第三十四話 遠藤梓葉と侵攻スクランブル

「いや、まあ分かってたんだけどさー」


 撃ち、斬り、突き、砕き、思いつく限りのあらゆる方法を以てして眼前に在る何もかもを壊していく。

 だがそれは手で土を掘っているようなものだった。いくら掘った所で土自体が消えるわけでもなく、そしてその大本である地球にはなんら影響もない。

 結界内を埋め尽くす眷属の群れ、それを片っ端から倒して中央部へ向けて進行を試みていたが、牛の歩みとなるのも当然と言えるだろう。

 現在ようやく半分を過ぎた辺りである。これでも最初にシエラの砲撃を用いて一気に距離を進めたのだが、一度足止めをされた瞬間停滞してしまった。


「多すぎんよねーこれ」


 全部無視して中央部へ突っ切ることも考えたが、多少は片付けていかなければ守護眷属との戦闘もままならない。しかも片付けた所でどうせすぐに湧いて出てくる。倒さなくても湧いてくるのだから、倒すしかないのだが。

 一体一体の練度は高くないのが、不幸中の幸いだった。四足型は勿論大部分を占める二足型も身体能力ばかりで、技術もなければ知能も高くない。もっとも通常の眷属相手に手こずるような彼女達ではないため、その点は最初から大して考慮もしていなかったのだが――――それでも状況は芳しくなかった。


「……魔力が上手くまとめ辛い」


 結界の効果による力の搾取。全身を包む虚脱感は時間を追うごとに増しており、魔力も可能な限り節約しているにも関わらず残量が瞬く間に消えていく。明らかに襲撃初日を上回っており、想定よりも遥かに疲れるスピードが早い。

 冗談じゃあない、出てくるにしてももっと後の方に出てこいよ。サラは内心で毒を吐きながら、それを晴らすかのように縦横無尽に駆け巡る。

 やはり多少無理をしてでも、シエラの砲撃で真っ直ぐ突っ切る以外に方法はないらしい。一度で半分近くの距離を稼げたのだから、もう一度使えば中央部には辿り着けるだろう。

 問題は砲撃の消費魔力は他の魔法の比ではなく、この様な状況で連発すれば確実に魔力が蒸発するであろうこと。彼女の砲撃はこの様な状況において、一気に敵を殲滅出来る切り札の一つだ。

 特に中央部にいる守護眷属はそこらの建物より大きく、恐らくサラの火力では倒すのにかなりの時間がかかる。それらを踏まえて、シエラの魔力を温存し自分が道を作ろうと考えていたのだが――――


「砲撃を使う。魔力は大丈夫だから」


「……あいよー」


 瞬時に敵戦力を削ることから隙が生じるシエラの護衛に行動方針を切り替えたサラは、自分の周りに群がっていた眷属を一掃すべく近くにいた敵の頭を踏み台に飛び上がる。

 そして回転しながら次々にナイフで首元を斬り付け、間合いにいなかった敵は銃で額を撃ち抜いた。そして着地すると、地を這うように敵の隙間を掻い潜りながらシエラの下へと疾走する。


「そんなに速く動いて、疲れそう」


「疲れそうじゃなくて、疲れるんだよー。だからさっさと片付けないとねー」


 手を抜いている余裕はないが、本気で動き続けるのであれば後十分が限度――――と見積もっているから、無理をすれば恐らくは三十分は動けるはずだ。

 逆に言えばそれ以上は無理をしてでも難しい。無理をしなければいけない時点で撤退するだけの余力も消え、そうなれば最後殺されるのを待つだけとなる。

 サラの場合人間離れした戦闘速度と精密性を維持するのに、並の人間では計り知れないほどの集中を要する。疲弊した状態で集中力が続くわけもなく、どちらにせよ時間が掛かりすぎた時点でゲームオーバーだ。

