第三十二話 佐々木楓と絶望の開戦

「お、柳生ちゃん来たねー? これで全員集合かー」


 解析結果を得てから数日後。名案らしい名案は誰も思い浮かばなかったらしく、何事もなく当日を迎えてしまった。

 アイテム屋の活動拠点である店の一室に揃った四人と、椅子に座りその光景を眺めるアイテム屋。今でも結界は攻撃されているらしく、時折商品が揺れている。

 楓は持ち込んだバニラ味のアイスを齧りながら、最後にやってきたまなに小さく手を振った。


「この調子だと結界も後一日ぐらいなら持ちそうな感じー?」


 攻撃こそ続いているものの、魔力の反応を探れば未だに罅一つ入っていないことがわかる。

 常時標的にされていてなおこの頑強さなのだから、胡散臭さはともかくとして彼女の魔法技術が飛び抜けている事を今更ながら実感させられた。


「まあそうだね。補強に補強を重ねて、ちょっとやりすぎなんじゃないかぐらいには防御を固めておいたから。一日は余裕で持つはずだよ」


 最悪一度なら撤退は出来る。楓はアイテム屋に小さく笑いかけた。

 先日受けた毒については、アイテム屋の作ってくれた簡易解毒薬で一時的に抑えられている。といってもそれも魔法の産物の為、牡牛座の結界の効果で弱まる可能性も十分にあった。

 だが解毒薬の完成は短く見積もっても数週間後、それを待っていては確実にこちらが潰される。

 既に猶予は使い切った。ここで攻めねばまず勝利はなく、一度撤退は出来ると言ったものの、一度撤退してしまえば次は満身創痍での出撃となる。

 万全の状態ですら勝機が見込めないのだから、相手に搾取され強化してしまった上で満身創痍での再戦となれば、希望は殆どないと言っていいだろう。

 事実上これがラストチャンス――――さてと楓が立ち上がろうとしたところで、サラが待ったをかけた。


「そんで作戦なんだけどー、一応軽くは考えてきたから聞いて欲しいなー?」


 まあ行動方針みたいなもんだけどねー、なんて軽い前置きと共に、サラは作戦内容を説明し始めた。


「あたしとそこの黒いの二人で守護眷属をぶっ叩く。んで門が開いたら柳生ちゃんの転移魔法で楓センパイを飛ばしてそこに叩き込んで、楓センパイが魔法使いをぶっ倒すって感じで行こうと思うんだけどー」


「待った。外のアホみたいな敵の数見たら、二人なんかじゃ厳しいってわかるやろ」


 外は黒い影で埋め尽くされており、既に足の踏み場もない様な状態だ。かつてシエラが連れていた量は比較にすらならず、更に結界の効果で消耗速度も格段に上がってしまっている。

 下手をすれば中央部にいる守護眷属の下へ辿り着くまでに、全てを使い切ってしまう可能性すら想定されるのだ。そんな状況にたった二人を放り込むなど、楓が許由出来るわけもなく――――


「いや、そこは魔法使い一人で倒せって言ってるのを突っ込むところでしょー。まあそう言われると思ったけど。逆に聞くけど、消耗した状態で魔法使い倒せると思うー?」


 最初に使われた爆撃、領域を包囲出来るほどの巨大結界、そしてその結界内を隈なく埋める眷属を揃える事が出来る牡牛座の魔法使いは、間違いなく牡羊座の魔法使いとは戦力が違う。

 普通に考えれば単騎で挑むような相手じゃない。だが現状温存出来るとすれば最大でもたった一人が限度だろう。


「楓センパイの天拳? それに拳撃は魔力に依存しないから、たとえ戦闘が長引いても威力が下がる心配はない……っていっても体力は奪われるから、そこは我慢だけど。魔力なくなったらあたしは武器切り替えらんないし、黒いのなんてマジで攻撃手段なくなるからさー」


 体力が続く限り戦闘方法が変わらない。一点特化型かつ魔法に頼らない楓だからこそ、この環境でも他の魔法少女に比べれば受ける影響は大きくない。

 そして間違いなく守護眷属よりも魔法使いのほうが戦力的に手に負えない以上、高火力かつそれを連発できる楓を魔法使いの方へ回すのがこの状況ではベターだろう。


「……他の二人はそれでいいん?」


 まなを安全圏に置いておくというのは楓としても賛成だが、シエラはサラ同様に相当の無理を強いる事になる。二人共他の魔法少女とは違い、死ねばそこまでなのだから強要は絶対に出来ない。

 せっかく魔法使いから開放され、本来であれば魔法少女ですらないのだから戦う必要さえ残されていない。


「あんまり出来ることもないので、送ることぐらいしか出来ませんけど……」


「道は作る。あとは楓が勝ってくれば、全部解決だから」


 そんな風に言われてしまったら、もう断ることも出来なかった。楓は小さな声でわかったと呟き、作戦内容が決まると早速サラとシエラが立ち上がる。

 残された時間はそう長くない。作戦が決まった以上ここに長居する意味もなく、共に魔法陣の準備や武装の確認を始める。


「……ほんとに大丈夫?」


 二人を戦場へ向かわせ、自分がこの場に残る事が余程気がかりなのか。楓の問いかけに、サラは不敵に笑った。


「無理な状況にどんどん突っ込んでいく楓センパイを見てるあたし達の気持ち、分かったー?」


「いや、それは……」


「なにも違くないよー。それに一番無理押し付けられてるの楓センパイだってこと、忘れてなーい?」


 単騎での魔法使い撃破。過去に例がないわけではないが、それは正真正銘狂気じみた強さがなければ成し得ない特例中の特例だ。

 少なくとも魔法少女になって一ヶ月と少ししか経っていない者に任せる仕事ではない。だがだからこそ、サラは楓に任せるべきだと判断した。

 たった一ヶ月でここまで強くなれる時点で、楓は確実に他の魔法少女とは違う。その点は魔法使いと対峙した時、きっと有利に働く筈だと――――不確定要素ではあるが、つまりは楓を信頼しているということだった。


「……ん。分かった。うだうだ言うのはやめる。でも二人共、無理は禁物やからね?」


「無理するなって無理言うねー。ま、程々にやってくるよ」


「……頑張ってくる」


「んで黒いの、準備はどうよー?」


「私はあなたを待ってた」


「そうかい、んじゃとっとと始めっかー……じゃ、行ってきまーす」


 扉から出ていく二人の背中を見送る。そしてじきに激しい爆発音が響き始め、交戦が始まったのを理解した。

 妙にそわそわするのは、決して魔法使いが怖いからではない。自分が戦っている方が遥かに楽だなと、無理をされる側になって初めて実感した。

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