第三十五話 遠藤梓葉と戦局デストロイヤーズ
「おい、テメェ等んところの大将は何処行った?」
武蒼衆の乱入により、僅かにだが勝機が見えた。無論絶望的な戦力差が覆った訳ではなく、元があまりに差が開きすぎていたというだけで未だに戦況は追い詰められたままだ。
それでも領域下最大の規模を持つ武蒼衆の存在は大きく、二人が相手しなければならなかった数も一気に減少した。
「守護眷属倒したら、その瞬間に門に叩き込むって作戦……だったんだけどねー」
成功まで後一歩、詰めの甘さは否定出来なかった。並の魔法少女であれば中央部に辿り着いた所であの守護眷属と戦うのは不可能であり、半殺しにまで追い詰めた時点で二人は一線を画す能力の持ち主であることに違いはないだろう。
ただし再生と強化が同時に行われたこと、それに対する対策を取っていなかったこと――――サラからすれば反省点は多くあった。最初からお前らが来てれば、とは口が裂けても言えない。
「え、なにぃ? それじゃあのおっきいの削り倒せば、後は勝手にやってくれるってこと?」
間合いの広さを活かした斬撃の嵐は、眷属が疵を意識する前に微塵に刻み切る。魔法ではなく持ち前の戦闘技術を武器にする者達にとって、図体が取り柄で突っ込んでくるだけの敵はただの木偶であり的でしかなかった。
それでも数が数だ。そして同じく図体が取り柄でも、流石に限度というものがある。守護眷属に手を出しあぐねていた刹那は、地上にいる眷属を減らしながらどう斬ったものかと思案した。
「でもぉ、あれはやっぱりちょっと大きすぎ……かなぁ?」
飛行型の眷属を淡々と撃ち殺しながら、守護眷属が振り下ろした拳を跳んで回避する。地上は刹那、空中はあいと役割分担したことで押されてはいなかったものの、守護眷属にまでは手が回らない。
そもそもサラと同じく、刹那とあいは火力という点では一歩伸び悩んでいる魔法少女だ。主に戦闘技術に重きを置いた者達共通の欠点ともいえ、今この場でそれだけの火力を補えるのは一人しかいない。
「頑張れば、後一発ぐらいは多分……でもさっきよりも時間がかかる」
魔力の吸収速度が目に見えて加速している以上、魔力充填にも先程以上の時間を要する。頭数が増えた以上時間を稼ぐのはまだ一発目よりは簡単かもしれないが、敵の増殖速度も加味すると結局割ける人員自体は変わらない。
その時、戦場に一陣の風が吹き抜けた。
疾走する翡翠の風――――
「時間さえ稼げばいいならよ――――いいぜ、オレ達が稼いでやる」
――――〝STORM RIDERS〟
久我アスカ率いる総勢十名の襲撃者達。停止が死を意味する状況ゆえか、指揮を執るアスカまでもがボードを繰り戦場に乱入した。
彼女達もまた火力は上位陣に比べ一歩劣る。しかし速度、そして連携においてはどの勢力よりも高い質を持つのもまた事実だ。
そして『
レールを敷く事により移動先が読まれるという欠点を持つが、それを認識されるよりも早く敵を殺し切ればそんな欠点はあってないようなもの――――押されかけていた戦況が、五分五分へと繋がる。
「おいアンタら、ホント乱入するタイミング見計らってただろー。一々格好つけやがってー……」
「当たり前だろうが。奇襲ってのはタイミングが全てだからな」
「テメェ等、どうしてここに――――」
「大方お前と一緒だろうよ。新参者のバカ女がわざわざ来やがったんだ――――こんな絶好の稼ぎ時、逃がせる訳がないだろ?」
だがこれで守護眷属を狙える。問題は魔力残量が殆ど底をつきかけていた事、戦えるには戦えるがあのデカブツを相手するとなるとナイフと拳銃ではあまりに心許ない。
サラは偶々近くにいた梓葉の元へ駆け寄ると、通り過ぎざまにナイフで数体仕留めながら問いかけた。
「ねね、カタナない?」
「刀ァ? ……チッ、
本来敵であるサラに武器を渡すだなんて有り得ない話だが、残念ながら梓葉は戦況が読めてしまい、そして状況によっては融通が利いてしまう。
楠と呼ばれた魔法少女。人形遣いの魔法少女を護衛していた彼女は、人形が持つ武器を作った鍛冶魔法を扱う魔法少女である。
呼びかけに応じた楠は長ドス、所謂鍔のない日本刀をサラへ向かって放り投げた。長ドスはドスよりも長いものを指し、ナイフよりも刀身が長い刃物を求めていたサラからすれば意に適った注文である。
回転しながら飛んでくる長ドスの得を掴み、そのまま鞘から引き抜いて眼の前の敵を一閃――――両断される影を見つめ、ここに来てサラはこれ以上ないぐらい楽しそうに笑った。
「いいねー最高、今度お礼するわ――――黒いのー、さっさと始めるよー!!」