 だからシエラの提案に、反対する理由はなかった。結局は自分の力不足、見通しが甘かったということだろう――――勿論その分の借りは返す。


「あと何秒欲しい?」


「可能であれば、十秒」


「はいはい、そいじゃちょっと疲れてみるかなー」


 後ろから迫ってきた敵に前蹴りを叩き込み、そのまま踏み込み反動を利用しての後方転回バク宙。回転の際に視界に映り込んだ後ろの敵を撃ちながら、着地と同時に横から来る二足型の足をナイフの横薙ぎで斬り飛ばした。


「あーくそ、カタナ欲しいな……」


 シエラ戦で折られた刀、あの間合いの広さがあればどれだけ楽だろうか。ナイフも使い勝手は悪くないものの、こんな状況では射程の短さがどうしても際立ってしまう。

 どうせならこの前の戦闘で黒ギャル侍からあのクソ長い刀を奪っておけばよかったと本気で後悔しつつ、サラは全方位からの襲撃を一振りのナイフと一挺の拳銃だけで対処し続けた。

 輝纏潜行フェイタルダイブを使用していることを考えても、サラの運動能力は魔法少女の領域からも外れている。才能だけでは成し得ないであろうその全てに、集中しなければいけないシエラも一瞬視線を奪われてしまった。

 そして砲撃準備から八秒後、術式構築と魔力充填が終了する。


「終わった、撃つ」


「あれ、まだ十秒経ってないけどー?」


 街を金色に輝く光の塊が貫き、正面から目障りな黒が消え失せた。後ろから追ってこようとする敵に弾丸を一発くれてやると、二人は作った穴が再び埋められる前に一気に中央部へと躍り出る。


「余裕を持って申告した――――あと私が優秀だった。それだけ」


「はっ、言うねー。じゃ、こいつもとっとと片付けて、あたし達のミッション終わらせよー」


 蠢く黒群、そして冗談みたいに巨大な半人半獣の化物――――周りの建築物よりも大きいのだから、笑いさえ溢れてきた。

 頬を伝う冷や汗、前もって情報は仕入れていたがいざ目の前にすると、やはり本物は違う。


「いきなり爆撃してくるようなアホは一々やることがデカイなー……」


「半分人っぽいけど、明らかに目イってる……」


 足一本ですらビルの様な太さだ、蹴られればそれだけで原型がなくなるだろう。腕に斧を持っていたが、あんなものなくても一挙手一投足全てが致命傷になりかねない。

 それに加え派手に暴れたせいか、街全域に散っていた眷属が中央部へ向けて一斉に進軍を始めていた。

 中央部に辿り着いたが、状況は決して好転などしていない。むしろ今までの敵に加え、守護眷属まで相手をしなければならない事を考えれば悪化したとすら言っていいだろう。

 守護眷属さえ倒せれば、彼女達の役目は終わる。だがそれがどれだけ難しいかを、巨獣を前にようやく理解した。


「いや、ていうかさー……」


 魔力を与えすぎたか、それとも今まで温存していただけでここに来て二人を追い詰めるために投入したのかは分からないが――――翼を持つ二足型が、守護眷属を守るかのように飛び回り始めた。

 流石にこれは。でもここまで来てしまった以上、退くのはありえない。撤退すれば最後、僅かに残された勝算さえも捨てる事になる。

 シエラと目が合った。こいつのこと好きじゃないのに、考える事は一緒なのかよ。サラは溜息を付きながら、小さく頷いた。


「やろう」


「だねー」


 まあ、いい。ムカつくけれど、そこら辺にいるやつよりもよっぽど出来るのは事実だ。迷っている暇があるならば、その時間を前に進むことにあてなければならない。

 問題はあの空を飛ぶ眷属だろう。守護眷属のみに標的を絞るのであれば地面にいる眷属は無視していいと踏んでいたが、空中にまで蔓延っているのであれば話は大きく変わってくる。

 飛行魔法なんていう便利なものは持っていないし、防御魔法を空中に固定して足場を作ることは出来るだろうがそれも量産していればそれだけで魔力を一気に消耗する。


「デカイの一発で、あいつ一気に吹っ飛ばせたりしないかなー?」


「…………全力でなら、出来なくはない。でも」


「時間は稼ぐよ、幾らでもねー」


 だから上に行け。顎をくいと動かし上を指し示すと、シエラは頷いて一気に飛び上がった。そして魔法陣を空中に固定し、砲撃準備を開始する。

 アレだけの巨体を消し飛ばすのだから、道を開けるために撃ち込んだ先の一発程度の威力ではとてもではないが火力不足だろう。となると時間は三十秒、いや結界の効果が強化されていることを考えれば長く見積もって一分。

