第三十六話 遠藤梓葉と牡牛座ブレイクアウト
――――牡牛座領域最深部『金牛宮』。
一切の光を感じさせない黒の
そして楓と梓葉の侵攻を阻む為に配置された数え切れない程大量の眷属。言うまでもなく最深部でもの搾取は継続しており、むしろ最深部のほうが吸収速度は速かった。
「梓葉ちゃん、来てくれて助かったよ。お陰でここまでは辿り着けた」
何方が先に動くか睨み合いが続く中、楓はアイスの棒をくわえながら呑気に身体をほぐし始めた。
サラの作戦のお陰で体力の消耗は殆ど無い。だがそれが成せたのは他でもない梓葉率いる武蒼衆がいてこそだった。
「
煙管を燻らせながら、真っ直ぐに宮殿を見据える。今更この程度の敵の数がどうしたのだと言わんばかりに、多量の眷属など微塵も気にしている風はない。
「それでも、や。本当は何度も飛び出そうと思ったんやけど……アイテム屋さんとまなちゃんに止められちゃって」
特に一度目の砲撃の後守護眷属が再生し始めた時には、もう我慢ならないとばかりに結界を破りかけた。梓葉の乱入するタイミングが少しでも遅ければ、楓は間違いなく戦線に加わっていただろう。
「その二人に感謝しとけ。待つのが最善ってこともある……」
煙管の灰を地面に落とし、それを踏み躙る。飛び出そうとした楓も間違ってはいないし、それを止めた二人の行動もきっと正しかった。
時として待つことは戦うよりも難しい。だが待ったからこそ、複数勢力が参戦した中でたった一人でも勢力のリーダーを万全な状態で最深部へ送ることが出来た。
あとは全部片付けて、皆の下へ戻るだけだ。煙管を懐へと仕舞い込み、首の骨を鳴らす。
「そうだね。さて、それじゃ……」
「――――応、行くぞ」
楓がアイスの棒を後ろへ放り投げ、それを合図に二人は同時に階段の一段目に足をかけた。
群がるように迫り来る眷属。待ってましたと言わんばかりに楓は拳を緩く握ると、群れへ向けて全力で拳を解き放つ。
明らかに拳の間合いに敵はいなかったが、もはやその程度で攻撃が当たらないと嘆く楓ではない。かつて牡羊座の最深部へ突入し、対多戦で痛い目を見た雪辱は此処で晴らす。
即ち〝拳圧〟――――拳を放った際の衝撃によって、敵を薙ぎ倒す荒業。
撃ち方にコツこそ必要なものの、発動に一切の魔力を必要とせず身体が動く限り連射が可能な佐々木楓唯一の飛び道具である。
「アホみてェな威力じゃ、全く……」
対する梓葉は敵の頭を拳で殴り潰し、或いは肉ごと掴み取っては放り投げ、そこへ前蹴りを叩き込んで数体を一気に押し返す。死角から迫る敵は防御魔法で初動を抑えた後に対処と、荒々しい喧嘩術の使い手ながら的確な対処を続けていた。
始めは互いに好きに動いていたが、次第に梓葉が一箇所へ纏め上げそれを楓が吹き飛ばすという連携が生まれていき、眷属を抑えながらも二人は止まらず階段を登っていく。
そして中頃まで進んだ所で、概ね眷属の群れが片付いた。この時点で兎に角数で押しつぶそうとしてきた牡羊座とは違うのか、そう思いかけたが杞憂であることをすぐに理解する。
前方上空に出現する巨大な魔法陣。輝きの奔流と共に降りてくるものに対し、梓葉は目を剥いた。
「あの野郎……」
中央部を占拠していた守護眷属、それと恐らく同型であろう眷属が眼前に立ち塞がっていた。どう考えてもその巨体を支えきれないであろう翼によって宮殿の門前を陣取っており、楓は手首をスナップさせると深く息を吐きだした。
「ちょうどええやん、ご挨拶に使わせてもらお」
