第6話 拠り所のあきらめ方

才能の及ばなかった人間の末路は大別して三つある、と、中学の頃仲の良かったジジイが言っていた。


一つは、その才能をあきらめきれずに、通用もせずすがりついて落ちるところまで落ちるやつ。

一つは、それをあきらめて、別の自分の才能を見つけることに注力して拠り所とするやつ。

一つは、妥協して人生を歩むやつ。


「俺はどっちかなぁ」と笑いながらぼやくと、「まだ若いくせに」と笑う。

若いというのは言い訳にはならねぇだろカス、とは言えなかったけど、僕はそんなことを思ったのだった。


人生で一番思い出したくないのは確実に高校一年生の頃の12月だ。


12月、親友が入院した。

その女の子は中学の頃、僕がインターネットゲームで知り合って仲良くなったこれまた親友の妹で、同じ年だった。

明るく笑う子で、なぜこんな男の妹がこんなに健やかに育つのかは謎だったし、それは僕の妹にも言えることだった。

当時、友達と呼べる人間がいなかった僕にとってみれば、彼ら彼女らが世の中の全てと言っても過言ではないくらいで、要は大好きな人だった。


ゆうこちゃんというのだけれど、確かに彼女は体こそ風をよく弾いていたし弱い方だったけれど、すごく健康に見えたし、高校を辞めて入院した、と聞いて、すぐに病院に飛んで行った。

東京のすごく賢い高校に進んで、この先順風満帆に行って、もう会うこともないと思っていた。


病室に行くと、相変わらず元気そうで、ああ、入院といってもこんなものか、治ったらまた復学するんだろうな、とも思った。

ずっと彼女は教えてもらったsyrup16gを聞いてて、ハミングバードが好きだ、とか、洋楽だと未だに君の好きなマイブラは良さがわからないとか、一番僕が話しやすい音楽の話をしてくれた。

病室は個室だったし、僕は少し大き目の声で話していた気がする。

またお見舞いに来るね、と言って病室を出た。


同時期に、僕の先輩が睡眠薬を過剰に飲んで自殺を図ったことがあった。


カラオケが趣味の歌のうまい先輩で、ライブが決まって歌の練習がしたかったからカラオケで色々教えてもらっていて、帰りにはバイト代でいつもパフェをおごってくれた、僕は甘いのが嫌いだったけど、嬉しかったので三回目くらいまでは頑張って食べた、4回目からはチーズケーキにした。