これさえあれば、重火器は要らない。疲労が蓄積しているとは思えないほど軽やかに跳躍すると、飛行型の背を蹴り守護眷属との距離を急激に詰める――――同時、数撃の斬撃痕が守護眷属の腹部に刻まれていた。
そして傷口に爪先を叩き込み、足場代わりに蹴って上へ走り始める。その間も傷は増え続け、自ずと守護眷属の標的は再びサラへと向けられた。
「……
大威力砲撃を使う際、大きな隙が生まれる事は梓葉も承知の上だった。そしてサラが守護眷属の動きを止めに行った以上、誰かがその間シエラを守らなければならない。
梓葉は金属バットを持った桂、刀使いの篠、鉄パイプを振るう柴にシエラを守るよう指示を飛ばす。刹那かあいに任せるのが確実だったが、次に彼女達がどう動くか分かりきっていた梓葉は仕方なく三人に任せるしかなかった。
「うわなんだあれ、型めっちゃくちゃ。よくあれであそこまで出来るなぁ……あんなの見せられたら、アタシも負けてらんないっての」
同じ刀の使い手として、何よりサラと違い刀しか使えない彼女にとって、それで誰かに劣る事だけは絶対に許せない。刹那は相手をしていた眷属の首を落とすと、蛇の様に地面を駆け守護眷属へと向かっていく。
〝縮地〟――――敵との距離を詰める歩法の一種である。
人間は前のめりに倒れる際、自然と倒れないように反射的に足が前へ出てしまう。反射は人間が意識的に行う動作よりも早く、彼女の縮地は
ストームにも劣らぬ速度で守護眷属の足元にまで来ると、八相の構え、大上段――――いや、より〝深く〟。
刀を背負うかのように構えると、真横に振り抜いた。
「ちょーっと雑だけどぉ――――★」
対人戦、仮にサラが相手であればこの様な構えは取れなかっただろう。八相の構え、切っ先を真上に向けるような形の構えは、防御を疎かにする代わりに切り下ろす事に長けた攻撃の型だ。
しかし当然生じる隙も少なくない為、自ずと使う相手も選ばなければいけなくなる。無論一撃で確実に仕留めるというのであれば、話は変わってくるが――――今刹那が使用した型はより攻撃に特化した構えだった。
一切の防御を捨て、一撃に己が命をも投じる無謀な構え。
足先から力を〝練り〟上げ腰の〝捻り〟により伝わる力を増幅させ、その力を十二分に発揮するための距離を生み出す為に、大上段からの振り下ろしよりも多くの距離を作る〝背負い〟。
そこへ魔力を上乗せすることにより、東条刹那の間合いは刀身さえも〝逸脱〟する。
守護眷属の右前足へ放たれた斬撃は、ビル程もある幅の足を真っ二つに斬り裂いた。
当然そこへかけられていた体重は支えきれず、自重に耐えきれなくなった巨体は前のめりに崩れていく。
「あはっ――――――――〝微温い〟」
そして刹那も地を蹴ると、守護眷属の身体を駆け上がり始めた。
その光景を傍目に見ていたあいはつまらなそうに、自分の銃に向けて小さな魔法陣を展開している。
「はぁーあ、いいなぁ……技だけであれだけやれるの、ズルいよね」
西條あいは誰よりも自分を信じる人間だった。無論戦闘においてもそれは同じ、誰かに与えられた魔法などではなく、己が培った技術を絶対とする。
しかし精密射撃、クイックドローはあの敵に有効打を生み出せない。あくまで対人、或いは常識的なスケールの敵にしか通用しない以上、別の方法を選ばざるを得なかった。
「でもいいよ、それはあなたで晴らさせてもらうから」
見た目や言動からは想像も出来ないほど職人気質の彼女にとって、それを使わざるを得ない状況というのは非常に気分が悪かった。
奥の手はある。けれどそれが通じる大きさでもない。であれば気に入らないが、魔法に頼らざるを得ず――――溜息、舌打ち、不機嫌そうに顔を歪めながら、あいは標準を定めた。
「〝弾丸形成〟〝性質変化〟〝爆破付与〟――――それじゃ、行きまぁす」
つまらなそうに、淡々と、守護眷属の頭へ向けて弾丸を撃ち込んでいく。その結果何が起きるか、彼女の呟きがその答えだった。
〝爆撃〟。一発の弾丸とは思えない程大きな爆発が、弾丸が着弾する度に守護眷属を襲う。堪らず咆哮をあげるが、それを見ても彼女は無感情に引き金を絞り続けた。
「――――おい、あとどれ位かかる?」
三人と共にシエラに迫る敵を殴り倒していた梓葉は、拳で相手の顔面を砕きながら問いかけた。
「あと……十五秒。確実に倒せるだけの威力なら、それぐらい必要」
「……応。たったそれだけか――――」
破格の魔力量を砲撃へ注ぎ込むシエラに、とうとう守護眷属がその存在に気が付いた。量が量だ、梓葉とて最初から誤魔化しきれるとは思っていなかった。あいが爆撃で視覚を奪ったことで、魔力感知に頼らざるを得なくなり、必然的に最も大きな魔力量を持つシエラが狙われる事になる。