守護眷属と戦っていないからか、楓は無謀にも躊躇いなく進み始めた。おいと思わず梓葉は楓を止めようとするが、大丈夫大丈夫とあまりに脳天気な返事をする始末。
梓葉は半ギレになり肩を掴むと、無理矢理楓を止めた。仕方ないと楓は一旦立ち止まると、梓葉の方へと振り向く。
「テメェはあいつと戦った事がねェだろうが――――」
「ないよ。けどアレより強いのとこれから戦うんだから、アレぐらいさっさと倒さんと」
逆に梓葉はどうするつもりなのか、楓は黙って答えを待った。
楓は過激が過ぎるが、梓葉は慎重が過ぎる。いざ戦いが始まれば肉弾戦主体の攻撃特化と防御特化で相性こそ悪くなかったが、そこに辿り着くまでは非常に相性が悪いと言わざるを得ないだろう。
「倒すっつったってどうやって……」
上では砲撃を数発撃ち込んでようやく半壊させたが、今は砲撃を使える人間がいない。
過剰火力で圧倒しなければ直ぐ様再生が始まるのは恐らくこの空間でも同じだろう、策も無しに突っ込むのは危険過ぎる。
しかし梓葉の疑問に、楓は端的に答えた。
「え、殴るけど」
結局の所楓にはそれしかなく、そして梓葉にも似たようなことしか出来ない。ならば最初からやることなど決まっていて、そこで悩んで余計な時間を割くことこそ無駄ではないか。
それでもなにか良い手はないかと考えようとする梓葉を嘲笑う様に、巨体からは想像もできない速度で真っ直ぐに二人の方へ突っ込んで来る――――梓葉は咄嗟に楓の前に出ると、魔力で押し固めた防御魔法を展開する。
「――――ってェ……!!」
全体重を乗せたであろうパンチ。当然だが想像を絶する程に重く、伝わってくる衝撃も尋常じゃあない。気を抜けば押し返されて一気に元の場所にまで転げ落とされる。歯を食いしばり、攻撃を耐えるが――――その上、防御を飛び越えて楓が敵の目の前へ躍り出た。
「おまっ、馬鹿野郎!!」
眷属の拳の上へ着地した楓は、梓葉へ小さく笑いかける。梓葉は自分の目を疑ったが、やはり涼し気な表情は変わっておらず――――
「梓葉ちゃんはさぁ、ちょっと難しく考えすぎなんやと思うよ。頭いいから色々考えちゃうんやろうけど――――」
そして拳から腕の上を走っていき、大型の顔面へと飛び掛かる。
「少しは馬鹿になったほうがええと思うよ」
やれることはたった一つ。全力で拳を抉り込むことのみ――――顔面へ拳を叩き込んだ瞬間、大型の身体は弾け飛ぶ様に後方へ吹っ飛んでいった。
そして宮殿へ激突し、正面の門を破壊し大穴を開ける。おーおーと感心する楓をよそに、梓葉はまた目を丸くする羽目になった。
「…………はっ」
考えるべきところでは考えるべきだ。だが時には勢いで押し切ったほうがいいこともある。確かにそうかもしれない。
確かに梓葉は頭が固く、考えすぎる傾向にあった。逆に楓はどう考えても考えなさすぎだが、本当に危険なときは誰かが止める。先程話に聞いたアイテム屋と新入りの話の様に、周りの意見を一切聞かない人間ではない。
「テメェはちったァ考えろ。あの銀髪の胃に穴ァ開く前によ」
「あはは、それもそうやな……」
サラに心配をかけすぎるなと言われたら、楓も頷くしかなかった。
大型が再び動き始める気配は感じられない。宮殿に頭を突っ込んだ状態で静止しており、間抜けな姿を晒し続けている。
ここでは再生自体行われないのか、それとも魔法使いが無駄だと判断し行わなかったのかは分からない。だが新たな敵が出現する様子はなく、二人は無事に門に頭が刺さった眷属の前にまで辿り着いた。
