャツといったラフな格好。上にチェックのシャツを羽織って、腕が出るように捲っている。だから浴衣の紫音と並ぶと格差があった。

「どう? 可愛い?」

 この会話は俺にしていいのだろうか。

「……に、似合ってるけど」

「そう!? ありがとー」

 まぁ喜んでいるのならいいか。いいや、この話題が疲れた。

「それより、さっさと行くぞ」

 踵を返して歩こうとすると、紫音が俺の背中を見て疑問の声。確かに俺は夏祭りに行くには似つかわしくないものを背中に背負っていた。案の定、それが目についたのだろう。

 詩音はそれを指さした。

「……それよりさぁ、なんで竹刀ケース持ってるの?」

 俺はギクリとする。

「え? あぁ……ほら、俺って剣道やってるじゃん? だから、稽古の帰りというかさぁ? だからだよ!」

「あぁ。そう。ならいい」

 なんとか誤魔化せたようだ……。

「ほら、行こ」

 この祭りでなにも起きなければ、コレを使う必要はない。こいつを巻き込むのだけはやめて欲しい。

 なにも起きないでくれ、頼むから!

「なんでちょっと顔が青ざめてるの?」

「……そうかな? 疲れてるせいかも」

 夏祭りっていうのはなんでこうも人が多いのだろう。見渡しても人、人、人。俺は人を見に祭りへ来たのではない。

「綿あめ美味しい。賢斗もいる?」

「……いらん」

「甘いよ?」

 覗き込む紫音の瞳が自分を射抜く。

「……じゃあ一口だけ」

「はいはーい」

 いいんだろうか、こいつは。俺たちは恋人同士ではない。ただの幼馴染だってのに、こういうのは本来……。

「食べないの?」

 いや、考えすぎだろう。

「いや。もらう」

 こいつがそういうのに鈍いだけなんだから。俺のことなんてどうも思っていないだろうし、元々デリカシーのない紫音のことだからコレも深い意味なんて――。

「ん? どうしたの?」

「……なんでもねぇよ」

 この時までは平和だった。なんでもない夏祭り。紫音がちぎってくれた綿あめは、甘く口の中で溶けていく。

 頭の上に火が上がり、闇夜を照らす。

「わぁ、キレイ……」

 紫音がそれを見て声を上げた。

「……」

 俺はその時、それを

「どうしたの、賢斗」

「いや、なんでも……」

 それでも俺は逃さなかった。みてしまった。どうしよう。紫音を誤魔化せる理由はなんだ。こいつを置いて俺がここを立ち去る良い言い訳はなんなんだ。

「しおっん……」

「きゃっ」

 気付いたら俺は紫音の手を握っていた。彼女の手を強く引っ張ってしまい、紫音が足元の石につまずいて転んでしまったようだった。普段スニーカーを履いている紫音は、今日は浴衣ということもあり下駄を履いていた。

 慣れなかったのだろう、足元は赤くなっていた。

「大丈夫か?」

「うん……、浴衣汚れちゃった」

「ごめん。引っ張っちゃった」

 俺は転んでしまった紫音に手を伸ばす。

「ヘェッ!? あ、あ……それは大丈夫! ビックリしただけだから!」

 紫音は顔の前で手をブンブン振っていた。

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