第四十一話 遠藤梓葉とエピローグ
いつものファミレス。〝天拳一派〟こと佐々木楓と愉快な仲間たちは、今日も作戦会議を開いていた。
もっとも作戦会議の大半はだらだらと駄弁っているだけなのだが、どうやら今日はいつもと違う様相を呈しているらしく――――
「姐御、これなんてどうです?」
「えぇ~煮魚の御膳なんてかわいくないですよねぇ~? 私的におすすめはこれかなぁ」
「姐御が辛いの苦手なの知ってんよねー? ほんとないわー」
「姐さんは辛いの苦手なの隠してるつもりだからいいの――――私はただ辛いの我慢して涙目になってる姐さんが見たいだけだからぁvv」
「それ姐御に聞こえたらだめなやつ!!」
「姐さんは今メニューに意識を集中させすぎてるから問題なしっ」
「いやつうかなんでいんの?」
メニューを広げかしましく喋る二人に、とうとう痺れを切らしたらしいサラがツッコミを入れた。
楓一味の作戦会議は基本楓、サラ、シエラの三人で行われ、まなは誘っているのだが学習塾が忙しいらしく基本は不参加。よって今日も三人で今後の方針的なアレを話す筈だったのだが。
いつの間にか隣のテーブルに居座っていた見覚えのある三人組、あえて放置しようと触れないでいたサラだったが我慢にも限界というものがある。
しかしサラの言葉に二人は不敵な笑みを浮かべるばかりで、なんだこいつとサラが微妙に引くとやっと口を開いた。
「ファミレスに来るのにあなたの許可が必要なんですかぁ?」
「そうじゃなくて、幾らでも席空いてんのになんでわざわざ隣なのって聞いてるんだけどさー」
「なになに、あいに撃ち負けたの根に持ってんのー?」
「…………は?」
負けず嫌いに負けた時の話を持ち出すのは厳禁であり、勝敗がついてない戦闘を負けたと決めつけるのは絶対に御法度だ。
いつものように飄々と対応していたはずのサラから表情が消え、ファミレスの一角が殺気に支配される。面白いとばかりに応じる刹那とあいを目にし、サラが食器入れからナイフを取る動作からは微塵も躊躇いが感じられなかった。
流石に止めるか、と傍観していた楓が動こうとする。しかし沈黙を保っていた梓葉がテーブルを叩く音によって、楓諸共全員の行動が中断された。
「……チーズインハンバーグ、それとドリンクバーじゃ」
「え、メニュー決めただけ?」
てっきり刹那とあいを止めてくれるのだと思っていただけに、サラは目を丸くした。
しかも深界ではあんなに極道色を全面に押し出している癖に、頼むものがドリンクバーとチーズインハンバーグ。そもそもファミレスに入ること自体なんか笑えてくるのだが。
「姐御、夕飯も近いですけど大丈夫ですか?」
「構わん。育ち盛りじゃ、食べた分だけ身長に回る」
「だったらとっくに巨人になってるはずなんだけどなぁ」
「あい、なんか言ったか?」
「いいえ♡」
武蒼衆は遠藤梓葉のカリスマによって成り立っている、そんな印象だったが完全に扱いがいじられキャラのそれである。
それでいいのかお前とサラは思わずにはいられなかったが、そもそもなんでこいつらの事考えなきゃいけないんだと思考を止める。
「……んで、マジでなんか用でもあんのー?」
先日は流れで共闘したが、一応これでも敵対している仲だ。別に聞かれたら困る機密事項があるでもないが、かといって隣にいられてもそれはそれで集中出来ない。
つい先日自分達を本気で殺そうとしてきた連中だ、警戒するなという方が無理な話だろう。尤も当の殺されかけた楓とシエラは特に気にしているようには見えなかったが。
この二人にまともな感性を期待するだけ馬鹿を見るのは承知の上、だからこそ自分がしっかりしなければならない――――既にサラは常識人枠としての自覚を持ちつつあった。
「特に」
「ないですっ」
「……ねぇ。懐刀はそう言ってるけど」
「……腹ァ減った。それだけだ」
「まじかー」
懐刀二名はともかくとして、梓葉は敵ながら少しはまともな思考回路をしていると思っていた。
そして彼女がなにもないというのであれば、本当になにもないのかもしれない。
分からない。こいつらなんなんだと頭を悩ませていると、やっと楓が会話に混じってくる。
「梓葉ちゃんはうちらと仲良くなりたいだけやんなー?」
「………………あァ?」
なにか言い返そうとしたものの、長い沈黙の末何も思いつかなかったらしくとりあえず凄む梓葉。
もしかしてこいつポンコツ枠かとサラが気付き始めるが、よくよく考えればどいつもこいつも基本闘わない限りポンコツしか居なかったことを思い出す。
そんな梓葉がポンコツを晒していると、容赦なく懐刀もとい梓葉の真の敵二名が意気揚々と目を輝かせて。
「うふっ、そうなんですぅ姐さん正直者じゃないからぁ」
「違ェ」
「正直じゃない所がまたいいので姐御をどうぞよろしくねー!」
「おい」
「……顔真っ赤」
「黒いのテメェいきなり入ってきてなんじゃおら」
「……凄まれても、うん」
「濁されたら余計キツいやつだねー」
思わず梓葉は楓に視線を送るが、楓はにっこりと笑うだけで助けてはくれなかった。
ここには敵しかいない。その確信はなにも間違っていないが――――既にそこに敵意はなく。
「ま、これはこれでええんやない?」
どうなることかと思った三勢力の台頭、そして牡牛座の魔法使いの強襲。
絶望的なまでの戦力不足と魔法使い以外の敵対者達、刻々と迫る制限時間の中で立ち回った終着点としてはきっと悪いものではないはずだ。
「……かもな」
そうじゃなかったら、わざわざ隣の席になんて座らない。
好きでもない人間とご飯なんて食べようと思わないだろう――――少しは頑張ったかいもあった。
無論全部が全部丸く収まったという訳ではない。だがいずれ上手くやってみせよう。
少なくとも今までよりは難しくないだろう。彼女達の強さは、実際に戦った楓達が一番理解しているのだから。
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