だからこそ梓葉は守護眷属を殴りに向かわず、こうしてシエラの近くで待っていたのである――――斧が振り上げられ、二人のいる地点へと向けて落ちてくる。
直撃すれば確実に砕け散るであろう質量、然しそれが届くことは決して有り得ない。蒼の
「…………重ェな」
だが防げない威力ではない。十五秒ならば攻撃の回数も自然と絞られる。その間程度であれば、防御を維持するのも容易かった。
それに攻撃されたままでいるほど、彼女達は甘くない。駆け上がっていた二人の剣士が、既に目標を定めている。
「連携みたいでちょっと嫌なんだけどー」
「アタシのセリフだよ、それ★」
空中で構え、そして放つ。守護眷属の攻撃手段が腕しかないならば、それを奪おうと考えるのは必然だろう。
サラが左を、刹那が右を、四本あるうちの一本ずつしか一撃では持っていけないが――――時間稼ぎぐらいにはなるはずだ。
斬撃が腕を捉え、斬り落とす。そして先程と同じであれば再生がすぐに始まるだろう。それも斬り落とし続ければ、十五秒なんてすぐに――――
「じょーだんキッツ」
「え、ていうかちょっとヤバくない?」
多少腕が増えるだろうという想定はしていたし、実際に腕は増えた。斬り落とした傷口から更に二本、そして背中から数え切れない程夥しい量の〝肉〟。
腕になり損ねた肉の塊が、蠢きながら魔法少女を貫こうと真っ直ぐに伸びてくる。サラは咄嗟に防御を張り、刹那もそれを斬り裂き対処した。しかしそれ以上は動けない。
対処に追われる二人を尻目に、全ての腕と殆どの肉がシエラに向けられた。あいの爆撃で多少数は減っていたが、次から次へと再生していくため大きな効果は見られない。
拳の乱打によって梓葉の結界に罅が入り、攻撃が止まない以上防御も解除出来ない。砲撃準備が終わろうが、これでは撃つことも叶わず――――
「
戦場を蹂躙する最強の火砲。終焉をも思わせる至高の火力。
気温すらも上昇させ、遍く総てを灼き払う業火――――
「お困りのようね――――それとも助太刀は不要だったかしら」
――――〝Luminous Ars〟
「おいノーコン女ァ!! オレ達ごと殺す気かよ、もうちょい狙えや!!」
「あら、外しましたわね。ついでに焼いて差し上げようと思ったのに」
火力に割り振りすぎたせいで、一定以上の威力を出そうとした場合織衛悠理のコントロール能力は極端に低下する。だからこその〝乱射〟だった。
しかしこの状況において、それは最適解だった。腕のみならず肉、地上や空中にいる眷属の尽くが巻き込まれ炎上していく。威力が拡散したため守護眷属を仕留めるには至らなかったが――――
「――――今」
梓葉が防御を解除し、シエラは長時間溜め込んだ膨大な魔力を解き放つ。今までに見たこともないような巨大な砲撃が守護眷属を飲み込み、背後の街まで容赦なく消し去っていく。
驚くべきはその最中でさえ再生しようと黒い影が蠕動していた事だろう。砲撃が終わり、守護眷属の肉体の中心部分だった場所に魔法陣が輝いてた。
それを即座に飲み込もうと再生が始まるが、未だに滞空を続け待機していた剣士達は即座に肉を刻んでいき――――
「姐御っ」
「楓センパーイ、出番ですよーっと」
上空へ出現する魔法陣、そこから降ってきた魔法少女は迷わず門へと飛び込んでいく。
向こう側へと消える寸前、側にいたサラへと視線だけ寄越して。
「――――ん、行ってくる」
「うん、頑張ってねー」
その後に続き、蒼の魔法少女がその背中を追って門へと突入した。
同時に肉体の再生速度が攻撃速度を上回り、二人は瞬時にそこから離れる。二人を送り込んだ以上、この場に長居は不要だ。適当にアイテム屋の結界を防衛しながら、二人が勝つのを待っていれば――――
「……とは行かねぇか」
「残念。アイテム屋の結界から撤退してもいいというから、わざわざ手を貸したのに」
門へ誰かが入った際、自動で発動するようになっていたのだろうか。中央部から逃さないと言わんばかりに、三つ目の結界が少女達の撤退を妨害していた。
その結界にも同様の効果があるのか、搾取の速度が段違いに跳ね上がった。悠理が消し飛ばしたはずの眷属が結界内を埋め尽くしていき、更に強化された巨大な門番が復讐に吼える。
「いい加減帰って寝たいなー」
「……お腹空いた」
「甘い物食べたーい★」
「ちょっとは真面目にやりましょうねぇ♡」
「アホ共、言ってねぇでさっさとやるぞ――――クソ、あの女。貧乏くじ引かせやがったな」
「文句を言っている暇はなさそうですわね……精々わたくしの砲撃に当たらないよう気をつけなさいな」
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