第7話 人の信じ方

当時、仲良くしていた女の先輩がいた。

学校の先輩で、何がきっかけかはよく覚えていないけどよくしゃべるようになって、すでに授業もあまりない高校三年生だった彼女は、学校が終わると車の免許を取るために足繁く車校に通い、その帰りにいつも連絡をよこしてきては晩御飯を食べるような関係だった。

背が低かった僕を弟みたいに思ってくれているように感じていて、僕も嬉しかったから、彼女によく日頃の悩みとか、ライブの話とかをよくしていて、学校はあまり顔を出さなくなっていて、夏場よく遊んでいた先輩たちも地元を離れていたから、彼女と遊ぶのはとても楽しかった。


12月ももう終わる頃くらいに彼女に告白された。

彼女が僕のことをどう思っているかとか、彼女が僕と過ごしていてどう思っていたのか、大して考えていなかったことにその時に気付いた。

同時に、「しまった」とも思ってしまった。

こうなってしまう前に、もっとだらしのないところを見せておくんだった、とか、いっそ嫌われて仕舞えばよかったとか。

とにかく、向けられた好意を、自分は気持ちが悪いと思ってしまった。


あおいちゃんにふられたから、とか、最近読んだ小説の主人公が女が嫌いだったから、とか、そんなことではなくて、でもなぜか気持ちが悪く思ってしまった。

後から気づいたことだけど、僕は付き合った後のことを考えて気味が悪くなってしまったのだと思う。

ライブハウスでも、クラスでも、インターネットのSNSでも、女は付き合った男や性行為をした男のことをネタに笑っているような人間ばかりだった。

それは僕が憧れていたツルゲーネフの小説とも、ハイネが詩集で唱えた言葉とも、似ても似つかないグロテスクな光景で、僕はそれがとても嫌いだったのだ。


付き合ったら何を言われるんだろう。

学校で何を言いふらされるんだろう。

別れてからも嫌われ続けるんだろう。


「いや、その、ごめんなさい」としどろもどろで断って、僕は家にすぐ帰って、怖くなってラインもメールもブロックして寝た。


彼女は優しい人だと思っていたけど、それからたまに学校に行けば上の学年の先輩につっかかられるようになった。

彼女はとてもモテる女の子だったから、そのやっかみなのかもしれない。

当時僕は髪の毛を伸ばしていて、サラサラの髪質だったんだけど、それをすごくからかわれた。

「女みたいな髪型をしやがって、気持ち悪い」と言われることも多かった。

ああ、きっとみんなに言いつけたんだ、あの女。

僕はひどく落胆して、ほら、女なんてこんなもんだ、最低だ、と、一種開き直るみたいに思った。


1月の終わりくらいだったと思うけど、僕は突っかかってきた先輩を水筒でぶん殴って怪我をさせてしまった。

すぐに職員室に引っ張られていって、何人も先生に囲まれた。

解放されて、一人暮らしをしていたアパートの大家が迎えに来ることになり、学校はしばらく謹慎、反省文を出すことになった。


大家を待っている間、僕が一年間仲良くしていたクボタ先生という人が一緒に待っていてくれた。

彼は学校でも弾きものだった僕に優しくしてくれる唯一の先生で、この日も彼が働きかけてすぐに解放されたのだ。

先生は少し呆れた顔で笑いながら「男だもんなぁ」といった。

僕はぶあいそに「髪、すげぇ短くしてやるよ、二年生から」というと、先生は頭をかいて「アァ、そのことなんだけど」といった。

「実は、この学校やめることにしてな、赴任して一年だけど、どうにも会わなくって。大学で研究をすることにしたから、お前も大学生になるんだったら、うちに来いよ」と、言いにくそうにまくし立てた。

