第3話 バンドの作り方(その2)
高校一年生当時、僕らの友人の間でにわかにファッション雑誌が流行り始めた。
僕の日頃の服装といえば、入学式の前に買ったアウトレイジで大杉漣さんが着ていそうな服だけで、それを着て(それは夏でも)、乾いていない時は中学のとき着ていたプーマのジャージで、マクドナルドやツタヤに赴いたものだったんだけど、ある日、友人が買ってきていつもの溜まり場で開いたそれに僕らは驚愕した。
このころには、僕は高校にはあまり行かなくなっていて、夜な夜な悪い友人や先輩たちとゲームセンターに繰り出したり、朝までやっているファミレスをドリンクバーだけで凌いで、浅い人生論を語り合う、というのがいつもの流れだったのだけれど、皆一様にファッションには疎かった。
大別して二種類プラスα、という格好で、一つはオーバーサイズのパーカー、オーバーサイズのデニム、でかいハイカットのバスケットシューズ(ジョーダンは買えない)と、でかいものしか身につけられない呪いにかかっているタイプと、もう一つが黒と金色のジャージに、なぜかフードが付いたものに、足元はキティちゃんの健康サンダルといった、ベーシックな地方都市のちょいワル、な装い、そしてプラスαは僕だ。
こんな格好の奴らが目撃したのは、白いシャツの上にジャケットを羽織り、細いズボンに綺麗な革靴を合わせ、スタイリッシュに着飾った高身長のイケメンの写真。
これは、非常に、まことに、驚愕に値するものだ!となるのは必然だった。
当時一番仲の良かった、鮫島くんという二個上の先輩と僕はよく一緒にいたのだけれど、ある日の休日、僕は鮫島くんに駅前のショッピングモールに呼び出された。
「おい、あの雑誌、お前どう思った?」と、でかいパーカーを着た男は尋ねてきた。
僕も正直なところ、あれを見てから、ああ僕はこんなんだからあおいちゃんにも愛想を尽かされたのかもしれない...と思うようになっていたし、そういう時に限ってふと、革ジャンの黒い染料が結局取れずに捨てたTシャツのことを思い出すと非常に惨めだった。
例えるなら、これは敗北感に近かった、自分の、無知ゆえの。
「いや、正直、俺たちに足りていないのは、ああいうオシャレをするという感覚なんじゃないでしょうか...」と、僕もいう。
「だろう、こうなったら、あいつらに差をつけるためにも、いっちょ俺たちのファッション革命、やったろうじゃないの?」と鮫島くんがいい、僕は静かにうなづいた。
二人して服屋を物色するのは恥ずかしかったが、僕たちはおぼろげなファッション雑誌で見た知識をもとに服を選び出した。
僕は正直、服にはこれっぽっちも興味がなく、未だにないのだけれど、今はそうは言ってはいられない、と、とにかく必死だった。
僕は昔からまともな人間と扱ってもらえなかったことがコンプレックスなのを自覚していて、それもあってか当時仲良くしていた人たちのことも、正直言えば恥ずかしかったし、できたら周りの普通の高校生のような存在になれれば、とずっと憧れていた。
服選びごときに深刻になるなんて、とも思っていたけれど、当時の僕にとっては、少しでも外見に気を使ってまともでいられるなら、と、とても軽々しくは扱えないことでもあったのだ。
結局二人とも、よく分からないファッションに対して真摯に向き合った末、何を選べばいいのかわからず、結局服は買わなかった、代わりにショッピングモールの地下のフードコートで31アイスクリームを食べて、鮫島くんのアパートで鍋をしてから帰宅した。
帰宅した後、また落ち込んだ。
学校では嫌われ、相手をしてくれるのは将来はアルバイトか自衛隊に行くかくらいしか考えていないようなお気楽なやつら、彼女にはフラれて特に趣味もなく、やることといったらドラゴンクエストか三島由紀夫の本を読むことくらいの男なんだ、僕は、と虚しかった。
寝る前に、夏休みに入る前に買ったレコードプレーヤーでスティッキーフィンガーズを少し大きめの音量でかけて眠った。
ああ、そういえば週末はまっさんに呼び出されている、ドラムの説得も、少しは真面目に考えてみよう...。
そんなことを思いながら、僕たちのほろ苦いファッションへの挑戦はひとまず終わった。
週末、まっさんと待ち合わせて、ドラムの彼に会いに行った。
そうちゃん、と僕はのちに呼ぶことになるんだけど、彼は実際会ってみると相当な美形だった。
背が高く、髪はさらさら、目はキリッとして鋭く、顎が細い。
物腰は柔らかで、初対面なのに気さくに喋る人だった。
「俺に考えがある」なんて言っていたまっさんだったが、ファミレスに入って料理を頼んでも一向にバンドの話をしない。
昔話に花を咲かせるばかりで、僕にたまに会話が来たと思えば当時彼がやっていたアーマードコアの攻略法を僕に聞いてくる始末だった、おいおいそこは連射撃性能に優れた武器を装備させないと、あいつは動きが早いんだぜ?
