第三十八話 遠藤梓葉と金色ピエロ
『
その効果は搾取と略奪、結界内にある何もかもを彼の物とする吸収の強化から始まり、王を自称するアルデバランとの距離が近くなればなるほど体に〝威圧〟がかかっていく。
街にいる者達にすら影響を及ぼす威圧、ならば本人を前にしている楓と梓葉に掛かるであろう
「チッ――――ざ、けんじゃねェぞ……ッ!!」
「これは流石にちと……重たぁっ!!」
気を抜けば地面に伏し、二度と起き上がれなくなる。それどころか崩れ落ちれば最後、肉体は
この状態で戦うなんて、冗談でも笑えない。前へ進もうとするが、足が上がってくれない――――そんな情けない負け方、認められるか。
梓葉はアルデバランを睨みつけると、一歩前に踏み出した。地面に罅が入り、歯を食いしばり過ぎたせいか奥歯が砕ける。それを地面へ吐き出すと、更に一歩。
肉体へ掛かる重圧に思わず倒れかけた瞬間、その勢いを利用し一気に距離を詰めようとした。アルデバランはそれを妨害することもなく見入っており、梓葉は己に降り掛かる重量を振り払って拳を放つ。
体が十分に動かない以上、拳の威力も当然落ちる。防御さえ必要ないと判断したのか、アルデバランは悠然と立ったままその拳を体で受け止めた。
視線が梓葉へ向いているその瞬間を狙っての拳圧、然しそれも片手で払われる。その間に一気に距離を詰めた楓も拳を撃ち込むが、直撃しても破壊の手応えは感じられない。
近づいてきた二人の攻撃を見届けると、アルデバランは戦斧を横薙ぎに振るった。衝撃によって体が弾き飛ばされ、重さに耐えきれなくなったのか梓葉がとうとう倒れてしまう。
「梓葉ちゃん、大丈――――」
「うるせェ……このまま負けられる訳ねェだろうが……ッ!!」
膝に手を付き、無理やり体を起こす。もはや体に感覚は残されておらず、意思だけが彼女を立たせていた。
その姿に感心したように、アルデバランは不敵な笑みを浮かべた。
「骨がある。悪くない。魔法少女でなければ、俺の軍に引き入れても良かったが――――遍く魔法少女を絶滅させるのが我等が負う責務、どうあろうとこの手で滅さねばならん。故に手は抜かん。さらなる絶望を以て、此度の戦の終焉としよう」
如何なる戦いだろうと、徹底的に潰し尽くす。この二人にはそれだけの価値がある。
たとえその拳が通らなくとも、砕け得ぬ精神こそがあらゆる宝石よりも輝かしい。
だからこそ、彼は立ち塞がらなければならない。それこそが魔法使いに残された唯一の役目であり、そのために彼等は悠久より待ち続けた。
「『
次いで完全に開放される牡牛座の固有魔法、『
少なくとも二人には直接的な影響はなく、目に見える効果はなかったが――――牡牛座は掌に魔法陣を展開する。
その魔法陣を楓は知っており、喚び出されたそれは梓葉にとっては見覚えがある代物だった。
「
銃口から発射された弾丸は二十一に分裂し、二人の体に降り注ぐ。見覚えのある拳銃から放たれた勝手知ったる魔法、あの武器は紛れもなく西條あいの愛銃だった。
更に背後に金色の魔法陣と紅色の魔法陣を展開する。あの魔法陣は間違いなくシエラと悠理のものであり――――
「チッ、冗談じゃねェ……ッ」
避けようにも威圧がそれを許さない。梓葉は防御を展開するが、何方か一方でも厳しい
「一つはうちが殴り飛ばす。もう片方はお願いね」
全部引き受けるだなんて言える状況ではなかった。魔法は使い手によって効果も規模も変わってくる。
展開されている術式は知っているものだが、相手の保有する魔力量を考えれば普段の数倍の威力は想定しておいて間違いないだろう。
残存魔力が底をつきそうな状況下で、そんな馬鹿げた威力の攻撃を何度も防いでいては攻撃に転じる前に何もかも尽きてしまう。
間もなく砲撃準備が終わり、光の塊が二人へ向けて放たれた。方や防御、方や相殺を狙うが、砲撃の威力は二人の想像を容易に上回っていく。
