第5話 ライブのやり方
ライブ前、大概は顔合わせと言って、出演者やスタッフとフロアで面をつき合わせる、僕の嫌いな儀式がある。
人見知りだった僕は当時これが本当に嫌で、「なんでこんな奴らに今から歌うやつだと思われなくてはいけないのか」と本気でイライラしていた。
僕らはメンツの中では一番若いバンドだったらしく、まっさんが年上に声をかけられて雑に返事をしていた。
バンドマンとか、こういう場合は礼儀が大事ではないんだな、と間違った認識を抱いたのはこの時で、この瞬間から多くの受難が待ち受けているとは思わなかったけど。
リハーサルは滞りなく進み、若干楽器の音の話で喧嘩になったがそうちゃんが上手く仲裁に入り、まっさんと僕はお互いの折衷点で納得した。
リハの後、三人で近場の喫茶店に入ったのだが、まっさんはいきなり敵意むき出して「あいつらは徹底的に潰す」と念仏のように言っていた。
おいおい、バンドってそういうことなの?と思っていたら「それにはお前の歌もかかっている!」と言われ、普通にモチベーションが下がった。
こんな時にスタジオの横にあるコンビニの可愛い子が来てくれたらな、そうじゃなくても、せめて可愛い女の子...と思っていた。
出番は7時過ぎ。
僕たちは楽屋で体を温めていた。
まっさんは珍しく緊張しているようで、緊張をほぐすためにディープパープルを何回も弾いていた。
そうちゃんと俺は談笑していた、え、マジ?アマガミってバッドエンドあるの?
ところで、ライブハウスには対バンを見るのは礼儀、という謎の風習がある。
まぁ見ておけば見ておいたで打ち上げでの話には困らないし、思わぬつながりができるかもしれない、みたいな理屈らしいが、僕らはカッコよくもないし気になりもしないバンドのライブを見る気にはなれず、結局建前をしっかりと守って耐えきるのが苦痛で早々に見るのをやめてしまっていた。
楽屋で僕らがくつろいでいると、ライブハウスの店長だ、と挨拶をしていた男がは部屋に入るなり、まっさんに嫌味を言いだした。
「対バンも見ないでいいご身分じゃないか?」
まじか、漫画以外でこんな露骨な皮肉は初めて聞いたぞ。
まっさんもまっさんで「げげっ!」という昭和のサンデー漫画みたいなリアクションを取り、そうちゃんはそれを無視してずっとアマガミの話をしていた、え?俺は棚町薫が好きかな、とか言ってた。
後々聞いたが、二人はお世辞にも仲良しというわけではないらしく、よくもめていたらしい。
まっさんは実力がある分、周囲の実力にも納得していなかったし、自分の実力を高く評価しているのもあって周りには辛辣だった。
それが大人たちには目に付いたんだと思う、もちろん、期待もされていたが。
二人は言い合いをしていて、僕らは気まずくなって黙り込んでしまった。
「いいから見とけって、俺が集めたバンドだぞ。まぁ...こいつは頼りないがな」と僕をちらりと見た。
まぁ実際、貢献度はこの中で一番低いが、それをライブ前にいうか?と僕も頭にきて立ち上がった。
「あ?」とまっさんも立ち上がり、そうちゃんが「おいおい」と間に入る。
「お前の方こそ見とけよ」と、僕は何の根拠も自信もなく凄んだ。
「たぶん、終わった後には評価が逆転してると思うよ」
ライブは進んで出番10分前になった。
僕らはセットリストを確認して、儀式的に円陣を組んで背中を叩き合った。
さっきは喧嘩したが、ありがたいことにまっさんはあっさりした性格で根に持つことはないし、僕もすぐに切り替えがうまくいくタイプだった。
転換が終わって前のバンドが出て行き、いよいよ僕らの出番になった。
ベースを持ってアンプをセッティング、三人が定位置についたところで、手を上げてBGMを止めた。
客はまばら。
あかりは暗い。
二回目のライブだけど、不思議と緊張はしなかった。
僕は腹に息を吸い込んで、一つ目のメロディを歌った。
