第三十七話 佐々木楓と遠藤梓葉其の二

 ほぼゼロ距離での近距離爆撃――――前回はシエラと悠理の砲撃によって多少威力を相殺したうえで防御に失敗した、ならば至近距離で相殺されていないバクゲ雨を正面から受け止めればどうなるか。


「――――ッッッ!!!!」


 咄嗟とはいえ後先考えずにありったけの魔力を注ぎ込んだ。それでも衝撃は殺しきれない。揺らぐ視界、全身を殴打続けるような感覚、痛覚が悲鳴を上げ麻痺しようとしていた。

 それでも身体が後方へ引き摺られなかったのは、梓葉が自分の後ろに引き込んだ楓が支えていたからである。だが魔力吸収により防御魔法を構成する魔力は次々と結合崩壊を起こし、砕けるのも時間の問題だった。

 どうすればいい。痛みと熱、汗を拭う間もなく思考も纏まらない中で、不意に梓葉の視界を遮るものがあった。


「交代、防御解いてええよ」


 楓は〝天拳〟使用者、己の魔法を封印するという代償によって身体能力を上昇させるという魔法少女にあるまじき技の使い手である。つまり多くの者が保有している防御魔法すら、彼女は使えない。

 そんな彼女に何が出来るのか。聞くまでもなくたった一つだった――――〝ぶん殴る〟。


「ふっ――――」


 短い呼吸の後、拳と爆撃が衝突する。衝撃を纏った拳は爆撃を相殺するが、楓の拳撃が一瞬なのに対し爆撃は未だ継続して効果を発揮し続けていた。

 ならば収まるまで撃ち続けるしかないだろう。左手で二発目、ついで右手で三発目――――そして一切の魔法を使用せず、爆撃を凌ぎ切る。


「…………あっつ」


 それでも熱は殺しきれなかったのか、楓の拳は煙を吹いていた。手首を振って熱を逃がそうとするが、あまりいい効果は得られなかったらしく息を吹きかけ始める。


「おい、テメェふざけ――――」


 防御も使えないのに前に出過ぎるな、そう文句を言おうとした瞬間言葉を切った。

 アルデバランが立ち上がると同時、召喚したと思われる巨大な戦斧を振り上げていたからだ。


「随分と余裕らしいが――――俺を前に無礼だとは思わないか? 視線を外している暇があると思うなよ、魔法少女如きが俺の前で呼吸を許されていることを光栄と思え」


 確実に間合いからは外れている。だが視覚の情報だけに頼っていては、魔法という理外の法則に対応出来ない。戦斧の間合いから外れていようと、振り上げている以上何かしらが来るのは間違いなく――――振り下ろされた瞬間、拳圧に似た衝撃の嵐が巻き起こった。

 拳圧よりも威力が高く、その上戦斧を使用しているため衝撃そのものに斬撃効果が付与されている。梓葉が張った防御も初撃は防ぎきったものの、次々に襲い掛かる斬撃が防御を瞬く間に削っていく。

 防御が砕かれると思ったその時には、梓葉は後ろに弾き飛ばされていた――――またもや楓が、間に割って入ったからである。

 しかし斬撃と打撃は相性が悪い。面の攻撃である打撃に対し、斬撃は線の攻撃。ぶつかりあった場合、威力が同等であればより密度の高い斬撃が勝つ。

 拳撃は戦斧の嵐を前に半分以上を相殺したが、それを嘲笑うかのように楓の右腕に幾つもの傷を残していった。

 いよいよもって我慢の限界だ。魔法使いを前にしているにも関わらず、梓葉は楓の肩を掴み振り向かせると胸ぐらを掴み上げた。


「いい加減にしろよ、テメェ……!! 殴ることしか出来ねェ癖にでしゃばるな!! どうせテメェも輝纏潜行フェイタルダイブ使ってんだろ……死にたくなかったら弁えやがれッ!!」


「心配してくれるのは嬉しいけど、別にこれぐらいはいつもどおりやから気にせんでええよ」


 一歩踏み出し、もう一度戦斧を振り下ろす。数発の拳圧でなんとかやり過ごすが、両腕からは血が滴っていた。

 結局の所梓葉と楓はよく似ていた。自分が傷つくことは厭わないが、自分のために誰かが傷つくことに納得できない。ましてや楓は年上だが魔法少女としては新人であり、その上魔法も使えず死ねばそこまでだ。

 戦術的に考えればダメージのフィードバックがない梓葉が前に出て、多少攻撃を受けようが耐えながら気を見計らうべきだ。少し考えれば分かるだろうし、楓もきっとそれぐらいは分かっている。そしてわかった上で無視していた。

 理由は分からない。年下だからか、舐められているのか、信用が一切ないのか。だがアルデバランが強敵である以上、そんな事を言っている余裕なんてないはずで――――アルデバランが一気に距離を詰め、楓へ向けて戦斧を繰り出す。

