第三十九話 遠藤梓葉と決着、そして

 『第二王装』、結界内全域を識る事が出来るこの魔法は、当然ながら魔法のみに留まらず体力や魔力の残量などのバイタルから精神に至るまでを把握することを可能としていた。

 だからこそ彼は理解していた。眼の前に在る少女達が既に限界等疾うに超え、軽口を叩く余裕すら本来であれば残されていない事に。


「ククッ――――嗚呼、そうだな。そうかもしれない」


 王などと現を抜かしているが、何もかもを失ったからこそ此処にいる。

 己は道化だ。だからこんな場所にまで、たった一つの挟持プライドのみを胸に辿り着いてしまった。

 敗北こそが最大の勝利である――――そんな宿命さだめにある己を道化と言わずになんと云う。


「ならば道化を超えられない貴様等はなんだ。まさか口先だけでしか吠えられない塵芥で終わるつもりではあるまいな?」


 背負うべき物がある。背負うべき者がいる。だから立ち上がれる――――立ち上がらなければならない。

 魔法を撃つ魔力がない。立ち上がるだけの体力もない。されど勝利への渇望が消えぬ限り、彼女達は終わらない。

 冗談みたいに追い詰められているけれど、簡単な勝利なんて一度もなかった。

 だからこれも何時も通りだと彼女は笑う。蒼の魔力を振り絞り、拳を握り締めて。


「抜かせよ。勝ってもいねェのに吼えてんのはテメェだ」


 先んじて踏み出したのは遠藤梓葉ではなく黒の魔法少女、佐々木楓だった。

 右拳が砕かれた以上全力を以てしても最大の威力を発揮出来ず、それしかない彼女からすれば利き腕が持っていかれたのはこれ以上ない〝最悪〟だった。

 痛みに耐えれば拳撃は撃てる。ある程度であれば威力を維持することも出来る。けれどそれが有効打になることはない――――ならば前に出て、隙を〝こじ開ける〟。


 アルデバランを討つにあたって、排除すべき要因は二つ。

 一つは戦斧。共にステゴロを信条とする彼女達にとって、得物持ちとの戦いは常に如何に敵の間合いを潜り抜け己の射程に持ち込むかが鍵となる。

 アルデバランの巨大戦斧はそれ一つでも彼女達の身長をゆうに超える大きさ、そしてそれを振るうアルデバランの身体能力も十分に化け物じみており、攻撃速度が隙となるような戦い方もしていない。

 そして次に鎧だ。先程二人で同時に打撃を加えることで破壊出来ることは証明出来たが、それでも急所を守らている以上破壊しなければならないだろう。


 優先順位をつけるならば、まず対処しなければならないのは戦斧――――前に出た瞬間牽制として放たれた斧を一歩退いて躱しながら、楓は左拳を構えた。

 そして懐に潜り込むと同時、拳を振り放つ。利き腕に比べてば威力は落ちるが、無視できる程低くもない。

 それでも慣れた右よりは格が下がる。アルデバランは身を翻しながら、再び戦斧を振るい――――


「――――っらァ!!」


 拳を放った直後に生じた隙、それを掻き消すように撃たれる〝回し蹴り〟――――楓の蹴りは斧を持つ手を捉え、一瞬だが力を緩めさせた。

 その瞬間に乱入した梓葉が斧に裏拳を放ち、戦斧を弾き飛ばす。


 楓は拳しか使えないと判断していたアルデバラン、そしてそれは決して間違ってはいなかった。

 本人さえ無意識の領域で働いた直感が、体を突き動かした結果。本人さえ予測できなかった動きをアルデバランが予測出来るはずもない。


 〝守破離〟という言葉がある。教えを〝守り〟、教えを〝破り〟、教えから〝離れる〟事を意味する言葉である。

 初めは師の教えを守る事で基礎を学び、より良いと思う改良を加えることで基礎を破り、そして最後に基礎と己の適正を見極め自在となることで既存の教えより離れる。

 渚沙から教えてもらった基礎を守り続けてきた楓が、それを破り次の段階へ進んだ証拠だった――――尤もそれは右拳を温存するために取った無意識の行動に過ぎなかったが。


「武器がなくなったところで――――ッッッ!!!」


 アルデバランの拳を腕で受け止め、勢いを殺し切れずに後方へ引き摺られる。

 だがその攻撃に重ねるように、梓葉が拳を胸部へと撃ち込んだ。ウェイト差があるせいかびくともしないように見えたが、鎧に生じた罅を彼女は見逃さない。

 即座に傷は消えるが、攻撃が通る事は確認出来た。ありったけの魔力を絞り出せば、恐らく――――梓葉の中にある魔力が、一点に集まり始める。


 梓葉に攻撃を加えようとするアルデバランに楓が左拳を、そしてその直後に梓葉が蹴りを、そうして互いの攻撃を連続させ続けることでアルデバランを防戦一方に追い込んでいく。