僕はびっくりして、どうして辞めちゃうんだ、あんなクソどものせいで先生がいなくなることないじゃないか、といった。

先生は困ったように笑った後、「大人にはいろいろあるんだ」といった。


大人になったらいろいろある。

そりゃあ、周りから人間もいなくなるし、人にも疎まれる。

でも、それは大人になったからって分かる話なのか。

未だによくわかってないからそんなこともないんだろう。


結局3月を待たず先生はいなくなった。

退職してしばらくして先生から手書きのハガキをもらった。

「男なら何かを成し遂げろ、応援してるぞ」と書いてあった。

それから先生には結局、挨拶すら行ってない。


結局、あけみちゃんをデートに誘ったのは、謹慎を食らって少し経った2月に入ってからだった。

駅前で待ち合わせをして、昼間少し遊ぶことになっていたんだけど、僕はデートだというのに、本当に適当な服装で出かけた。

髪はその日の午前中に短く切ったばかりでまだまともだったけど、歯も磨いてないし、服も床でしわくちゃになったネルシャツを羽織っただけ、当時集めていたピアスとか指輪すらしていない始末だった。


待っていると、前をあけみちゃんが歩いてきた。

ロングスカートみたいなのを履いていて結構清楚な感じなのに、金髪と短く沿った眉毛、ピアスのジャラジャラについた耳が浮いていた。

「お待たせ〜、長いことたったし忘れられていると思ってたよ」といった彼女に、僕も僕で素っ気なくかえして、とりあえず僕らは僕が見たがっていた洋画を見ることにして映画館に入った。


映画を観終わって僕らは喫茶店に移動した。

駅の近くのビジネスホテルの裏に落ち着いた喫茶店があって、やや値が張るが客層が静かで気に入っていた。

映画の感想を彼女が一方的に喋っていて、けど僕はというと上の空だった。

退屈している僕に気がついたのか、彼女が音楽の話をふってきた。

「私、兄貴が聴いてた洋楽がすごく好きで聴いてるんだけど...アークティックモンキーズって知ってる?」

アクモン?アクモンを聴く女?いるかこの世に?

僕は少し興味が出てきて、若干難しめの話をした。

「アァ、アクモンか、いいよね、最近出てきたガレージロックリバイバルというか。でもビートの感じとかはニューウェーブの影響も感じさせてかっこいいよね、ボーカルは早口でまくしたてるのが新しいよな。よかったら今度ブロックパーティとかも聴いてみてよ、かっこいいから」

「ブロックパーティ聴くんだ!かっこいいよね〜、全然音楽関係ないけどボーカルが黒人だからなんか歌詞の内容も説得力でるっていうか!ってか君、頭悪そうだけど英語読めるの?」

おい、イケるなこの女、てか最後に凄く失礼なこと言わなかったか?


結局昼過ぎに解散して、近所の仲のいいケーキ屋にでも寄っていつもどおり賞味期限の切れたケーキを乞食しに行こうとしたのに、夜の7時くらいまで話し込んでしまった。

邦楽はGRAPEVINEが好きだと言っていて、僕はsyrupとかART-SCHOOLを教えてあげた。


帰り道、駅まで送る最中にもいろんな話をしていたんだけど、アァ今日は楽しかったなぁー、また遊びたいなー、みたいな、いたって健全な高校生男子のような思考で頭がいっぱいだった。

ただ自信のない性格だったので、いや、でもあけみちゃんは僕のことをどう思っているかわからないぞ、joy division聴かせた時正直引いてたし...と悶々としていた。

しかし、杞憂はよそに駅が近づいてきた歩道橋に登るくらいのところで、あけみちゃんが「今日は楽しかったし、今度は私の家の近くで遊ぼうよ」といってきた。


僕はすごく安心したんだけど、と同時に短絡的な思考に陥ったのが自分でもわかった。

当時の僕は女の子と付き合うことはあっても正規の手順で付き合ったことは実は一つもなかった。

大抵ナンパか、友達の彼女を横取りするか、やっちゃって付き合うかくらいだったので、僕はこのあと非常に間抜けな行動をすることになる。


僕はめちゃくちゃちっちゃい声で「俺と付き合わないか」と言った。

OASISを辞めたあとのノエルギャラガーが、アコースティックセットでwonderwallをやる時くらい小さい声だった。

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