 一分間地面に足つけないのは面倒だな、なんて考えながらサラはシエラを追って跳んだ。

 地面で砲撃準備を始めてしまえば、空中から来る敵に加えて地面にいる敵も相手しなければならない。その事を考えれば空中だけを相手にするほうが幾分かはマシな筈だ。


「さて、と……」


 まずは守護眷属の気を引かなければならない。シエラの魔法陣の端に手をかけ、近づいて来ていた飛行型に飛び掛かる。脳天に一発撃ち込むと、そのまま換装魔法アドベントで武器を切り替えた。

 まずはロケットランチャー。サラの虎の子の一つである。守護眷属の頭目掛けて撃ち込むと、サラよりも大きな眼球がぎょろりと向けられた。


「ひーこわ。あんま在庫残ってないんだけどなー」


 もう一つ取り出すとダメ押しの一撃、完全に標的をサラへ絞ったらしい守護眷属は巨大な腕を横薙ぎに振るった。

 それだけで周囲の建築物が巻き込まれ吹き飛んでいく。あんなのまともに喰らえば、回復の間もなく見事に消し飛ばされるだろう。笑えねぇと呟くと、先程殺した眷属を蹴って別の眷属へと飛び移る。そうして方向転換を繰り返し腕を避けながら、守護眷属へとどんどん距離を詰めていった。

 当然その間にもシエラに向かっていく眷属を片付ける必要があった。移動の上であまり大振りな武器は持ちたくなかったが、既にそのための武器をサラは手に握っていた――――狙撃銃スナイパーライフル


 こういった武器は重いし取り回しも面倒な為、サラは好んで使わないようにしていた。それに彼女の持つ武器はどれも一点物であり、そのどれもが魔法仕様の特別製である。

 サラ自身は武器に愛着がないため、必要であれば平気で武器も使い捨てる。そんな戦い方だからこそ、使い慣れた武器以外は必要がない限りそうそう引っ張り出してこない。

 以前これらの武器を提供してくれた魔法少女は既におらず、この数年間はその魔法少女から貰ったものだけでやりくりしてきたのだ。幸いなことに弾丸などの消費物は魔力で賄える設計のため、そこが唯一の救いだった。

 あえて使ってこなかったこの狙撃銃もその一つである。高速戦闘を得意とするサラからすれば無用の長物でしかなかったが、〝初めて〟役に立つ時が来た。

 そう、〝初めて〟――――サラは貰って以来一度も、この武器を実戦に投入したことがなかった。


「これじゃあいつ殺れないだろうから使わなかったけど――――それでもなんとかなっちゃうのがあたしなんだよねー」


 スコープすら通さず引き金を引く。普段使っている拳銃よりも遥かに長い有効射程によって、シエラへと迫っていた飛行型の眷属の頭が綺麗に爆ぜた。

 シエラへ向かう眷属を狙撃しながら守護眷属の注目を引く。あまりに馬鹿げた仕事量だったが、出来るがゆえの〝天才〟――――守護眷属の側まで近付くと、有ろう事かサラは守護眷属の胴体へ向けて跳んだ。

 そして壁のように上へ伸びる胴体を駆け上がり始める。場所によっては九十度以上の急傾斜だったが、その程度登れずに魔法少女は自称できないだろう。


「おー、目ぇデッカ。羨ましいぃー」


 そうして手榴弾のピンを抜くと、顔の周辺にそれをばら撒く。巻き込まれないように守護眷属の頭上を超え、背中側へ飛ぶと新しい武器を取り出した。シエラへ向かう敵もいるが、数秒であれば放っておいても問題ない。