 擬似的な〝無拍子〟、刹那の極めた其れに比べればお粗末かもしれないが、急場とは思えないほどに二人の呼吸は一致していた。

 共に〝進藤渚沙〟から学んだ。故に次の動きが手に取るように分かってしまう――――そしてこの攻勢が途切れた時点で、確実に押し返される。


「チッ――――」


 然しアルデバランとて棒立ちする木偶ではない。打撃を防御しながら、彼は淡々と攻撃の隙を窺っていた。

 余裕がある訳ではない。猛追する二人は確かに体力的に限界を迎えつつあったが、それ以上に彼女達の攻撃には勝利に飢える〝気〟に満ちている。

 そしてそれは『第二王装』を発動した辺りからより強くなり続けていた。魔法を奪えた、即ち彼女達の仲間が撤退に失敗したと理解した時点からだ。

 自分の命よりも他人の命、嗤ってしまう程に甘ったるいが――――こうして押されている現実を見れば、それが彼女達にとってどれほど大切なのかは彼でも理解出来よう。

 それでも納得は出来なかったのが、〝彼等〟が勝てなかった理由であると彼は知っていた。


 隙を埋める連撃、息も付かせぬ猛攻、一人では成し得ない戦闘方法を前に押されている。

 愉快だった。〝最強の個〟を生み出す為の儀の中で、最強の個を凌駕するものが生まれようとしているのだ。

 そう、〝奴〟は分かっていなかった。独りだから負けたということを。

 いや、分かっていたのかもしれない。だがそれを受け入れられなかったから、こうして彼等は〝敗北〟以外の道を奪われた。

 思い通りにいかず、さぞ悔しいことだろう。それを考えれば此の溜飲も下がるというもの――――ようやく負ける事が出来る者達に、巡り会えた。


「これでッ――――終わりだァ!!!!」


 全身全霊を込めた拳に依る打撃、隙等ないがそれを捩じ伏せるだけの膂力が彼にはあった。

 そして其れに合わせるように放たれる楓の拳撃、温存していた負傷している右腕による全力の一撃――――衝撃に身体が揺れた。

 砕けた拳でなおアルデバランの打撃を相殺した楓。そしてその瞬間懐に潜り込み、心臓へ向けて拳を繰り出した梓葉。


「刧之一、寂滅――――拳閃」


「はっ、魔力で攻撃の威力分配を調節するだけの魔法―――― 一々小賢しいな、貴様は」


 魔力によって打撃の威力を調節するというアルデバランの言う通り小賢しい魔法、そして梓葉が最も得意とする攻撃魔法だった。

 全威力を一点に集中することにより、斬撃の如く鋭く弾丸の様に敵を貫く打撃を放つ。其れこそが遠藤梓葉の生み出した梓葉なりの拳撃――――〝拳閃〟。


「言ってろ。此の世で一番硬いのはテメェの拳じゃねェ、わしの拳じゃ」


 一点に威力を集中させた拳閃は、アルデバランの鎧を突き抜け心臓を撃ち抜いた。

 魔法使いであろうと、心臓を砕かれれば死は免れない。口から血を零す牡牛座の魔法使いは、それでも嗚咽の一つも漏らさなかった。


「――――悪くなかった。だがこの先は〝これ以上〟だろう。特に黒いの、引き返すならば今だろう。貴様は他と毛色が違い過ぎる。あまりに異質で歪だ、尤も理解し此処にいるのだろうが――――無意味な問か」


「……せやねぇ、忠告ありがと」


「はっ、俺と戦って礼を言える余裕があるならば、なんとかなるかもしれんな。蒼いの、此度は貴様に勝ちを与えてやる――――いずれ再びまみえよう、星の魔法少女達よ」


 そして黄金の雄牛は少女達に背を向けると、輝きを放ちながら虚空へと消えていった。


「遠藤梓葉じゃ、覚えてけ。……チッ、最後まで大仰な奴じゃ」


 最後に残った黄金の結晶。魔法使いを倒した者だけに与えられる〝願いごと〟を叶える奇蹟の欠片。

 梓葉は楓を見た。にっこりと笑うのを見て、ため息をつく――――少しは欲しがる素振りを見せたらどうなんだろうか。

 まあ、いい。くれるというのならば、今回は貰っておこう。黄金の結晶に手を伸ばすと同時、梓葉の身体が輝きに包まれ――――。

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