第4話 曲の作り方
冬に差し掛かりそうな季節に、僕はツタヤで本を物色していた。
探し物は当時集めていたオールラウンダー廻の新刊と、音楽理論の本だった。
バンドのデビューが決まったはいいものの、曲はすっからかん。
せいぜいあるのはまっさんがリフを二種類持ってきて強引にメロディをつけた2曲だけで、最低でもあと3曲はなければライブはできない。
形から入るタイプだった僕は、「本で理論さえ身について仕舞えばあとはぱぱっとやって、終わり!」くらいに思っていた。
しかし、探してみれば案外と言っていることは難しく、小難しい本になってくるとやれスケールだ、やれアドナインスだ、とやかましい。
僕はさっさと家に帰って廻の新刊が読みたかったのと、ここで選んだところで無駄だ、と思い、結局表紙が可愛かったボーカロイド初心者講座みたいな本を買った、確か初音ミクのイラストだけ楽しんでほとんど読んでいない。
帰りに先輩たちの会合に顔を出した。
みんな高校卒業を間近に控えてようやく、将来に関して焦りだしたのか、なぜか運転免許をいつ取りに行くか、みたいな話をずっとしていた。
僕は内心、「免許とってあなたたちの前科が消えるわけでは...」とも思っていたが口には出さなかった。
一人の先輩は外国に石油を掘りに行く、とわけのわからない話をしていたが、後々調べると本当にそういう活動の募集があったらしく、本当に行ってて笑った。
それでも先輩たちの卒業や地元から離れることは思いの外寂しく、同級生に友達のいなかった僕と仲良くしてくれた先輩たちだ、面と向かって馬鹿にしたり、影で馬鹿にしたり、心の中で馬鹿にしてはいたが、僕にとってはなんだかんだと大好きな人たちだったんだなぁと思った。
先輩たちの中に一人、イナゴさんという人がいた。
名字がイナゴで、本名だったんだけど、なんかバケモンみたいな名前だなぁと常々思っていた。
イナゴさんは親の仕送りがなく、普段は彼女からもらったお金をパチンコで灰にして生活費を稼いでいて、いわゆるパチプロだった。
イナゴさんは、食の細い僕を面白がって食べ放題に連れて行き、僕が食べられずに悶絶する様子を眺めて笑っていたり、僕が読んでいた芥川龍之介を「辛気臭い小説」と言って、怒った僕と取っ組み合いをしたりする程度の中だった。
イナゴさんの家は親戚の空き家を借りているもので、二階建てだったんだけど、遊びに行くと毎回、入り口でコバエのたかった大きなゴミ袋が出迎えてくれた。
「汚くてすまないな、片付ける気が起きなくて」と笑うのが印象的だった。
二階がイナゴさんの部屋で、僕はよく彼の家でマリオパーティを二人でやっていた。
強めに設定したCPのデイジーには結局一度も勝てず、僕のピーチ姫とイナゴさんのワリオはいつも一位が取れなかった。
鮫島くんが言っていたけど、イナゴさんは家の人と折り合いが悪かったようだった。
鮫島くんの実家から送られてきたカップラーメンをたまに一緒に食べたのだけど、いつもその時は「親と仲ええのは、ええな〜」と若干ダウンタウンのまっちゃんみたいなイントネーションで笑っていた。
だからなのか、彼は人が寂しいのを見かけると放っておけないところがあったんだろう。
僕は昔からうつむきがちに歩くのが癖で、いつも帰宅の道はイヤホンで音楽を聴きながら歩いていたんだけど、僕を見かけると飛んできて肩を叩いてくれた。
イナゴさんは実家のある地方に帰って家業を継ぐと言っていた、恩返しとかなんとか言っていたけど、イナゴさんがこっそりジャニーズの面接に応募して落ちたのはみんな知っていたので、僕たちはいろいろ察した。
イナゴさんと最後にあったのはその日で、帰り際、イナゴさんが「お前を真似して、今日ツタヤで買ったんだ」と、村上春樹を見せてきた。
僕は村上春樹を読んだことはない。
けど、いつも村上春樹を見ると、彼を思い出すのだ。
ちなみに、イナゴさんは童貞だった。
村上春樹を読んだ感想だけは、未だに気になっている。
さて、曲を作る必要のでてきた僕は、とりあえず有名なソングライターの作曲方法を調べて行った。
まずは宇多田ヒカル。
僕は何を隠そう、小学生の頃から彼女を敬愛してやまなかった。
中学で洋楽に傾倒して、若干だが邦楽を馬鹿にしていた時も、宇多田ヒカルだけは別格だと思っていた。
そういうわけで、まず参考にしようと思ったら、飛び込んできた文字は「私はドラムループのトラックを作ってから、そこのイメージを膨らませていく」
何を言っているのかサッパリだった、若干宇多田のことが遠い存在に感じられた。
こんなもの参考にできるか!と諦めて、いろんなバンドやアーティストの作曲方法を調べてはギターを鳴らしてみた。
途中、Fのコードが押さえられず、諦めて抑えやすいFadd7で代用した。
この悪い癖は後々まであとをひき、僕は未だにバレーコードが押さえられない、未だに中間の弦の音が「カシュッ」っという。
一通り知識を仕入れた状態で曲を作ってみようとしたが、全くと言っていいほどいいメロディが出てこなかった。
客観的に見て前にいた粘土よりもよくなくて、「あいつよりは音楽好きなのに...」と悔しくなって躍起になって作った。
数日作ったところで、自分にはメロディを作る才能がない、と気付いた。
こうなってしまっても曲を作るのは僕しかいない、これは死に向かうレースなのだ、どうせ「無理でした」となってもあのクソに怒られるに違いない。
ただあのクソも、すかしたイケメンも頑張っているのだ、たまのスタジオの二人の真剣な表情は、俺がこれまで見ることのできなかった表情だったし、正直惹かれた、スタジオの横のコンビニで働いている女の子の次に。
そんなこんなで頑張って曲を作った。
バックミュージックはスピッツで、このころ僕は草野マサムネが好きすぎてマッシュルームカットにして、私服でカーディガンを着ていた。
ひとまず、三曲。
自分なりに渾身の三曲。
達成感とか、そういうのはよくわからなかったが、とりあえずライブだ。
話は、それからだよな、と三人で笑って、すぐに本番、だ。
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