 取り出したのはサラ曰く〝マジカルガトリング〟――――回転式多銃身機関銃だった。


「はぁーやっべぇーこれやっぱ魔力消費半端ねぇー」


 弾丸の消耗は魔力の消耗と同意義、であれば大量の弾丸をばら撒くその武器が急激な魔力消費に繋がるのも当然だった。

 とはいえサラの持つありったけの高火力武器を投入しているだけあって、守護眷属は一向にシエラへと意識が向かない。背中へ着地すると再び狙撃銃で遠方の敵を撃ち殺し、それからシエラへと視線を移す。

 視線が合った瞬間、シエラは頷いた。それが合図と判断し、背中から飛び降りる――――そして膨大な量の光が、中央部にある全てを照らし始めた。

 直後、サラの真上を馬鹿げた大きさの砲撃が貫いた。衝撃から逃げ切れず、サラも地面の方へ吹き飛ばされたが難なく着地、これならばやっただろうと守護眷属を見上げ――――


「なるほどねー……」


 確かに守護眷属の上半身部分は吹っ飛んでいた――――だが既に再生が始まっており、半分以上がもう回復してしまっている。

 空中で時間を稼いでいる内に集まってきたらしい眷属の群れ、ここで決めるつもりだったサラに魔力がそう残されていないのは言うまでもなかった。

 そしてそれはシエラも同様である。地面へ降り立ち、背中合わせで息を呑む。


「……ごめんなさい」


「いいよー別に。それよりどうしよっかねーこれ」


 再生するだけならば良かったが、どういうことか守護眷属の腕が四本に増えていた。その上感じる魔力量も桁外れに膨れ上がっている。咆哮が大気を揺らし、二人は理解した――――流石にマズい。

 再生されるだけに留まらず、仕留めきれなかったせいで強化された。最初から追い詰められていたのに、これ以上追い詰めてなにがしたいんだよと悪態をつきたくなったが、もうそれだけの余力も残されていない。

 つまりは無理をする必要が出てきたということだ。もうアイテム屋の活動拠点に戻るという選択肢も捨てた。それでも果たしてもう一度守護眷属を倒せるかどうかは分からない。


「しゃーない、覚悟決めるかー……」


 ナイフ、拳銃、使い慣れた装備に戻す。腹が立つ事に、背中に感じる温かさに微妙な安心感を覚えていた。

 冗談じゃないと思いつつ、深く息を吐きだす。身体を包む虚脱感のせいで、全身が鉄になったように重たい。

 それでもまだ終わってはいない。通常の集中状態を通り越し、極限まで感覚を研ぎ澄ます。


「じゃ、さっさと行こうか」


「……うん」


 地面、そして空中。どちらの敵の量も最初より増えている。もう空中で時間を稼ぐのも難しいだろう。

 かといって地面にいる状態で時間を稼げるかと言われれば――――シエラは歯噛みした。それでも結果は変わらないが、それでもだ。

 魔力の残量はそう多くない。それでもまだ一人じゃないだけマシだろうか。サラの声に応じ、シエラもまた一歩踏み出す。

 勝機がなくとも、それが戦わない理由にはならない――――塗り潰された黒の中へ飛び込もうとし、そして立ち止まった。

 発砲音。打撃音。そして喧騒。中央部に蔓延る黒を上書きするように猛追する〝蒼〟――――


「手こずってるみたいだねぇ、はしゃぎ過ぎて疲れちゃったのかなぁ★」


「いつも大口叩いてる割には大したことないですねぇ♡」


 〝武蒼衆〟。刹那とあいを一番槍とし、続く魔法少女達と人形達。そして最後に現れたその顔を見て、サラは不敵な笑みを浮かべた。


「随分かっこいい登場じゃん、さてはこのタイミング狙ってたなー?」


「はっ、馬鹿言ってろ。テメェ等、私等差し置いて随分と楽しそうじゃねェか」


 ――――武蒼衆頭領遠藤梓葉。


「この領域は私のシマだ。誰にも好き勝手やらせはしねェ。行くぞテメェ等、〝天拳一派〟に続け――――一つ残らず、潰してやるよ」

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