 それを楓は腕力に物を言わせ、刃を手で掴むことで攻撃を遮った。掌に深く食い込んだ刃、地面に血が零れ落ちていく。


「それにね、うちは君ぃ守らんといかんのよ――――渚沙姉から力を引き継いだ以上、それだけは譲れない」


「……あ? なぎ……え?」


 思わぬ所で出てきた思わぬ名前に、梓葉は敵を前にして呆けた表情を見せてしまった。

 その間にも楓はアルデバランの腹部に拳を繰り出し、戦斧を持っていない空いた手で防がれた上に回し蹴りで横に思い切り吹き飛ばされてしまう。

 壁に激突した楓は、半分埋まってしまった体を無理やり引き摺り出して、口の中に溜まった血を地面へ吐き出した。


「うち、渚沙姉と知り合いやったんや。近所に住んでて、色々教えてもらった。殴り方だってそう、あの人から教えてもらってずっと練習してた――――あの時梓葉ちゃんと殴り合った時、渚沙姉は願いごとで梓葉ちゃん助けようとしてたよね」


 痛みを通り越して違和感がある程度にしか分からなくなっていたが、そんな事は意に介さずアルデバランとの距離を詰めていく。


「うちはその願いを使って、強くなりたいってお願いした。梓葉ちゃんの為に使うはずだった願いで、うちは強くなった――――使い魔も、殴り方も、強さも、全部君を守ろうとしたあの人から貰ったもの。だからうちは梓葉ちゃんを助ける筈だったこの力で、今度こそ梓葉ちゃんを助けたいと思ってる」


「無駄口が多いようだが、戯れながら俺に勝てると思っているのか?」


「……まあ口数が多いのは許してや。年頃の女の子やし、そんなもんやって」


 身体能力は当然ながらアルデバランのほうが上、体格差を見ればリーチの差も歴然、瞬間的な攻撃力は楓も劣っていないが、戦斧と拳撃はあまり相性がいいとは言えない。

 それでも出来ることは打撃のみ、距離を詰めて一撃を与える事が楓の全てだった。だから距離を詰める。そして相手の攻撃を退け、一撃を繰り出す――――防がれたのなら、もう一度それを繰り返す。倒せるまで、何度も。


「はぁ、かった……何食べたらそんなんなるの」


 全力は出しているつもりだったが、それでも片手で防がれる。直撃している以上鎧ぐらいは砕いてもいいと思うのだが、そんな気配も一向に訪れない。

 だが殴ったときの手応えは確かにあった。となると効いていないのではなく、攻撃を受けた瞬間に治っているのだろうか。

 今の威力では倒しきれない。再生する間もなく、一撃で殺し切らねばならない――――なかなかに無茶をいうが、やらねば死ぬだけだ。


 戦斧を躱し、打撃を躱され、蹴りを躱し、打撃を躱され――――相手に体術の心得がある為か、攻防は一進一退を極めていた。

 そして持久戦になれば楓は圧倒的に不利である。今も体力は奪われ続け、相対的にアルデバランの力は膨れ上がり続けている。

 僅かな焦りを感じた瞬間、アルデバランが一瞬隙を見せた。ここだと飛び付き殴りかかった瞬間、既に構えているアルデバランを見て理解する――――やば、誘導された。

 首に向かって振り下ろされる戦斧。流石に頭を落とされたら一発で終わってしまう。然し真上に対応した打撃を練習していなかった楓に為す術はなく、咄嗟に防御の姿勢を取るが――――


「私を忘れてんじゃねェ、ダボが」


 アルデバランの腹部に叩き込まれる前蹴り、思わず数歩後退り、次こそ隙が生じる――――楓と梓葉、二人分の打撃が胸部へ向けて放たれた。

 それでも防御を間に合わせるのが魔法使いたる所以、然し防御に使用した両腕の装甲は威力に耐え切れず砕け、再生も間に合わなかったのか戻る気配もない。


「守る? ふざけんじゃねェ。置いていかれるのはもう懲り懲りだ――――テメェが私に守られろ」


「えー、ちょっとぐらい格好つけさせてや」


「アホ言ってんじゃねぇ、前見てろ……やるぞ、テメェに合わせてやる」


 置いていかれたのは楓だけではない。梓葉も同じく、渚沙を追って置いていかれた。

 散々守ってもらったのだ、もう守られるだけの沿道梓葉ではないことを証明する――――相手がどこぞの馬の骨なのは、少しばかり気に入らないが。

 隣り合う二人の魔法少女、砕かれた両腕の鎧を見てアルデバランは嗤った。


「ようやく整ったか。良いだろう、少しは楽しませてみろ――――『第一王装タウルスドライブ』、侵攻開始」

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