ある日、鮫島くんから電話がかかってきた。

鮫島くんは少し気落ちした声で、「イワが入院した。薬をたくさん飲んだらしい。病院に行こう」と言った。

僕は変な声を出してしまって、そのあと、訳も分からぬまま電話を切って市民病院にチャリンコで駆けた。

イワさんはそんなことをするような人じゃなかったのに。

僕は気が気ではなく、到着していた鮫島くんと面会に行った。


イワさんは眠っていて、代わりに彼のお母さんが面会してくれた。

イワさんは進学クラスに通っている人だった。

ロクでもない連中だった僕らの中では一番まともな人だったと思う。

彼は人生に悩んでいたようで、お母さん曰く、受験のストレスとか、将来の不安とか、そんな他愛もない、みんな抱えているような悩みなのだという。

そんな悩みでも、人によっては重さは違う、小説で読んだのを真似して、もらっていた睡眠薬を多く飲んで意識を失い、たまたま不審に思ってやってきた担任が見つけたそうだ。


僕は、そうなるまで放っておいた周りの人間にも、何食わぬ顔をして彼とパフェを食っていた自分にもほとほと嫌気がさしたし、苛立った。

僕だって、辛いことはたくさんあって、死んでしまいたいとまで思ったことはなくても、追い詰められたことがあったのに、それを人に当てはめて動けなかった。

とても自分が情けない人間のように思えた。


イワさんには結局未だに再開できずにいる。

一度電話をかけたら、今は地元の大学に通っていると明るく言っていた。

「ライブ行けなくでごめんな」とずっと言っていた。

そんなことどうでもいいのに。


病院の帰り際、泣いて自転車がこげない自分の横でずっと鮫島くんは肩を撫でてくれた。

「ヤンキーがそういうことするなよ、ずるいだろ」というと、「少女漫画の受け売りだ」と言った。


相変わらずバンドはスタジオに入って曲を作るの繰り返しだった。

ライブは数本こなしていってみんな慣れてきたのか、曲とかライブを俯瞰的に見れるようになっていたと思う。

まっさんは僕とよく喧嘩したけど、いいコンビだったと思う。

それをなだめるそうちゃんも。

ある日、そうちゃんの下宿先で三人で酒を飲んで話をしたことがあった。

みんな、将来の夢を語り合っていた。


そうちゃんは小説家になりたい、と言っていた。

だから大学に進んで文学の研究をしながら小説を書く、と、恥ずかしそうに語った。

まっさんはバンドで成功する、俺はロックスターになる、と、ケータイでレッドツェッペリンを流して熱く語っていた。


当の僕はというと、16にして夢を2回も諦めていたので、口に出すのが憚られた。

最初、僕は野球選手になりたかった。

のだけれど、先輩にいじめられたり、へたくそでコーチに嫌われていて試合にも出れず、結局小学校でやめてしまっていた。

次はお医者さん。

ただこれは、僕が単純にバカで、普通科の高校に受かる自信がなくて諦めた。


行く先行く先で、自分が何もないし、何の才能もないことをこれでもか、と突きつけられてしまっていた僕は、この歳にしてとうとうまともな期待を物事に抱けなくなってしまっていた。

将来の夢の欄が真っ白く抜け落ちた卒業文集と、裏表紙にゆきみちゃんだけが書いてくれた「大好きだよ!」の文字は、そんなんだからなんだか笑えてしまう。


僕は、少し考えた後、「俺も、バンド」と笑った。

その後、syrupのライブDVDを見た。

三人とも、青木のギターが大好きだった。


クリスマス前、いつものようにみんなでファミレスに行くことになった。

集合すると、いつも見た顔がいなかった。


「鮫島くんは?」


鮫島くんは、結論から言うと、僕が知らない間に学校を退学になっていたらしい。

そして、今は東京に行って地元にはいない、誰一人連絡がこなかった、と。

酔って暴れたとか、気にくわない先輩を半殺しにして失明させたとか、結局真相はわからない。

鮫島くんは、僕と一番仲のいい先輩だった。

そんな彼が、僕に何も言わずに消えてしまったのは、其れなりの理由があるのだろう。

僕はあまりにも悲しくて、ファミレスからすぐに出て家に帰った。

歩いている最中、電話をかけたけど出てくれなかった。

後ろではファミレスの明かりが光っていて、僕はゲロを吐いたんだけど、ピカピカと明かりでゲロが光っていた、昼食った豚骨ラーメンの油だろう。

僕は、「最悪だ」とつぶやいて泣いた。


夢なんてかなわないやつの方が多い。

多いんだけど、どうして自分は大事なものもなくなってしまうのか。

妥協して生きればいいけど、妥協して生きるには大事なものがなくなりすぎだろう。

なくなることにもなれなくてはいけないのだろうけど、僕は未だになれない。

親と仲が悪いことを変に思われるのも、昔の失恋をからかわれるのも、髪型を馬鹿にされるのも、肌が黒いことをいじられても、全部慣れたけど。



ある日のスタジオ帰り、いつものコンビニに寄った。

ミニッツメイドとおにぎりとチキンラーメンを買った。

レジの女の子はまたあの可愛い子だった。

元気のなかった僕は、談笑にも応じずに、お金を払った。

「あ、そうだ」

僕はタバコを買い忘れたのに気がついて、「124番の、ください」と言った。

「え、未成年でしょ、あなた」と女の子が笑った。

「勘弁してよ、常連じゃんか」というと、「ダメです!まぁ私も吸ってるけど...」とちょっとおどけてみせた。

ああ、この子は可愛いなぁ、いい子だなぁきっと、と思って、寂しく毎日生きている自分と比べて惨めになった。


タバコを受け取って、お金を払うタイミングで、僕は彼女に「今度デートしませんか?」と聞いた。

彼女は「えっ!」と驚いて、少し恥ずかしそうに後ろを見た。

他の店員がいないのを確認した後、彼女は「...じゃあ、連絡先、教えて」と笑ってくれた。


僕はさっきのレシートにささっと電話番号を書いて渡した。

「ありがとう」と言って、彼女も「どういたしまして」と言った。


「名前は?」

「あけみです、変な名前でしょ」と笑う彼女が僕は好きだった。

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