このままだと確実に押し負ける――――瞬間、僅かに体が軽くなった。微量だが魔力が回復し、強引に砲撃を押し返す。
「――――はっ、そういうことか。あの女、余計な真似を」
不快だと言わんばかりに吐き捨てたが、アルデバランの表情は愉悦に満ちていた。
あの女とやらに心当たりはない。だがお陰で急場は凌いだ――――いや、まだなにも解決はしていないが。
「王に相応しき力、支配と略奪――――其の身で体感した通り、我が固有魔法は結界内の全てを分析し我が物とする真の法だ。王たる俺は総ての魔法を持つ。其の上で己の魔法を以て敵を討つ。この様な真似事は所詮は児戯、戯事よ。所詮貴様らの魔法等紛い物に過ぎん――――」
つまり今頃少なくともサラは武器の切り替えができなくなり、あいは銃を失い、シエラと悠理は砲撃が使えなくなったということだ。
本来であれば魔法使いのもとに楓を送り届けた時点で、眷属と争う必要はなく、最深部へ二人が到達した時点でアイテム屋の結界を用いて待機或いは浮上するはず――――少なくとも楓は悠理やアスカにそう交渉した。
牡牛座の魔法の効果圏内にいるということは、恐らく彼女達は撤退に失敗し今も眷属と戦っている。
その上魔法を奪われ、搾取に身を晒しているということだ――――己の限界もそうだが、これは少々急がねばならないらしい。
「――――いいや、俺以外の持つ魔法は等しく粗悪。それでも未だその胸に火が灯っているというのであれば」
来るが良い。そう言い切る前に、二人は地を蹴っていた。
厄介だったのは搾取よりも威圧だった。そしてそれはアルデバラン曰くあの女と呼ばれる人物の介入によって、多少だが開放された。今もまだ纏わりつく不快感は消えないが、それでもこうして動ける。
動けるならば戦える。たとえどれだけ消耗していようが、立ち続けている限り負けはない。
瞬く間に距離を詰め、戦斧が振るわれる前に楓は拳を繰り出した。それに合わせるように放たれるアルデバランの拳、激突した拳は衝撃を撒き散らし楓を数歩後退させる。
「我が拳は汎ゆる総てより硬く、そして速い。
「――――それでもうちには、それしかないから」
右手に走る痛み。アルデバランの言葉に誤りはなく、今の一撃で楓の拳は砕かれていた。
ついこの間梓葉に砕かれたばかりなのに、この間隔で行くと毎週拳砕かないとななんて呑気な事を考えながら、後退させられた分を一気に詰め寄る。
「正しく其の通り。貴様の抱えたる魔法は、矛盾の果てに突き詰められた道化のそれよ。持つべき者が持てば最強の矛、無敵の盾と成り得るが――――貴様は本来の持ち主ではないな。資質無き者が扱える程甘い魔法ではない」
再び拳の衝突、だが楓の体は先程のように下がらなかった。何故か、簡単だ。アルデバランがあえて拳の威力を落としていた。
相殺し、且つ其の場に留まる程度の威力。そうして隙が生じた楓を蹴り上げ、体が宙に放り出された所に巨大戦斧の刃が迫り――――
「蒼いの、防御だけで戦いが成立するか。否、これはただの蹂躙でしかない――――其れを臨むというのであれば、もはや俺が手を下す価値もないが」
梓葉が割って入り、防御魔法で楓を守る。威力に耐え切れず防御は砕かれ体も弾き飛ばされたが、致命傷だけは避けられた。
地面に放り出された梓葉は口から垂れる血を拭い、不敵に笑う。ただ守っているだけで私が終わると?
それこそ否、笑わせてくれる。確かにもう体力は残っちゃいない。魔力だってあってないようなものだ。それでも拳が握れるならば、一切の問題はないだろう。
「無駄に口数が多いじゃねェか、王様よ。まるで道化みてェだな」
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