ライブは自分たちが思ったよりもすんなりと終わって、気付けば最後の曲が終わり、僕たちは向かい合って楽器をめちゃくちゃに鳴らしていた。
とても気持ちが良かった。
まだ僕が10代前半だった頃、ここまで気持ちのいいものには出会えなかったし、鬱屈した日々を回想して、こんなに充実感が得られたことが誇らしくて、涙が出そうだった。
「大袈裟だな」とまっさんが笑った。
そうちゃんはドラムセットを叩きながらニコッと微笑んだ。
ライブの後、二人は思いの外僕のことを褒めてくれた。
「楽器隊は三人とも細かくとちったけど、お前の歌が良かったよ」と言われて不思議な気持ちだった。
ああ、でも気持ち良かったな、生きてて一番気持ちが良かった。
あおいちゃんにも見て欲しかったな、などと、もう嫌いになった人のことも思い出してしまうのは良くない癖なんだろう。
何はともあれ、全力は尽くした。
たった5曲も、大事な5曲になってくれた。
後は打ち上げだ。
打ち上げはライブハウスの中のバーカウンターで質素に行われた。
僕らは対バンも見ていないし、ジャンルもnirvanaやアリスインチェインみたいなハードコア寄りで、周りはギターロックだったから浮いていたせいか、誰も話しかけてくれなかった。
けど、僕らはライブの多幸感で満たされていて、三人でずっとゲームの話やアニメの話をしていた、僕は釘宮理恵の話をしていた。
すると、スタッフの女の子が声をかけてきた。
精算、と言って、ライブチケットのノルマやチケット代のバックの話などがある。
僕らはこの日、五枚のチケットを売っていたので、ノルマにはあと二人ほど足りず、あとで三人で4000円を払うことになっていた。
精算を行う事務所には、先ほどの店長らしき男とPAをしていたおっさんがいた。
僕らは簡易的にシステムの説明を受け、お金を払ったあと、店長は今日のライブの感想を尋ねてきた。
三人共黙りこくって、結局最初に僕が口を開いた。
「気持ちよかったよ、すごく」
店長は「そうか」と短く言ったあと、「マサ、今後の予定はあるのか?」と聞いた。
まっさんは「え?」と間抜けな声を出した。
「え、次もあるの?」と言っていた。
実は今回のライブはそれなりに大事なものだったようで、ヘタなライブをすれば呼んでもらえなくなるかも、ともいっていた。
この店長企画のライブイベントは、地元を代表するバンドがしのぎを削っているような企画だったらしい。
もちろん、バックのドラムの技術だのみなところや、ギターの演奏が荒いこと、僕の歌がまだヨレヨレなこともあるが、店長はそれでも「いいじゃん」と言ってくれた。
僕は人に認めてもらったことなんてほとんどなかった。
小学校の頃、僕は足が遅くて、体育の授業ではいつも惨めな思いをしていたし、頭のいい同級生が算数の授業で代表して答えているのが正直羨ましかった。
喧嘩だって強いわけじゃない、ガラの悪いグループにいても、鮫島くんがいなければ僕は今頃ボコボコだろう。
人が自分のことをちゃんと他人だと認識して、自分のことを評価してくれるのが、たまらなく嬉しかった。
何より、今日ステージからたくさんの視線を浴びて、光の中で汗をかきながら何かを夢中でするという行為がたまらなかったのだ。
打ち上げが終わり、次のライブの予定も決まり、僕は「...新曲作ろっかな」と一人でぽつりと呟いた。
帰り際、いつものスタジオの横のコンビニでジュースを買った。
レジには僕がいつも可愛いなぁと思っている女の子がいて、少しだけ緊張した。
その日、「いつも来てくれるね」とその子に話しかけられた。
僕はあっけにとられてまともな返事が返せなかったけど、楽器を見てその子は「私の兄さんもギターとか弾くんだよ〜」と笑っていた。
そこからはあまり覚えていないが、頭の中で銀杏BOYZのベイビーベイビーがエンドレスリピートしていた。
日本語のバンドもいいもんだ。
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