僕のソテーが届いたくらいで、まっさんがまず切り出した。
「そういちろうは、今のバンドどう思ってるの?」
ずいぶんと上からな物言いだが、僕は彼のそういうところにはもう慣れてしまっていたので、さぁここからどう出る?と思っただけだった、そうちゃんがどう思ったかは知らんが。
そうちゃんは、今のバンドに不満はなく、それなりに楽しくやっていること、ただメンバーは流動的で、少し疲れる、というようなことを言っていた気がする。
おいおい、ますます引き抜くのが難しいのではないか?などと思っていると、まっさんは「いや、実はね...」と、神妙な面持ちになった、無論、演技だった。
「そういちろうのところの、ボーカル、いるだろ、俺さ、ライブハウスでバイトしてるから聞いちゃったんだけど、もうお前にはついていけないって言ってたよ」
まっさんは説得に当たって、一番突きやすいのはバンドの不和を利用する事だ、と言っていた。
結束が強いバンド、というのは、実はそんなにいなくて、たいていのバンドが利害の一致とか、仕方なくとか、ナァナァでバンドを組んでいる事が多い、これは売れているバンドに限らず、だ。
そんな状態で組んでいればいつかは不満がたまって、それが表層化する、というのはよくある話で、僕がセックスピストルズをコピーしたりファッションに悩んでいる間、彼はそれを突くためにそうちゃんのバンドの周辺を洗っていたようだった。
ようやく掴んだ情報は、メンバーが彼の愚痴を言っている、というものだった。
曰く、そうちゃんはまっさんと同じく、確かなテクニックを持っているようだが、それが周りのメンバーとの溝を生んでいて、曲作りで衝突が多かったらしい。
曲を作っていたボーカルはそれが不満で、ライブハウスのスタッフに愚痴を漏らしていたようだ。
これを突いて、こちらに引き込む、というのが作戦の真相。
これは案外うまくいって、そうちゃんもメンバーへの不満を持ちながら過ごしていたらしい。
おまけに、まっさんは県内でも随一と言っていいほどのギタリスト、彼のバンドなら、と、まっさんの勧誘には終始乗り気で話が進んだ。
たまに僕に話がふられれば、当時そうちゃんがやっていたゼルダの伝説の攻略法を聞いてくるような感じだった、トライフォースは東の海にあるんだよね、わかりにくいよね、あれ。
ファミレスで3時間ほど話し込んで、そうちゃんはいやにあっさりとメンバーに入ることを承諾した。
まっさんは嬉しそうだったが、当時清潔な人間関係だけが正しいと思っていた僕はなんともドライなバンドの人間関係を目の当たりにして、こういうものなのかなぁ、と少し気落ちではないが、人間のそういう側面に落胆したものだった。
さて、ここで三人になったバンドだが、一つ問題が浮上した。
「ボーカルが不在」
この話に及んだとき、三人とも一斉に口ごもってしまった。
以前ボーカルがいたときは、大枠をまっさんが指示を出して、各々考えてくる、という方針をとっていたようだ。
この場合、ボーカルがメロディであったり、ギターのコードの流れであったりを作っていたようで、案外あの粘土の貢献度は大きかったということだ。
数十分話し合った末、なぜか僕たちはカラオケに来ていた。
先走ったまっさんは、まだメンバーが揃ってもいないのにライブの予定を決めてしまっていたようで、一ヶ月先にはもう曲を揃えておかなくてはならない状態だった。
そこで、もうボーカルを他に探すことは大幅に時間をとった今、不可能と判断して、カラオケの精密採点で点数がいいやつをボーカルにしてしまおう、という非常に雑な解決策を講じたのであった。
僕は田舎出身だったので、カラオケに入るの自体が初めてで、アイスクリームが自動で出てくる機会や、豊富なドリンクバー、セックスをするカップル、態度の悪い店員など、すべてが新鮮だった。
通された部屋は喫煙可能なそこそこ広い部屋で、僕がナチュラルにタバコを取り出したのを見て二人は引いていた、普段は僕が引くことが多いのに。
セッターをふかしながら始まったカラオケ大会で、一番手はそうちゃんだったのだが、点数は86点と、それなりだった。
ただドラムを叩きながら歌うイメージは正直浮かばないし、これは下手したら僕かまっさんになってしまうのでは?と不安がよぎりまくった、ちなみにまっさんはコーラスはうまかった。
まっさんはおもむろにミッシェルガンエレファントを歌い出した。
点数は83点。
この時点ではそうちゃんが高く、このまま僕がまっさんより高い点数を取ってしまったら...と不安になった。
ただここで手を抜いたりしたら、傍若無人の塊みたいなやつなので、歌いなおせ、だとか、お前が歌え、だとか言われかねなかったので、僕はギリギリの点数を狙おうと、スマップを入れて無難に歌うことにした。
結果は87点。
目論見が外れ、嫌な予感は的中、カラオケを出て帰宅している最中、LINEに「じゃ、よろしく」と通知が来た。
家に着いてから、僕は重大なことを忘れているのに気がついた。
ボーカルは、コード進行とメロディを考えなくてはいけない。
そう、曲作りの一環を担うのだ。
僕は音楽は好きだが、曲は作れない。
繰り返す、曲は作れないのだ。
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