「このままこれふっ飛ばして、魔法使いさんの所まで突っ切ろっか」
「………あァ?」
「今からこの眷属ぶん殴って、宮殿の中一気に破壊しよって」
「脳みそに筋肉か破壊衝動でも詰まってんのかテメェ……」
耳を疑ったが、残念なことに聞き間違えではなかったらしい。出自的に考えれば自分のほうがそういう事に慣れているはずなのに、何故自分が常識人側のリアクションを取っているのか甚だ理解出来なかった。
それともこれぐらいの胆力がなければ、たった二人で魔法使いを倒すことなど出来ないとでもいうのだろうか――――思えば、渚沙の思考も大概だった。
「好きにしろ、ったく……」
「はーい、それじゃあせぇーのっ」
ゴーサインが出た途端、楓は勢いよく眷属を殴り飛ばした。砲弾と化した巨体は宮殿を直進し突き抜けていき、奥まで届いた途端不意に停止する。
それから巨体はゆっくりと粒子となって消えていき、その向こう側に二人は黄金の輝きを見た。
「あれが、魔法使い……」
存在を認識した瞬間、
まだこれだけ距離が離れているのに、焦燥感でどうにかなりそうだった。眷属は所詮眷属でしかなかったのだ、守護眷属だろうが全ては紛い物――――思考が飽和し止まりかけていた所で、肩に手を載せられた。
「大丈夫、行こう」
吐き気すら催す濃密な魔力を前に、楓は全て意に介さず梓葉に声をかけた。
それが既に魔法使いを一人倒したという経験からくる余裕なのかは分からないが、情けない姿を晒していられないと梓葉も深く息を吸う。
勝たなければ、そこで全部終わる。背中に伸し掛かる重圧は梓葉の心臓を今も締め付けていたが、それでも前に進めと心は訴えていた。梓葉は楓に視線を向けることもなく、ただ頷く――――そして一歩、踏み出した。
「…………ッ!!」
今までが比にならない程の虚脱感、有り得ない速度で全身の力を抜かれていく感覚。とてもではないがこんな場所に数分でもいたら動けなくなる。
梓葉は先に戦っていたから、なんて理由ではない。このペースなら楓もそう遠くない内に倒れるだろう。魔力の総量でいえば梓葉のほうが多いため、楓のほうが先に奪われ尽くすかもしれない。
一歩を踏み出した時点で、後退はもう許されないということなのだろう。倦怠感を振り払って、前へと進んでいく。
そうして玉座に腰掛ける長身の男の前へ辿り着くと、楓は小さく頭を下げて挨拶をする。それからヘアゴムで髪を縛り上げつつ、魔法使いの出方を見た。
「こんばんは、魔法使いさん……ええと、あるでばらんさん?」
短く切り揃えた白い髪、精悍な顔立ちをしておりそれが威圧感をより強いものにしていた。豪奢な黄金の鎧は派手の一言に尽きるが、男の持つ圧力と雰囲気が安っぽさを感じさせなかった。
男は退屈そうに肘をつきながら、二人を睥睨する。それから嘲笑を浮かべると、厳かに口を開いた。
「正しく。我は黄道の魔灋遣いが一騎、牡羊座のアルデバラン。愚かなる人類よ、我が帝国を乗り越え辿り着いた断片共よ――――未来を欲するならば、我を超越するがいい。俺の支配の果てに、貴様等の居場所はない」
アルデバランの眼の前に出現する黄金の球体、それが襲撃時に放たれた爆撃だと気付いた瞬間梓葉は楓の首元を掴んで自分の後ろへ無理やり引っ張り、防御魔法を展開する。
神々しい輝きと共に迫る熱と衝撃、そうして牡牛座の魔法使いとの決戦は幕を開けた。
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